第39話 お父さま
「一応言っとくけれど私は本物よ!」
「オレだって!」
だがあちらこちらで――あちらこちらの人々から炎が上がる。炎に包まれてコンピュータウィルスとしての姿に変貌していく。
多い。あっと言う間に半数が変わってしまった。
そして半数になった人々を取り込み、天使へと拡張する。
「星伽!」
「メイド・オブ・オナー!」
オレとウェディンが揃ってパペットを顕現し、同時に。
「ウォーリアネーム【砥がれた月は鮮血を浴びて】!」
赤い閃光が空に舞った。
「あれは!」
あの躑躅色の髪の毛と額の小さな一対の角は――キュア。
背に躑躅色の骨翼を装備しすでにパペット・千五百魔と同化状態だ。
そして愛刀たるアイテム・枝垂之咲姫で――天使を両断。
「ちょ! ちょっと待てキュア! 取り込まれた人を――」
「心配すんじゃねえ! 千五百魔のジョーカー名は積み木殺し! 物体も霊も心も縁も斬り裂く力だ!」
……そうだった。あらゆる連結を斬る能力。
キュアは両親の離婚で一度グレた。
クスリに手は出さなかったそうだがタバコは生徒時代にやっていたらしい。
が、そこに救いの手が。
日本のスケバンである。
彼女が出会ったと言うスケバンは画面の中。つまり昔の映像だ。
キュアに薦められてオレも映像を見たがその中でスケバンは乱暴ではあったが弱い人を決して捨てず、仲間を捨てず、敵すら捨てずに勢力を拡大し地元の人から信頼を得ていた。
正直に言おう。ヒーローよりもヒーローしていたと。
しかしキュアにとってもう積み木殺しを得た後の出会いだった。後悔があったと聞いた。
が、件のスケバンは最後にこう言うのだ。
てめえの過去を捨てるんじゃねえ!
だから、キュアも捨てなかった。自分を愛すようになった。
以来キュアは積み木殺しを育てる道を歩んでいる。
その積み木殺し、オーバーレイ・フォースで繋がった人とコンピュータウィルスの連結も斬れるのか。
ホッと胸を撫で下ろした瞬間だった。
首に。激痛。
「――グッう!」
「涙覇⁉」
激痛にパペット・星伽の顕現を維持できずに消えてしまった。
またこの痛み!
「成程」
「「――!」」
声、だけではない。ロッケン=オーヴァーがオレたちのすぐ前に現れた。
即座にオレとロッケン=オーヴァーの間にウェディンが入る。
「身構える必要はない。此方がなにかする事はないので。
ただ確認を一つしたかった。
涙覇、彼方はゼロに首を触られていたんだね」
「首……」
そうだ、初めてゼロが現れた日確かに。
だがそれがどうした?
「ゼロはデータバックアップを残していたようだ。
涙覇、彼方の体内に」
「なっ」
侵入されていた? あの時すでに。
「時間はかかったようだがゼロの力の残滓が彼方を取り込もうとしている。
彼方を新たなゼロにする為に」
「涙覇!」
「ムダだよウェディン。彼方の無効化能力で消す事は叶わない」
それでもディボースを使用し始めるウェディン。
けれど効果はなくて。
「グ……ア――――――――――――――――――――――――――――――――――!」
オレの体から昇る黒い光。
そんなオレの体を抱きしめディボースをかけ続けるウェディン。
そうだ、ゼロポイントの力なら!
が、オーバーレイが一切使えなくて。権限をゼロに持っていかれている。
このままでは……!
「お父さま」
静かに、誰かが虹色の翼で舞い降りた。
いや誰かなんて言うのはやめておこう。オレを「お父さま」と呼ぶのは一人だけ。現時点でオレの「娘」はたった一人なのだから。
「近づくな……『星織紙』!」
オレがデザインしたたった一人の娘『星織紙』。
オレの他に家族とウェディンしか知らない秘密の関係。
近づくなと言われてもオレの傍にやってくる一人娘。
彼女はオレに触れると、首に、ゼロに触れられた首に――優しくキスを一つ。
「……!」
瞬間体が楽になった。激痛は消えて、涙を落としていた瞳から新たに落ちる雫はなく。
代わりに。
「『星織紙』!」
が、オレに正面を向けたまま飛び立って往く。
「どうか曇らないでください、お父さま。
どうしてお父さまが綺羅めきたいのか、Iに継がせた綺羅めきへの想いとはなんなのか、思い出して」
「綺羅……めき?」
優しく微笑む『星織紙』の髪が白に、衣装が黒に染まり。
「ウェディンと出逢う前から想っていたはずです。口にしていたはずです。
お父さまの原点にして最も純然な想いを、どうかお忘れなきよう」
続いて透明な光に包まれ。
「新たなゼロにステキな衣装を」
ロッケン=オーヴァーが動く。
彼のあげた手に合わせて『水絢』――全ての水が『星織紙』を包み込む。
『星織紙』の髪色が再度変わる。透明に。
虹彩は白に。
『覇紋』は透明色の交差する剣に置き換えられ。
虹色のインク翼は透明な弾ける光の翼に。
手首、足首、胴体、頭頂部に透明色の円環が纏われ。
両手には長大な黒い槍。
オーロラの王冠は太陽の王冠へ。
そして集まった水が彼女のドレスに。
しかし左耳に飾りつけられている大きな金の星は変わらずに。
「彼女は涙覇との間にある大切な繋がりを利用して自らにゼロの残滓を取り込んだ。
素晴らしい娘を持ったね、涙覇。おっと」
突かれる光の星の刀剣・巡とフラワーシャワーを余裕綽々にかわすロッケン=オーヴァー。
「此方は消えよう。
愛する娘と遊んでおあげ、涙覇」
言うと本当にどこかへと姿を消す。
ロッケン=オーヴァー!
「――!」
『星織紙』を包んでいた透明な光が弾けた。
完全に新たなゼロとなった『星織紙』、現出だ。
歯を強く噛みしめた。きっと外に音が響くほどに。
それほどまでにオレは怒り、同時に悲しんでもいた。
場を愉しんでいたロッケン=オーヴァーに対する怒り。
娘を犠牲にしたオレ自身に対する怒り。
『星織紙』からの愛情の深さに対する嬉しさと悲しみ。
なんとかあの子を救わなければ。
「『星織紙』! 残っているか⁉」