第97話 ちょっとした島みたいだ
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夢の世界に『空の鏡』と言う夢の列車があるように、現実の世界にも観光に特化した移動手段がある。
名は『天の精』。世界に五機ある大型飛行船だ。
「ホームページやらパンフレットやらで見てはいたけど……」
あんぐりと口を開けるのは、オレ。
「おっきー」
はしゃぐのは、燦覇。
「これ、白鳥の形しているのよね。本当に土がある」
ちょっとだけ意外そうに、ウェディン。
『天の精』の翼に近寄ってオレたちの乗る帆船が停止した。
ここでオレたち三人を含めた数名だけが『天の精』へ移動する。本来は結構なお金を払っての乗船になるのだが、今回オレたちは合同会議へ召喚された立場なのでなんとタダ。会議開催側が乗船代金持ち。太っ腹である。
オービタルリングで出席要請を受け取った後オレたちは一度家へと帰還した。会議開催日まで間があったからだ。加えて、昇ってきた国議の調査員に話を聞かれはしたがあちらにとっての目新しい情報はイギリスの塔攻略組からの情報とほぼ被っていた為にオレたちはあまり重宝されなかった。だもんで三時間後に解散と相成ったわけだ。
調査員は念の為虹の塔以外で天に上がれないかも試したらしく、ダメだったようだ。コンピュータウィルスの出現に加えて黒い空に阻まれたとの事。
家に帰り父さんと母さんの帰宅を待ち話を聞いてみるとロッケン=オーヴァーはどこにも現れていなかった。慎重な奴だと思う。
で、今。
ウェディンはイギリスから出発する『天の精』に乗れば良かったのだが、一人は寂しいと来日中。
キュア、真架・ジョハ、アウサンは会議が行われるアメリカに居を構えているので乗船はなし。
「これへの乗船って、塔攻略の褒美でもあるんだろうな」
正確に言えば逃亡を許したのだが、まあ上に昇れたのは間違いないので受け取ろう。ありがとうございます、いやマジで。
スロープを通って、「良いなあ」と言う声を後ろに感じながら乗船。
「ちょっとした島みたいだ」
大きすぎて空港に着陸できない為海の上に停泊する飛行船。
巨大かつ土の大地を持つ飛行船『天の精』。
大地には樹々が根付き、池には魚が泳ぎ、プールではすでに人々が戯れ、ショップには買い物客が溢れている。
「これが飛ぶの?」
「そうだよ燦覇。
頭の良い人がいっぱい関わってるんだろうなぁ」
「その発言がバカっぽいわよ涙覇」
唖然としながら船の上を歩く三人。
圧倒される。
まさか人工物にここまで圧倒されるとは思わなかった。
そうこうしていると十分後に出航するとのアナウンスが流れた。
少し待って――出航の鐘が鳴った。
船に光が走る。
浮遊システムである反重力エンジンの光だ。この船の反重力エンジンは百人体制で管理されていると聞く。絶対にエラーを出してはならないからだ。
白鳥が舞い上がる。
ぽたぽたと――いや、ざああああと海水を落としながら船底が海面を離れて、飛んだ。
まずは徐行。ゆっくりと進みだし、次第に速度が上がって、高度も上がって。
雲に進入し、突破。
飛行船『天の精』最大船速。と言っても高速船ではないから割とゆっくり。
エンジンの吹き出す光が線を描いて往く。
花火が打ち出される。火薬式ではなくバーチャルの花火だ。
寿命、戦死。多くの人と生物の死を空から弔う、花火だ。
いくつも、幾種も打ち出される花火が空を色鮮やかに染めていく。
乗船する人々は十字を切ったり手を合わせたり、帽子を胸に抱えたり、思い思いの形で命の死亡を弔った。




