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第45話 ……嘘だろ

「「はぁ!」」


 一難去って大きく息をつくおれと刀騎(とうき)


「一体で! この戦力か!」


 討ち合っていた時間は短かった。せいぜい五分だろう。しかしおれたちの体力を削るには充分で、筋肉を軋ませるには充分で、精神を疲弊させるには充分で。


刀武(とうた)、止血するからこっち向いて」

「あ、ああ」


 駆け寄って来て刀騎は指に付けた止血薬をおれの顔の傷に塗る。傷を受けたのは顔だけではない。右肩に左腿。傷は浅いが出血は放っておけない。だからそちらにも止血薬を塗って。


「……ずいぶん壊されたな」


 小さいながらもおれたちの実家に建てられた道場。刀刃(とうじん)討合場(うちあいじょう)は本来自軍と敵軍の城を持つ一辺五百メートルの自然が再現された『大戦圏(だいせんけん)』と、四隅に松明を持つ一辺十メートルの畳製『小戦圏(しょうせんけん)』から成る。

 多数対多数の大戦圏では敵城にセットされた巨大鎧の持つ敵旗を斬れば勝利となり、一対一の小戦圏では相手を倒せば勝利となる。

 討合場は刀刃を広める為に政府の援助の下、刀士(とうし)の各家庭に格安で小規模ながら建設され、ここもその一つ。

 使う獲物は刀刃(とうじん)と名づけられた新たな刀。特殊合金ヒヒイロカネを精練して形成される刀刃は日本刀に見られる柄や鍔がなく、柄に収まっているはずの刀身部分・茎を変形させ柄や鍔の代わりとしている。『鋼拵え』と呼ばれる。

 鞘は特殊木材ククノチで作られるが色・形は自由で良い。

 纏う防具は頭部を覆う軽量兜。兜に付属されるゴーグル。道着。袴(長・短あり)。道着の中に着ける首・肩・胴・股を覆う柔軟な衝撃吸収材。軽量化と同時にちょっとしたアクセサリーになった垂れ。足袋。通常の草履よりも足にしっかり固定された草履。軽量化された左右の籠手。

『重い』と言われ続けた武道『剣道』と『軽い』と言われ続けたスポーツ『スポーツちゃんばら』、剣道は『堅い』、しかしスポーツチャンバラは『ごっこ』のイメージが強いと言う人たちが作り上げた新武道兼ニュースポーツ兼ニューゲーム、それが刀刃。

 そう、刀刃は新武道でありニュースポーツでありニューゲームだ。XR(クロスリアリティ)を使用した競技の一つだ。ケガをする事はあっても命のやり取りはない――はずだった。

 なのに。

 二十一世紀前半になりXRは完成を見たと誰かが言った。

 発言者についての詳細は不明。本人は身は男、心は女とSNSで言っていたがはたして……。

 その誰かは『AIbis(アイビス)』と呼ばれる軍用人型AIロボットを開発し、XRを使用する競技の全てを『変質』させた。

 このボロボロにされた道場を見ても分かる通りエフェクトに質量を、実体を持たせたのだ。


「確かにどこの国もXRに、エフェクトに質量を持たせられるかって言ってたけどな」

「兵器開発はすでに飽和状態、ともね」


 だからこその武道・スポーツの『宿命』――軍事転用。


「まあ、文句言うつもりはないけどさ」


 それにより国が、そこに暮らす人々が護られているのは事実だから。

 イラつくし思う事はあるが、おれのわがままを国防にぶつけるのもな。他に国防の案があるのかと言われるとないから。

 だから呑み込む。呑み込んでいた。

 ただつい先日『変革』があった。

 ロッケン=オーヴァーと言う軍用AIコンピュータウィルスが対コンピュータウィルス殲滅ソフト【治す世界(クラーツィ・モンド)】を歪め世に放ったのだ。

 世界には実体を持ったコンピュータウィルスが闊歩する。

 この軍用AIコンピュータウィルスによって宝飾刀(ほうしょくとう)とすら呼ばれ好まれていた刀刃用刀剣も変わってしまう。丸かった刃と切っ先は磨がれ鋭利に輝き、それと同時にどうしてか『AIbis』が狂った。無差別に人を襲い始めた。今のように。これもロッケン=オーヴァーの仕業だろうか、それとも……。


「なにがどうなって――」

「待って刀武!」

「うぉ! な、なんだ大声出して?」

「シッ」


 おれの口を手で塞ぐ刀騎。

 氷色の五芒星の『覇紋(はもん)』輝く左目と右目を閉じてなにかに向けて耳を澄ませている。


「……小さいけど……悲鳴」

「……『AIbis』は一体じゃない。ニュースによると世界中で――」

「お父さんの声に聞こえた」

「!」


 今は早朝だ。二人が襲われたのは討合場で朝練を行っていた時間。まだ、父親は家にいる。

 おれたちは顔を見合わせ討合場から外に――出て、脚を止めた。


「……嘘だろ」


 火だ。煙だ。

 火の手があちらこちらからあがっていて、黒煙が空に向かって伸びていた。


「戦争じゃあるまいし!」


 おれが歯ぎしりをした瞬間、刀騎が駆け出した。むろん討合場の横にある実家に向けて。

 すぐにおれも後を追う。

 刀騎が玄関扉に触れて生体認証、横にスライドするそれを素早く通り中へ。

 鼻に鉄の匂いが届いた。ついさっき嗅いだ匂いだ。

 血。

 そんな匂いを受けてもおれと刀騎の脚は止まらない。両親が心配だ。

 今年十六になったおれたちの家は少し貧しく、それでも笑顔の絶えない居場所だ。その雰囲気を作ってくれていたのは両親だ。

 なのに。


「「……」」


 両親に対し愛情があった。

 おれたちは両親に恵まれた。

 なのに。

 貫かれ壁に刀で固定された二人の姿を見つけ、おれは無心になった。


「ここの子?」


 その『女』は、何事もなかったように佇んでいて。

 濡羽色(ぬればいろ)の髪を地面に着くまで伸ばした、同色の目を持つ女だ。着ている洋服は腕を出した紫のロングスカート。


「いけないわ。

 親子は寝る時川の字でないと」


 女は長く大きな黒い槍を引きずりながらこちらに向かってゆっくりと歩を進めてくる。

 二体の『AIbis』を引き連れて。血を浴びた、『AIbis』を。


「――あああああああああ!」


 気づくとおれは刀を抜き放ち女に斬りかかっていた。

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