第90話 黒ってそんなに悪いのかしら
怒気が巨木から放たれる。
目に見えるレベルの黒い風となって。
「連鎖させないで!」
風に飛ばされないよう枝を掴み、手を繋ぐ。
風に負けないように声を出す。
「あなたたちはなんの為に生まれたの!」
――無論! トゥルーフォルスの復讐の為!――
「違うわ! だったらあなたたちの中に甘味はない!」
――ならばなぜ我らは黒い! 復讐の塊として生きている!――
「黒ってそんなに悪いのかしら。
良いじゃない、黒くったって。白が善くて黒が悪いなんて誰が決めたの。
思い込みだわ。
ここからは想像。トゥルーフォルスって人は、人への復讐を抑制したくてあなたたちを切り離したのではないかしら?
けれどもあなたたちにも復讐に生きてほしくなくて甘味を残した」
――都合の良い想像だ――
――我らを懐柔する為の想像だ――
「そうね。けどあなた、どうして今巨木になっているの? 私にちょっと揺さぶられてすぐ巨木になったのはどうして?
私、確かめるべきって言ったわよね? 甘味の存在を。
そうしたらあなたたちは巨木になった。
巨木って言うのはね、霊樹なのよ。長い間生きて心が生まれた木。
あなたたち、自分の甘味を感じて本当は安らかに在りたいと願っているのでは?」
――我らの中に甘味がある。それは認めよう――
――しかし安らかになど――
「なら甘味を表に出してみなさい。花も実もつけてみなさい。
そうしないのは怖いからでしょう? 今の自分が変わっていくのが。
それは成長の妨げよ。
甘味に触れて、自分の全部を曝け出して、成長しなさい!」
ウェディンの掴んでいた枝に僅かに光が灯った。
これは見覚えのある光だ。誰かが誰かを想う時に現れる光。
そいつが灯り、巨木となった【世界の患い】に染みていく。
「!」
巨木の枝に黒い蕾がなった。
一つではない。無数にだ。
無数に蕾がなって、ゆっくりと花弁を広げていく。
その花の中には一つずつ実が。光る実が。
すでに包みから出ているキャンディーだ。
実は――キャンディーは輝く。まるでクリスマスツリーのように輝くキャンディーに照らされて、巨木は光に包まれる。
――変わる事が怖いのではない――
「え?」
――他の者たちと繋がらなくなるのが怖いのだ――
――世界に存在する【世界の患い】たちと違う存在――
――そうなるのが怖いのだ――
「大丈夫。変わったくらいで繋がりは消えない。
それが家族ってもんよ」
キャンディーに照らされた巨木がゆっくりと消えて行く。
いや、キャンディーに心を預けていく、と言う表現の方があっているか。
――家族。そうであるなら、良いな――
巨木が完全に消えて実であるキャンディーだけが浮かび上がる。
ウェディンの現した心の蛍火、それにキャンディーは集まり、同化し、再び心を預けて、ウェディンの中へと帰っていく。
「大丈夫。きっと」
蛍火の消えた手をギュッと握りしめ胸にあてる。
そこに。
「おっと」
解放された燦覇が落ちて来たもんだから慌てて二人で支えて。
「燦覇」
名を呼ぶオレ。に、応えてかどうかは分からないが燦覇の瞼がゆっくりと持ち上がる。
「……涙覇、ウェディン」
「ああ」
「もう大丈夫よ」
一応【覇】で異常がないかスキャンする。うん、問題はなし。
燦覇の同化もフィフスも切れていない。
なにより自力で浮いていられるようだ。ひと安心。
「気分は悪くないかい?」
「ん。ちょっと“帰って来い”って言われただけ。大丈夫だよ」
「そっか」
であるなら残るは――キュアとバリエンスか。
「!」
二人の戦いに目を向けた瞬間、バリエンスの胸をキュアのアイテム日本刀・枝垂之咲姫が貫いた。