第46話 強くなろう。二人で
嗤う女。座り込む刀騎。怒髪のおれ。
「――!」
女は軽くおれの刀を片手で受け止めると上に振り、落とす。
おれの体は床に叩きつけられ、喉の奥から空気が勢いよく吐き出された。
「心地良い士気だったわ」
「なぜ殺した!」
「お父さまの命令。XRファイターの重鎮を殺せ。
ここ、士道家は刀刃の中の英雄豪傑。ターゲットとして狙いは正確。
けれど殺したのは妾ではなく『AIbis』よ」
「引き連れておいて!」
「そうね。『AIbis』を狂わせたのは妾。
『三極』の一つ、マイナス・ゼロである妾のコンピュータウィルスとしての機能。侵入と乗っ取り」
『三極』! ロッケン=オーヴァー作最高位コンピュータウィルス!
「あなたたちはあの二人の子よね。
せめてもの詫びに苦しませずに殺してあげる」
女の槍がおれの心臓の上で停止し、ゆっくりと落とされ――
おれに集中していた女の眼が焦点をずらす。同時に女の左手が鳴った。
「刀騎!」
が、魅を撃ち女の左手に着弾したのだ。
「刀武!」
声を聞くやいなや、おれは弾かれたように体を起こし、体を逆さにして精一杯の蹴りを女の顎めがけて放った。
しかし女は足の軌道上に槍を持ってきて、おれはたまらず蹴打を止める。
「くそっ!」
しようがない。おれは女に一撃加えるのを諦め、刀騎と一緒に逃げ出した。
第四階層・空中走法、草履に『空刃』を作り出し第三階層で拡張、急ぎ空を滑って逃げたのだ。
情けない! 情けない! これが――おれか!
悲しさからか悔しさからか、おれの――いや、二人の目からは涙が落ちていた。
「良いわ、今は見逃してあげる。
次までに士気を精練しておきなさい。でないと死ぬわよ。
妾はそうね。
世界に広がるパペットシステムか
西洋の魔術システムか
東洋の刀システムか
世界中央のバレットシステムか
迷っていたけれど刀刃を選んであげる。
同じ力で殺してあげるわ」
大声ではないのに女の声はやけに響き、おれの脳に刻まれた。
「はっ、ハアッ」
「ふぅ!」
息を荒く、河川敷までやって来たおれたちは脚を止めた。空刃を消して、足を着く。草履の影響でエフェクトが地面に広がる。いつものように。
けれど最早『いつも』はなく。
追ってくる敵はいない。
まばらに逃げてきた街の人がいるだけだ。
誰かが【覇】からホロウィンドウを表示し、ニュースを視聴している。
どうやらこの最悪な状態は世界共通のものらしい。
軍も動いているとの話だったから最悪は想定していなかった。安心してもいた。
が、こうも……。
世界は荒れる。
荒れて、壊され、廃されるかも。
「……刀騎、おれは強くなる」
「……うん、わたしも」
悔しい。悔しい。悔しい。
常日頃行っていた鍛錬。修練。
だけれどこんなに容易く敗れるなんて……。
こんなに容易く両親を失うなんて……。
弔いたい。
せめて自分たちの手で。
だけれど戻れない。
あの女がいる可能性があるから。
ならば。
「強くなろう。できる限り強く」
「……うん」
涙を拭う。
気丈に振る舞っていても次から次へと涙は流れてくる。
おれよりも刀騎の方がひどいか。
仕方ない。
両親を失い、その死体を見てまともに立てているだけでも奇跡なのだ。
これはそう、刀士として先輩であった父に鍛えられ続けた精神ゆえに。
父の遺志は活きている。
「そうしていつか家に戻って、お父さんとお母さんをおれたちが弔うんだ」
「……うん」
これはそう、人として先輩であった母に注がれ続けた愛情ゆえに。
母の遺志は活きている。
だから。
「「強くなろう。二人で」」
――章間・終――
これで章間は一旦終了です。
三人はいずれ本編でも登場予定!
お付き合いいただければ幸いです。