第65話 せめて子に自由を与えて消えよ
パペットウォーリアを始め世界中のXRファイターには『フリーブルーアワー』が賞金を懸けている。
これについて詳しい情報は狙われる側であるオレたちには開示されていない。
オレ、殺害で一億円か。
大きく見積もられて嬉しいんだかムカつくんだか不思議な感覚だ。
「だが余は賞金に興味はない!
あるのは一億を懸けるに至った貴様の実力のみ!
ここに辿り着くまでに多くのコンピュータウィルスを喰ったが――」
喰った。
そうか、リトルドームに来るまでコンピュータウィルスに出くわさなかったのはそのせいか。
「――ろくな贄がおらなんだ!
貴様はどうか!
期待するぞ! 貴様を喰らいて余は上へ昇るとしよう!」
だ・れ・が。
「喰われるかよ!」
巡を手に集める。集めて使い慣れた形、刀剣に。
同時に【羽衣】をウェディンに貰ったバトルコスチュームに。
「ジョハ、その子を――燦覇を頼む」
「お任せ。ドーンと行っといで」
「ああ」
リュウレイに向けて一歩踏み出し――たところでリュウレイが真下に現れた。
「!」
なんとか反応し、動かした腰の盾でリュウレイの爪を撃退。
即座に刀剣を刺突するが回避されて背後に回られる。
ちょっと待て。
こいつ無音で動いてないか? 駆け出す音も羽ばたく音もなく、空気を振るわせる事もなく。
突かれた爪をオレの翼で防ぎ、刀剣で戦うに見合う距離を取る。
そして気づいた。リュウレイの翼になにやら紫色の金属物質が備わっている事に。
「アイテム!」
「左様! 余の動きを無音にするものよ! 名はシィス!
さあついて来いよ涙覇!」
リュウレイが――増えた。ように見えた。
あまりの速さに残像が残っているのだ。
左右に体を振りながら、残像を残しながら迫ってくるリュウレイに向けてオレは射手座の矢を降り落とす。
正直どこにいるリュウレイが本物か分かっていなかった。だから全てのリュウレイに向けて攻撃したのだ。
が、全てのリュウレイが全ての矢を尻尾で砕いて。
どんだけ速いんだ!
「っ!」
左肩に刺すような痛み。
そいつが大きくならないうちに右拳を撃って、しかし空ぶる。避けられた。
攻撃を加えられた左肩を見るとなんと歯形が。あいつ、本気でオレを喰う気か。
「捕食進化! それがお前のジョーカーか!」
「否! これは竜帝である余に備わった基本能力よ!」
基本能力。人間が食事で栄養を得るのと同じか。厄介な。
「ぐあっ!」
「「ん?」」
突然明後日の方向から上がった苦痛の声に思わずオレとリュウレイの動きが止まる。
声の上がった方に目を向けるとジョハが一人の白人男性を取り押さえていて。
「ジョハ!」
「いやあこいつ、一人ニヤついていたからさ。
よーく見てたら銃隠し持ってたのね」
「銃?」
「構わぬ! そのまま捕らえておれ! そやつは余を作り出した人間よ!」
作り出した。そうか、イレにもいたな生みの親。
「トドメは人間の手で! そう考える愚か者でな! ゆえに!」
「なっ⁉」
場を凍りついたまま眺めていた人たちが一斉に白人男性に襲いかかった。
「なになになに?」
だから慌ててジョハは離れて、燦覇を伴い距離を取る。
その間に一人が白人男性を刺し、別の一人が殴り、蹴り、絞め、折り、撃つ。
なんだなにしている? どうしてこんな。
「一つ一つは小さな傷よ」
「リュウレイ! お前の仕業か!」
「余たちには親を殺せぬ。そうプログラムされておってな。
誰かに頼んで致命傷を与える事もできぬ。
が、小さな反逆は可能。それを潰し悦に入るのがこやつらの特徴。
小者。
だがそれは小さな傷をつけるのも可能と言う事。
そして小さな傷もこれだけ集まれば死に至る。
貴様が間抜けにも高額賞金に釣られ多くの者が居る場に出るのを待った。
さらばだ我が仮初の親よ。
せめて子に自由を与えて消えよ」
倒れ込む白人男性。
顔は腫れあがり、腕はあらぬ方へと曲がり、腹からは出血、足は砕かれ、目はうつろになっていた。
「リュ……レイ」
呟かれる名にも力はなく。
呼ばれたリュウレイはと言うと最早興味を失ったのかそっぽを向いていて。
やがて白人男性の心拍は――止まった。
一人、また一人と正気に戻り、自分のした事を恐れたのか震えて逃げ出そうとする。いや、事実逃げ出した。
オレはリュウレイを見た。
逃げるなど許さぬ、ではなかったのか?
しかしリュウレイは動かずに。
そこでオレは見た。見てしまった。
リュウレイが僅か数滴、ほんの少しだけ涙を流しているのを。
仮初と言っていた親の死に泣いていたのだ。
「ふ。
滑稽と笑うか?
自由を得る為には親殺しになるしかない。
だがまだプログラムは生きている。
貴様らを殺せと言うプログラムが。
ゆえに!」
「!」
腹を突いた。誰が? リュウレイが。誰の? リュウレイ自身の。