第55話 え? 川の字?
突如言葉が響いた。
夏の夜にどこからともなく響いた声にゾッとする――事はなく、むしろ縋るような声に切なさすら感じた。
「ウェディン」
「聞こえたわ」
「マインも聞いたよ」
周囲にいる誰かが発したのだろうか?
そう思って見まわしてみるがどうやら皆同じ状況らしい。声に戸惑っている様子が伺えた。
屋上から下を見やる。下の方でもざわついていた。
そんな中コンピュータ制御されているだろう花火だけが変わらず打ち上がり続けていて。
いや……落ち着いてみると……。
「そうとう怖いんだが」
夏。夜。盆。たすけて。
オバケが出る条件は揃っていた。
「いえいえまさか本物はないでしょう?」
「って思いたいけど」
そう言えばつい最近あったな幽霊さんだと思った子との出逢い。
燦覇。幽霊さんだと思わせて情報ネットワークの中に産まれた情報生命体だった子。
「ねえ燦覇? 燦覇みたいなタイプって一人なのかな?」
「会った事はないよ。でも一人って感じはしないかな」
「そっか」
一人ではない。
では今の声との関連は?
……考えても分からないな。「たすけて」だけではどうしようもない。
せめてどこから声が響いたのか判明すれば……。
「あ」
「え?」
「星が――落ちたわ」
ウェディンが見つめるは北の方角。
そちらに空――真っ黒な空に輝くスタートレイルから星が一つ落ちたらしい。
コンピュータウィルスだ。
現在の空は通常の空とは異なる。ロッケン=オーヴァーと言う男が乗っ取り歪め解放したコンピュータウィルス殲滅システム【治す世界】により常時スタートレイル状態だ。天体写真で円を描く星々を見た事があるだろうか、あの状態である。黒でありながら光を通す不思議な空を巡る星々は全てがコンピュータウィルスの卵。孵化して地上へと降りたそれは形を与えられ実体を持つに至る。本来であれば、一体のコンピュータウィルスをゲームで倒すとその種類はもちろん派生型コンピュータウィルスをもコンピュータ及びネットワークから永遠に消し去れると言う夢のシステム。だが、歪められた今これは正常に起動していない。某連中が放った『進化竜』を見るに派生型を消し去れない。
つまり今や危険な存在と言うわけだ。
以上の説明を燦覇にした後、
「駆けつけられる距離だった?」
ウェディンに確認を。
「いいえ。残念ながら十キロメートルは北」
「十か……」
となると他の誰かに任せるしかない。
戦えるのはオレたちだけではないから、大丈夫だと信じよう。
「花火終わっちゃった」
寂しそうに、燦覇。
「うん。また来年だ」
花火の終了をもって盆のお祭りも終了する。
事実落ち着きを取り戻した人たちはすでに帰路へと着き始めていて。
「『たすけて』については父さん母さんにも確認取るよ。
燦覇は――報告すべき、なんだろうけど……」
両親は変に扱ったりしないだろう。が、どっかの誰さんの耳に入って実験材料になったりしたら……。
「なるべく燦覇の希望が通るようにするよ」
「そちらの結果が出たら教えて。
私もこの子の事【王室エポック・リンク】に上げないといけないから」
「ああ。
それじゃ燦覇? 今日はオレとウェディンどっちの家で寝たい?」
「え? 川の字?」
「「えぇ……」」