第98話 まだ寝てる?
「どうかな、涙覇?」
「そこはかとなく……エロい」
船にあるプールで遊ぼうと三人して水着に着替えたのだが、オレの恋人への第一声がこれである。だってねえ。
「エロいとか言うな」
決してウェディンが妙に露出度の高い水着を着ているのではない。普通の白いセパレートだ。
「いや……なんて言うか……スタイル良いから脚とか胸がな……人には見せたくない」
「そ、そうかな……涙覇って独占欲強めよね」
「そりゃ……な」
「マインはー?」
「え? あ、可愛いよ」
「そこはエロいと言ってください」
「え~?」
燦覇がエロいかどうかはともかく。
「遊んで、明日に備えてテントに入るって事で」
「「は~い」」
オレの言葉に声を揃える二人。姉妹みたいだな。
え? どうしてテントかって? この船はホテルではない。土を敷いているから各自テントをレンタルしてそこで眠るのだ。一言でテントと言っても寝袋で寝るだけの普通サイズからベッドまで用意できる超極上サイズまで揃えられていて、これは船のチケットレベルによって異なる。オレたちは中の上ってところ。割と良いテントをレンタル可能だ。
ま、まずはプールプール。
「ん~」
翌朝の六時、オレはテントの中で――正確には寝袋の中だが――目を覚ました。
横を見るとまだウェディンと燦覇は眠っていて、しかしテントの外は少し賑やか。他の乗船客たちも続々起きてきているようだ。
まずオレは寝袋から出てメールをチェックし、ついで、なんとなくウェディンの横にもう一度寝転がってみる。
見慣れた――と言うほどは見ていない恋人の寝顔を眺めて、気持ちが落ち着いていくのを感じた。
改めて 好きだなぁ と想う。
「う……ん」
ウェディンの瞼がほんの少し開いた。そして一度閉じて、もう一度開かれ、ぼ~とオレの顔を眺め、それが恋人の顔である事を把握したのかちょっとだけ頬を朱に染めて、
「おはよう」
と照れくさそうに言葉に。
「ふ、おはよ」
ウェディンの様子がおかしくて、愛おしくてつい笑ってしまう。
「今、何時?」
「六時ちょっとすぎ。
まだ寝てる?」
「ん、起きる」
「そっか」
では、とオレはウェディンの寝袋を開ける。
「ありがとう」
「いえいえ」
オレたち二人はテントから出て顔を洗いに行こうとした。が、なかなかの行列が洗面所にできていたからしばし並んで待つ事に。
洗顔が終わるとテントに戻ってちょっとだけ体操を。
朝食を売り始めるキッチンカーが開くのは七時だ。
燦覇はまだ眠っている。
だからオレたちはランニングに向かった。体力づくりは重要だし、暇でもあったから。
他の乗船客の中にも走っている人たちはいる。中にはもう汗をかいている人も。
二十分ほど走って軽く汗をかいたオレたちはテントに戻ってきて汗を拭き、自販機で買ってきた水を飲み、少し休憩。
十五分休んで、起きた燦覇を伴って朝食を摂る為にキッチンカーエリアに向かい、
「オレはハンバーガー、と」
「マインはクレープ!」
「私はカレー」
「朝から?」
「かの野球選手も朝カレーしてたって言うじゃない」
それぞれすでに列になっている人たちの最後尾に着いた。
七時になり列が動き始める。一人、また一人と目当ての朝食を手に入れて自分たちのテントやテーブルに去っていく。
オレたちはメインの他に飲み物も頼み、テーブルが空いていなかったからテントに戻っていただいた。
歯を磨き終えるとお喋りしたりてきとうにぶらついたりして船の各施設が開き始める九時までの時間を潰し二日目、本格開幕だ。
プールに。
芝居に。
音楽に。
スポーツに。
サーカスに。
軽い遊園地もあるから当然それも楽しんで。
盛り上がり、燃え上がり。
多くの乗船客は何日もかけて世界一周するのだろうがオレたちは今日中にアメリカに着いて降りてしまう。
だから精一杯楽しんでいた。
と、その時だ。
お菓子とは違う甘い香りがオレの鼻に届いてきた。




