第04話 ……誰?
思わず僕は目をみはる。
【治す世界】――聞き覚えのある名だ。だって二年くらい色んな番組で特集されていたから。
簡単に説明するなら『コンピュータウィルス殲滅システム』。
一体のコンピュータウィルスをゲームで倒すとその種類はもちろん派生型コンピュータウィルスをもコンピュータ及びネットワークから永遠に消し去れると言う夢のシステム。コンピュータの安全を確保するのに大変役立つだろうと完成が待たれていたシステム。
それが完成した!
『しかし。悲しんでほしい。
【治す世界】は此方が入手した』
……は?
『此方は世界最高のデミゴッド。ハッカーの頂点を自負します。
かけられている賞金は生け捕りで一億ドル。殺害で九千万ドル。
あまりに危険ゆえに一部の者しか此方を知らないと思います。
そんな此方が【治す世界】を歪め、『三極』と称す三体の最高位AIコンピュータウィルスを放ったのです。
理由は?
此方自身がある国によって造り出された軍事AIコンピュータウィルスであるから。
此方の役目は祖国を害す国の政治・金融・祭事これらを乱す事。
しかし、思った以上に敵方の反応は早かった。
此方を削除する為の「警察」となる軍事AIコンピュータワクチンを世に放ったのです。此方を削除する事のみに特化された軍事AIコンピュータワクチンを。
此方は「彼女」が怖い。怖いのです』
さして怖くなさそうに紡がれる言葉。
『なので、失礼ながら【治す世界】を頂戴しました。
気負う必要はありません。
逃げる必要もありません。
向かう必要もありません。
ただ変わる世界に順応していただきたく。
人の上にAIが居るのを認めていただきたく』
難しい。難しいはずだ。
人はかつてAIを脅威として開発停止命令を発した。
人がAIを恐れ、利用しつつも排除しようとしているのは子供の僕にも分かる。
だから、難しいはずだ。
『【治す世界】を解放します。
それではごきげんよう』
画面、再び真っ黒に。
静かに黒だけが目に入ってきて――
オ――――――――――――――――――――――――――――――――――――ァッ!
「!」
強烈な光が目を焼いた。
画面からではない。世界が一瞬、光に包まれたのだ。
危険を予測した【覇】がとっさに視力を守ってくれたから良かったものの……。
あのロッケン=オーヴァーと言う男の話が本当なら今ので【治す世界】が解放されたのだろうけれど、
「外は、普通――いや」
窓に手を触れてスモーク状態を解除、透明なガラスとなった窓から外を見るが今はまだ誰かが騒いでいる様子は見えず聞こえず。
が、空が黒い。真っ黒な空に輝くスタートレイル。あれだ、曲線を描く星々の写真を見た経験があると思う。スタートレイルとはその星々の事だ。
……綺麗だな……じゃない、見惚れてどうする。しっかりしろ。
虹の塔は見える。ならば虹の塔を上がった先にあるプレオープン中のオービタルリングはどうなった?
地上は明るい。いつもの夕方だ。大気圏内の光は存在している。
XRを空に重ねただけ、ではないだろう。
テレビ局の放送網は頑強なファイアウォールとワクチンで護られている。そもそも量子テレポート通信に割り込んでいる事自体ただ事ではないのだ。
イタズラ――つまり嘘だったとは思えない。
「まずは」
お風呂から出て、服着なきゃ。
<涙覇、今からそっち行くわね>
へ?
今の声はテレパシーだ。【覇】による最上位通信。
日頃からテレパシー相手として登録していなければ使用できない機能。
声の主はウェディンと思われ――
「え?」
「え?」
思わず間の抜けた声が出た。僕ともう一人、知らないお姉さんから。
いやだって……【覇】の転移機能『門』を使っていきなり浴室に現れたから、さ……。
「……」
忘れてはいけない。僕、素っ裸。
だから。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」
お姉さん、声にならない悲鳴を上げる、の巻。
上げて良いのは僕だと思う。
そしてさっさと『門』の向こう側に消えてしまうお姉さんである。
「……誰?」
誰かは分からないがこちらもさっさと出た方が良さそうだ。服・服。