第95話 口にして良い言葉と決して口にしてはならない言葉
「儂は! 人を守っただけ――」
「ではなぜユーザーまで殺した」
「当然だ! 奴らはパペットの下になった! そんな人間! 人間に屈辱を与えるだけの存在! 殺されて当然だ!」
人を守る為に人を殺す。
ひどい矛盾だ。
語られる理由も到底受け入れられない。
「そもそも! 一部のゴミを殺してもゴミなど次から次へと湧いて出――!」
国家顧問の言葉が途切れた。彼の口の中に幽化さんが銃口を入れたからだ。
「良いか?
国家とは国民を守る最前にして最大、そして最後の砦。
貴様が“一応”国のトップであるなら口にして良い言葉と決して口にしてはならない言葉がある。
感謝しろ、止めてやった事をな」
「……誰が!」
銃が口から離れる。
幽化さんは銃を一度消し、よだれが床に落ちたのを見てもう一度顕現する。
彼の持つ銃はアイテムだ。
腰に手を当てる国家顧問。けれどなにもないのに気がついて体を硬直させる。
「銃もナイフも破壊しただろう」
「くそ!」
国家顧問の体が落ちる。幽化さんが掴んでいた手を離したから。
「これは貴様に任す。好きにしろ」
え?
今誰に向かって言った?
「出て来い」
「……半ば電子空間にいたと言うのに、良く気づいた」
「「「――⁉」」」
声は国家顧問の背後から。
いや声はと言うか、国家顧問の影が伸びて立ち上がったではないか。
独り立ちする影などあるはずがなく、人の形をとるそれからは【世界の患い】の気配。
「名は?」
「タタムガル」
影が剥がれ落ちていく。人から墨汁が流れ落ちるように。
現れたのはバリエンスと似た橙色の衣装を纏う男。ネオンイエローの短髪と同色の目。
多くの【世界の患い】とは違い、完全に人と同じ姿になっていた。
「タタムガル。その男は好きにしろ。
こちらが――」
幽化さんの言葉の終わりを待たずに、国家顧問の首が“ズレた”。
「え」
呆けた声を発す国家顧問。
それはそうだろう。誰だって自分の首をあっさりと斬られればそうなると思う。
吹き出る血。上がる悲鳴。
「――こちらが」
しかし幽化さんは言葉を続ける。動揺の欠片もなく。
「それの仲間を罰しに行くのを待つ気は?」
「ないね。あなたにできるからと言って人に任せる気がそもそもない。
動くべきは奪われた側である当方たちだよ」
「自浄作用を失った組織はただの烏合の衆に成り下がる。ゆえにまずは内部の人間が動くべきだ」
「……ならば、競うしかないね」




