第94話 それが貴様だ
昇ったは良いが、特にやる事はない。
「まず日本とイギリスに繋がる虹の塔が開通した事をここの管理者に伝えましょう。
その後はそうね、街が無事か気になるからオービタルリング内を見たい――」
そこまで言ってウェディンの言葉が途切れた。
なぜか?
「銃声だな」
アウサンの言う通り。近くで銃声があったからだ。
こちらに近づいて良いものかとオレたちを不審がっていた人たちも銃声に気づいて動きを止めている。
「行こうぜ」
真っ先に動いたのはキュア。当然銃声のした方へと駆け出したのだ。
「オレたちも」
キュアに続く。
オレたちを見て他の人たちも恐る恐ると言った様子だが後に続いて。
通路を右に左にと走り、いくつかの部屋をスルーして辿り着いた先はなんととある国のVIPルーム。
ドアは開いている。と言うか生体認証を行う機器でもあるドアは壊されていた。
銃に警戒しながら中を見てみるとそこにいたのは――
「幽化さん?」
『星冠』第零等級の一人、現在世界最強と言われる男性だった。
左目に純白から純黒に色を変える銃弾と言う『覇紋』を持つ彼の猛禽類のような消炭色の目が一瞬だけこちらに向くがすぐに戻される。揺れる目と同じ色の髪の毛。
彼が睨むのは一人の男で、ってあいつは確か……。
世界にはある犯罪者がいる。
詐欺師で、スリ師で、コソドロで、誘拐犯で、人も殺している。
けれどアジアのとある国のトップ――国家顧問でもあった。
その国は今、経済難に陥っていて崩壊するのも時間の問題だろうと考えられている。
が、国民は国家顧問に感謝していた。
現状を作るきっかけになったのは一つ前の国家顧問の政策失敗で、前国家顧問を殺したのが現国家顧問だからだ。白昼堂々と国家顧問専用車を襲い、頭蓋を撃ち抜いた。
国民はそれだけで襲撃者を支持し、次期国家顧問に推し、彼ら彼女らの望み通りに襲撃者はトップの椅子についた。
期待、希望、象徴、国民は盲目的に国家顧問を信じている。例え経済難が続いていようとも。
そんな男が、国議を形成する各国代表の一人である男が今、幽化さんに跪いている。
ではなぜ件の国家顧問は膝を着くに至ったのか? もちろん一回りも年下である幽化さんに忠誠を誓う男ではない。いや、年齢関係なく誓わないか。
ではどうして?
理由は単純にして明快。右の太腿から血が出ている。幽化さんは銃口を国家顧問の眉間に向けている。
つまり跪いている理由は、右足を撃たれてよろめいたからだ。
「貫通ではなく掠めただけだがな。
まさか人を殺せてもケンカの経験はないのか?」
呆れる、と言うように銃口を眉間から外し自らの肩にあてる幽化さん。
「……っ! そもそもお前に撃たれる覚えはないぞ!」
まだ膝を着いたまま怒声をあげる。どうやら膝が笑っていると見える。
「そうだな、直接的な恨みはない。
が、ウンリ、貴様の親父は人身売買の元締めだろう。売られた人間は万を超える。それをなぜ放っている?」
「国民はそれを知っていてこの儂を支持している!」
「関係ない」
答えにもなっていないからだろうか、幽化さんは冷たくあしらい、ウンリ国家顧問の顔面を片手で掴み持ち上げた。
「貴様、【世界の患い】の名づけ親だな?」
「そ……れは!」
「ああ、言いわけはいらない。すでに調べはついている。
パペットによるシンギュラリティを即刻回避・人の権限を回復させる為に彼ら彼女らを殺し尽くした。
それが貴様だ」
こいつが……トゥルーフォルスたちを迫害した男!




