第05話 バトル、行くのでしょう?
「も、もう良いかしら?」
「え?」
日課の日記(文字・画像・動画)を書き終え聞こえてきた声。聞き覚えがあるようなないような声音に振り向いてみると、お姉さん『門』から再出現。ただし頭だけ恐る恐るって感じ。
「ちゃんと着ているわね?」
「はあ」
「急いでいたから時差すっかり忘れていたわ。こっちはお風呂の時間なのね」
て言うかどこの誰なんすかあなたは。この家には『門』でも簡単には侵入できないセキュリティがあるはずなんですがどうやって突破した?
「え、あなたが教えてくれたんじゃない。住所とあなたの傍、三メートル地点に『門』を開く為の特別なパーソナルアドレス」
「は?」
教えた? 僕が? お姉さんに?
『門』を開くのに必要なアドレスは三種類ある。
国が所有する場所に転移する為のカントリーアドレス。
私有地に転移する為のプライベートアドレス。
そして個人の傍に転移する為のパーソナルアドレス。
パーソナルは特別な人にしか教えないものだ。
僕とお姉さん、どこかに接点ありました?
ジッとお姉さんを見てみる。バーチャルの街並みが――恐らくイギリス――が大きく映される銀の長髪に蒼い瞳――これはどれもバーチャルメイクでチェンジ可能だからアテにならないか。では他は? 白いドレスには皴一つなく。右耳にあるのは大きな金の星。装飾の類は高級そう。きちんと出るところは出て引っ込むべきところは引っ込んでいるスタイルには子供ながらにドキリとさせられる。
色白の美人さん。うん、知り合いにいない。
けどだ。僕が住所とパーソナルアドレス両方を教えた人物は限られる。
その中に銀髪蒼眼は、【覇】の起動を示す左目の紋章『覇紋』が蒼穹色で片翼の人は一人しかおらず。彼女は髪に街並みは映していないが。
「……あ」
「気づいたかしら?」
嬉しそうに。
「ウェディンのお姉さん?」
「ウェディン本人よ!」
ああ、そっか本人本人。だから以前僕が誕生日にプレゼントした金の星を耳に。なら知っていてもなんら不思議は――
「……………………………………………………………………………………………………は」
「驚いた。人間フリーズすると『は』が出てくるのね」
「……嘘でしょ⁉」
十六歳ちゃうんかい!
「二十歳よ」
「XR表示で年齢いじるのは禁止されているだろ!」
詐欺とか犯罪とかに繋がりかねないから。詐欺も犯罪だが。
「あ~、そこは特例でOKをもらったの」
「誰に!」
「司法のお偉いさんに。私がそのままパペットバトルに参加すると大事になるからって向こうからの提案。
と言うか涙覇、私に覚えないの? 本当に?」
グッと顔を近づけてくるウェディン。顔と顔の距離五センチメートル。近い近い。
「覚えって……」
お姉さんバージョンに覚えはない、はずだ。
「ニュース観ないの?」
「高校生だよこっち」
ニュースよりドラマ。ドラマよりバラエティ。バラエティよりアニメなお年頃です。
「……それもそっか」
顔が離される。ちょっとだけ残念そうに。
なんだなんだ? ニュースに出るような人なのかウェディンって。
「でも良いわ。きちんと隠せてるって事だから」
「ウェディンって……」
何者?
「そうね、改めて自己紹介しましょうか」
ちょっとだけドレスを整えて、胸に手を置くウェディン。少し緊張しているのか深呼吸を二度。
「私はウェディン・グリン。
本名はリア=ベル。イギリス王室の末席、ヨーロピアン統合王室の末席に座る女よ」
「……………………………………………………………………………………………………は」
そっかあ。そりゃ正体隠さないといけないよな。外交と象徴の為に用意されたヨーロピアン統合王室のお姫さまがパペットバトルに興じていたら役目放棄しているのも同然だもんなあ。
「変わらずウェディンと呼んでもらえると嬉しいわ」
それに、一般人の僕とこうして逢っているのも……問題になりそうだ。
「……」
「大丈夫? 呆けているけれど。
申しわけない気持ちはあるのよ? 騙してごめんなさい。
けれどこちらの立場も理解してくれると助かる――」
「今ウェディンがここにいるの、誰か知ってる?」
「え?」
「無断で出てきてないよね?」
「……あ」
「無断かい!」
下手したら僕が危ういんですが!
「大丈夫。この時間私一人で部屋にいる事になっているから」
「全然大丈夫じゃない!」
護衛を欺いて抜け出すお姫さまって大問題だ。
「私にも自由時間は必要よ」
「そうかもしんないけど」
「それとも涙覇は私になによりも仕事を優先しろと言うの?」
「……あ~」
や、まあ、気持ちは分からないでもないのだけれど……。
でも良いのかこの状況?
さっきの放送であちこち騒ぎになっているだろうし――待った。
「ロッケン=オーヴァーの件は知っているよな?
そっちも騒ぎになっているんじゃないの?」
「なっているでしょうね」
「でしょうね?」
「だってすぐにこっちに来たから」
「なんで?」
「なんでって……あれ? なんでだろう?」
……そうか、この人は誰よりも先に僕に逢いに来てくれたのか。隠し続けた正体を明かしてしまうのもいとわずに。自分で自分の感情を理解するよりも先に。
だったら僕は。
「分かった。ウェディンを尊重する。
ここに来てくれてありがとう。
でもいったんは帰った方が良い。きちんとそっちの人に事情を話してもう一度来てほしい」
「……あなた本当に十六歳?」
「こっちも両親が偉い人たちだから大人との付き合いはそこそこあるんだ」
その流れで礼儀を覚えた。
害がないのを手っ取り早く示す為に自分を『僕』と呼んでみたり。
「そっか。『星冠』の第零等級だったわね。
大変ねお互い」
「大変だと思った事はないよ。
勉強させてもらってるって感じ」
表情を整えて言ってみた。
するとウェディンはちょっとだけ頬を赤に染めて。
「そ、そうなのね……大人びた子だわ」
ちょっとだけドギマギしながら。
そしてもう一度深呼吸を二回して。
「分かったわ。こっちの人たちを説得してくるから、待っててちょうだい」
「ん」
一時間が経って、二階にある僕の部屋。
ウェディン未だ現れず。
説得失敗したかな?
メールを飛ばすか電話をしてみるか迷ったがやめておいた。重要局面を迎えていたら邪魔するだろうと思ったから。
僕はベッドから腰を浮かせカーテンを開けて窓に手で触れる。黒だった窓ガラスが曇りガラスになり、ついで透明になった。防音機能も解除する。
途端に見えて、聞こえてくるバトルの光、音。
おまけに空には恐竜に似た怪鳥が行き交っていたり。
スタートレイルから流れ落ちた星の変化した怪物、【治す世界】で姿を与えられたコンピュータウィルスたちだ。
ただ続報を聞くに今のところオーバーレイ・ファースト――つまり3D表示されているだけらしく実害はないとの事だ。
父さんと母さんも、つまり『星冠』もバトルに参戦していて家には僕一人しか居らずに。
僕も参加したいがウェディンを待つ必要もあったから堪えている。
「ウェディン、まだかな」
「ぷはっ!」
「オオウ!」
噂をすれば影。
背後に突如開いた『門』から飛び出てきたのはウェディン。
びっくりした……。
「お待たせ涙覇」
今度現れた彼女は白いドレス姿ではなく、動きやすいシャツとパンツで。それでも綺麗に見えるのは美人さんゆえか。
「随分ラフな格好だ」
「バトル、行くのでしょう?」
「――ああ!」