第49話 ……あ……り……が……と
「え⁉ あ⁉ あ⁉」
バツンの後一瞬だけ視界は白に染まって、次に目にしたものは黒だった。
真っ黒な空だ。太陽は勿論小さく煌めく星すらなくて。
これは? 別の場所へと誘われた?
「――落ちてる!」
それも自由落下。パラシュートなんて用意されていない。ゴムなんて用意されていない。
あ、天球儀が傍にあった。こちらも自由落下中だったから慌てて手に取る。
そしてもう一つ傍に。件の幽霊さんだ。こっちもこっちで自由落下。オレと手を繋いでいる状態だが、それで状況が変わるはずもなく。
「星伽!」
パペットの名を呼んだ。彼と彼女がいれば空を飛べるから。
が。
「来ない⁉」
いつもならすぐに現れてくれるはずの星伽は現れずに。
声すら聞こえない。この空間では呼び出せないと言う事か。
『門』はどうだ? 【覇】の転移機能。
「これも!」
開けない。打つ手なしだ。
では、落下する先――下はどうなっている?
「光の……河?」
水が流れているようには見えない。だからと言って固まっているようにも見えないのだが。
不思議な光の河にオレたちは落ちてゆく。
「ダメだ!」
落ちたらどうなるか分かったものじゃない。だからオレは、幽霊さんを抱きしめた。
光の河に向けるのは正面ではなく自分の背中。
「なんとか!」
この幽霊さんだけは守る!
この子が何者かなんて知らない。けれどもこんなにも小さい。守ってあげなければ。この、小さな命だけは。
けれど無情にも落下速度は増すばかり。どんどん光の河が近づいてくる。近くで見るとなんと巨大な河だろう。視界が光に染まるほどだ。
このままでは二人揃って死ぬ! ような気がする!
「どうすれば!」
「……ア―――――――――――――――――――――――――――――――ッ!」
「!」
幽霊さんが、小さな幽霊さんが、笑った。
一声だけを発して笑んだ。
するとどうだ?
「っつ」
二人の落下速度が緩んでいくではないか。ゆっくり、ゆっくり。オレの体を壊さないように、ゆっくり。
「……やっぱり水じゃない。お菓子?」
光の河に脚がつく。
いや、少し違うか。
光るお菓子の河に。何万何億何兆ものお菓子に溢れる河に。
「なんでお菓子……あれ?」
抱きしめていた幽霊さん。気づけば抱きしめ返されている幽霊さん。
その幽霊さんにしっかりとした体が備わっていた。
「羊?」
に、見えた。
人の形をしてはいるけれど、髪の毛は白くモコモコで、目はどことなく輝いて見える紅緋色、見た覚えのない白い花を一輪ずつ閉じ込めた羊の角が頭に一対生えていて。
オレよりは二・三歳下に見える小さな体だ。
その子は口を開くと、
「……あ……り……が……と」
と、たどたどしく言葉にした。
ケホケホと咳をしている。慣れない言葉を発して喉がきつそうだ。
ありがとうって、なにが?
守られたのは多分こっちだし。礼を言うならオレの方――ポンッと音がした。
いや音がって言うか……煙と紙吹雪も舞っている。
あれだ。アニメとかで観るピエロなんかが現れる時の演出。
それを伴い、なにかが現れた。