第40話 色々持っている人間は、運命を超える
意識が残っているのか、それともゼロに置き換わってしまったのか。
「忘れたわけではないのです、お父さま」
反応があった。応えてくれる声があった。
「ただ、今なら象が蟻を潰すより簡単に人を殺せそう」
「……っ」
彼女に意識はある。しかし大切にするものの順位が変わった、と言うところか。
「ウェディン」
「ええ。『星織紙』を元に戻すのでしょう?」
「ああ。
ウェディンはディボースでゼロのチェンジリングを無効化してほしい。
オレは綺羅でゼロの残滓を消すから」
「了解。やりましょう」
身構えるオレとウェディン。
はたして『星織紙』の戦闘能力はゼロと同等かそれとも下回るか上回るか。
まずは【羽衣】をバトルコスチュームに。
続いて。
「ウォーリアネーム【星の囀り】」
オーバーレイ・フォース、星伽との同化を。
「ウォーリアネーム【産み育む奇跡の庭】」
ウェディンもメイド・オブ・オナーとの同化を果たし、『星織紙』の手が動いた。
ゆっくりと持ち上げられる黒い槍。その槍に消去の黒が渦を巻き――雷鳴。
――!
消去の黒が放たれたのではない。雷が『星織紙』に落ちたのだ。
しかし空を見ても雨雲はなく。
「……」
わずかな電気がスパークする中『星織紙』は自身から見て左に目を向ける。
「効かないか」
さして残念でなさそうに言うのは――
「誰……だ?」
黒い機械の体に、青く微光を放つドクロの頭部。背には水色の蝙蝠の羽に似た『凛凛翼』。
悪魔、を連想させられた。
威容に加えて放たれる気配に。肌を焼くような気配だ。できるならば対峙したくない気持ちが湧いてくる。
「突然の乱入、失礼します。
『グリッター』統長フレグリス=スワロウです」
あ、あの人か。
「現在パペットである反キリスト・マリスと同化中の身。ある程度の恐怖を与えていると思いますが勘弁を」
反キリスト――キリストに偽装し彼の教えに背く者。
【覇】に入っている情報でパペットは形成されるわけだが、なんかキリストに恨みでもあるんだろうか?
「ちょっとね。母を牧師に寝取られたくらいですが」
……そうですか。
「母は心の弱い人でした。そこに牧師はするりと入ってきた。
初めて思ったよ。
思いで人を殺せたらと」
なんか怒りが放たれている。寝取ったのはオレじゃないですよ?
「後ろ!」
「――!」
叫ぶウェディン。天使に背後を取られるフレグリス。
天使の翼に体を弾かれ――雷鳴、同時にフレグリスは天使の背後に。
強大な雷を両手に宿し天使を撃つ。
「誤解される前に一つ。
ぼくのアイテムである雷・アフェクションはぼくの『道』となりぼくが『害』と定めた者だけを穿つ雷。
従って――」
天使が落ちていく。
その途上で黒焦げになったコンピュータウィルスと同化に使われていた人が分離し、コンピュータウィルスは光の爆散で消え、人の方は『グリッター』が受け止めた。
「こうなります。
できるならばオーバーレイ・セカンド、ジョーカーは使いたくないのですが」
フレグリスの手に大きな銀の弓矢が握られる。
握られ、天使となっていないコンピュータウィルスに向けて射った。
「ジョーカー名はグレイス。射った者に等しく死を与える銀の弓矢です」
射られたコンピュータウィルスに銀の逆さ十字がいくつも浮かび上がる。そして逆さ十字に覆われた全身が粉となって消えていくではないか。
「もし、『星織紙』の救助がままならない場合は彼女の命を絶つ目的で使用させていただきます」
冗談ではない。
ゼロとなった『星織紙』に効果があるのかどうかはさておきやらせるわけにはいかない。
『星織紙』を護る為。
同時にフレグリスを歌姫殺しにしない為に。
「だな」
オレたちの傍に眩い躑躅色の骨翼で降りるのは、キュアだ。
「バトルはいつも完璧ってわけじゃねえが、禍根を残すのは避けるに限るぜ」
「同感」
「ついでに言うと完璧を目指して頑張るのが人間でしょ?」
「人間ではないキミが言うか」
キュアだけではなかった。
真架にジョハ、アウサンも集う。
けれど悲鳴が上がる。そちらに目を向けてみると。
「――ファル!」
かつてそれと対峙したウェディンが真っ先に反応。
天使の集合体・光の植物人間ファル――いずれ人の上に立つと言うファルが六体も出現していた。
即座にウェディンが駆けつけようとするが――
「心配無用!」
フレグリスが大きく叫んで動きを制した。
「あれは『グリッター』の士兵が相手をします」
「でも!」
「強さと覚悟を持った者たちです。ぼくたちは彼らを信じ、後ろを任せ前を見るのみ」
「……っ」
「良いじゃねえか任せようぜ」
言いながらウェディンの肩に腕を回すのは、キュアだ。
「乗客の中にも戦える連中はいる。
お姫さまなら市民を信じてくれや。
護られるだけが市民じゃねえだろ?」
「……信じる」
そうだ。市民のうねりは時に国を動かすほど強大になる。
市民こそが国の力なのだ。
ウェディンも理解しているはずだ。だから。
「……分かった」
一度強く目を瞑って力強く開くのだった。
「では、トレリオン」
アウサン、パペット顕現。金色の蜂だ。スズメバチと同じくらいの大きさの蜂だ。
「フェリオン」
ついで彼はアイテムであるナイフも顕現し、
「ウォーリアネーム【溶け熔け融け】」
パペットとの同化も果たす。
「ウォーリアネーム【糸結びの隣人】」
黄色の蜂の羽を持ったアウサンに続いたのは真架とジョハ。
同化した真架の背には藤色の薄いガラスに似た光の翼が。
「花衣」
おお? 真架の【羽衣】が変化した。通常の変化ではなく、なにか光のワンピースに似た服が重なり、完成されたのはミニスカートの精霊を彷彿させる衣装だ。これは?
「アタシたちのアイテム。
防御のアイテムだから攻撃は期待しないで」
「ん、分かった」
オレは一つ頷き、ウェディンに顔を向けた。
もう一度頷いてオレとウェディンは。
「「【覇】――エスペラント!」」
人が得られる最高の形態だろうオーバーレイ・フィフスを起動させた。
「おぉ? なんだそりゃ?」
オレたちの変化を見て誰よりも目を輝かせるのはキュアだ。
「色々あってな。
この戦いが終わったら詳しく教える」
「ぜってーだぞ? 破ったら鼻の穴に指突っ込むからな」
地味にいやだなそれ……忘れないようにしよう。
「お父さま」
「『星織紙』」
「もう良い?」
「待っていてくれたのか?」
「きっと最期ですから」
死ぬから、最期に話す機会をくれたってか。
しかしそれは。
「間違っているな」
「間違い?」
「最期にはならない。
オレたちは独りじゃないから」
できない事を補い合えばきっと手は届く。
「ゼロだって独りではありません」
「ロッケン=オーヴァーかい?
確かに彼はゼロの親だ。
けれど、多分父としての愛情はないよ」
以前は父性を感じたが、本当に父の愛情があれば愉しむようにゼロを置いて消えたりはしない。
だから以前のあれは意図して放った気配だったのだと思う。
「……そうかも知れません。
だけれどそれならそれでIは――ゼロは心置きなく戦えます」
「それも違う。
背負うものも護るものもないなら、その力はすぐに天井に達するんだ」
でもな、『星織紙』。
「色々持っている人間は、運命を超える」
「……」
「今から実演するさ。
ゼロから『星織紙』を取り戻して!」