第99話 先ほどの女性は
お腹にくる甘さではない。
人を酔わす甘さだ。
オレも例にもれず一瞬だけクラっときてしまい、思わず振り返ってしまった。
香りのもとを見て少しばかり目を見張る。
女性だった。
光に当たって白くも見える紫系ホワイトパープルの髪の女性。伸ばされた髪はお尻のあたりまで伸びていて、眼の色はピンク系ホットピンク。肌の色は白。日焼けもシミもない。
そして顔は、オレの判定で美女に分類された。
年の頃は二十後半だろうか。一人の十歳前後の女の子の手を引いていて、女の子の顔は美女にとても良く似ていた。見た目こそ違うが腰までの髪と眼の色も同じ。間違いなく親子。
父親とは思えない初老の男性を伴っていて、事実付き人のようだった。
魅了された。外見で人を判断すると嫌われる世の中だが、雰囲気もあって魅了された。そしてそれはオレだけではない。他の乗船客だってそうだ。
無論、
「凄い美人ね」
ウェディンも。
「……」
「――ん?」
ウェディンの手がオレの両頬に触れた。触れて、グキッと首が鳴るほどに力強く回す。美女から視線をはがしたのだ。
「見すぎです」
「ごめんなさい……」
首を摩りながら。
最後にちょっとだけ顔を向けるとどうやら美女親子は劇場エリアに向かうらしい。背だけが見えた。
何人かが美女を追って移動を始めて、付き人と思われる初老の男性に追い返されていた。
「ん?」
おや、その男性が――白系スノーホワイトの髪に眼の色と同じ青緑系ターコイズのメッシュを入れた初老の男性がオレたちの傍までやってきたぞ。左目に紫系ミルキーラベンダーのオーディオスペクトラム――『覇紋』だ――を輝かせ、両の目でしっかりとオレたちを捕えている。人違いをしているのではなさそうだ。
なんだなんだ見てたの怒られるかな。
「失礼します。
天嬢 涙覇さまとウェディン・グリンさま、天嬢 燦覇さまでございますね」
「え」
なんと声をかけられた。しかもこちらの名前まで知っている。
緊張が走る。いつでもバトルできるように身構えつつ、
「……そうです」
こうウェディンが応えた。
すると男性はウェディンにグッと顔を近づけて他の乗船客に聞こえない声量で言うのだ。
「プリンセスとお見受けします」
「「!」」
知られている。いくらウェディンが顔を隠さず幅広く活動しているとは言え、少なくともオレがいる時にこんな風に声をかけられるのは初めてだ。
続けて男性は話す。
「自分は『神赦譜術教会』のザイと申します」
再び目を見張る、オレとウェディン。
『神赦譜術教会』――祭事の頂点だ。
「先ほどの女性は教皇ステイ・クラリティーさま。
教皇が御三方と話をしたいと。
いかがされますか?」
目を見合わせる、オレたち。
ついで件の美女親子が消えて行った方を見て。
教皇ステイ・クラリティー。キリスト・イスラム・仏等々問わずその頂点にいる彼女と彼女の家族の安全の為、普段教皇として表に出る時は常に白いベールを顔にかけ、人種も年齢も不詳の人物だ。
そんな人からの接触!
ベールを被っていないと言う事は今はプライベートなのだろう。こちらも騒いではいけない。心を落ち着ける為に一度深呼吸を。
そして改めて目を合わせる。
燦覇は今一つ分かっていないようだが、オレの答えはもう決まっていた。迷っていない目を見るにどうやらウェディンも決まっているようだ。
だから二人一緒に口を開いて言うのだ。
「「お願いします」」
――と。




