第44話 行くぞ!
章間になります!
もう一人の主人公的存在の登場です。
可愛がってやってください。
――章間・始――
「ハッ……」
血が落ちる。
右目の横を斬られて皮膚から血が浮き上がり、ポタリと畳に落ちたのだ。
二十一世紀前半。
【覇】の完成をもってXRは完成した。
人はそれを夢と呼んだ。
人はそれを危険だと言った。
なぜ?
VR、
AR拡張現実、
MR複合現実、
それらの総称たるXR。これらはあくまでバーチャルであるはずだ。
なのに。
血は畳に赤黒い雫となって一瞬留まり、沁みて往く。
「刀武」
声がした。
墨色の髪の向こう、おれの後ろから、背に隠した双子の妹から。
「刀騎、具合は?」
「大丈夫、止血はしたよ」
背後を見て確認はできない。目を向けられればおれと同じ氷色の裾カラーを持つ墨色の髪とマゼンタ色の目を持つ十六歳の少女が確認できただろう。
が、視線をそらせない。
けれど塗り薬の匂いがおれの鼻腔に届いた。確かに止血は済んだのだろう。
「腕は動くか?」
「うん。痛みはあるけど痺れはないよ」
「そうか。
なら『魅』を撃つ準備を――」
「もう納刀済み。いつでも抜刀できる」
「……分かった」
作戦は語れない。『奴』の集音機能がどれほどのものか分からないが最低でもサポートロボットくらいの性能はあるだろう。ならばこちらの声は聞かれていると思わなければ。
だからおれは、双子の阿吽の呼吸に賭けた。
左目に輝く『覇紋』・マゼンタのオーロラの上、頭部を覆う黒い軽量兜を――壊れかけの兜をはぎ取り、叫ぶ。
「行くぞ『AIbis』!」
おれの履く【刀刃】用の草履が畳を踏みつけ、エフェクトが表示された。
だが足を着くたびに表示されるそれを綺麗だと思っている暇はない。
一昔前よりもずっと精練された道着が、袴が、垂れがおれの常人ならざる動きに揺れる。
風を受けて抵抗を生んでいるが問題ない。おれたち刀士と呼ばれる者たちは普段から筋力を鍛えている。
加えて【覇】による身体拡張機構――努力した分だけ膂力が増すこれを使いこなす訓練だって欠かしていない。
一足飛びに対面している『AIbis』の右横に辿りついた。しかし『AIbis』の目が動く。戦の文字を――苗色の『覇紋』を輝かせる目が。いや、センサーが。
だって『AIbis』はロボットだから。刀刃をメインに造られた軍用人型AIロボットだから。
人と区別する為あえて金属質を残す事を国際法で決められた、二足歩行をする最新のロボットだ。近接戦闘用のこれの完成で人は戦場の外周から撃つだけで済んでいる。
イラつきを覚える。
刀刃を使用する点、人の戦場で人が人を傷つける感触を体と記憶に刻まない点に。
人を殺傷するのは人の手であれよ。
この『AIbis』に任せていないで。
『AIbis』の顔に走る光は間違いなくおれの動きを捕え、自身が握る刀刃用刀剣『刀刃』――競技名と同じ名を冠されたバーチャルとリアル双方に影響する獲物を鞘から凄まじき速さで抜刀する。
『AIbis』の抜いた刀刃は苗色の剣閃を引き、同色の輝きを纏っている。鞘の鯉口に付けられている特殊な砥石を削った証拠だ。これでいつでも『AIbis』は特殊斬撃・魅を一斬だけ撃てる。
けれども。
「っ!」
おれは振るわれる刃に左籠手を絶妙な角度で当てて横に受け流した。
魅は撃たれなかった。が、安堵はつけない。
だって『AIbis』は刀に続いて鞘で刺突を撃ってきたから。
「くっ!」
今度は右籠手でやり過ごす。が、右は刀刃を握った手だ。動きが止まってしまう。
更に『AIbis』はおれの足を払ってきた。
『AIbis』の刀を握る右腕が動く。魅を撃つ所作だ。
「『多威』」
『AIbis』から発声。それがこの『AIbis』の魅の名か。
「重力!」
おれの目に映る景色がレンズ越しのように歪んだ。『AIbis』の持つ刀を中心にだ。
ただの3D表示――刀刃第一階層ではない。
苗色に輝く刀身が重力を纏い、おれを潰さんと――
「『婚星』!」
「!」
苗色を纏う刀が弾かれた。氷色に輝く刀騎の刀・天ノ熾、それからの魅・一瞬の流星を受けて。
『AIbis』の目が刀騎に向いて――すぐにおれに戻される。戻さざるを得なかったのだ。
おれが納刀していたから。砥石を削って抜刀していたから。
マゼンタの剣閃を引くおれの刀・無ノ零。マゼンタに輝く魅の煌めき。
第二階層・魅起動。
同時に第三階層・逢魔、XRへの質量贈与・実体化起動。
周囲が闇に包まれた。おれの持つ刀に光を吸収されて。
光が集まり、溢れ、煌めく。
「『陽姫』!」
光を吸収し煌めく刀。斬撃が上から下に、つまり唐竹に撃たれ――
「……!」
なんと『AIbis』を両断。
斬ったと言う結果だけを“影”として残す斬撃だ。
崩れ落ちる『AIbis』、その機械の体。
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