第35話 いよいよだ
車両を移動する時に一度振り返って手を振って振られ返されて、オレとウェディンは七号車へと入った。
お菓子・食事ルームだった六号車の賑やかな雰囲気が消えて静寂に包まれている七号車。休養車両。
テーブルは一つを残して埋まっていて、オレたちは最後の一つに着いた。
そこでタイミング良く。
『銀河宙域に入ります』
アナウンスと同時に『空の鏡』の速度が落ちていく。
ほんの少し時間が経って、
「おお」
入っていった銀河宙域に声を上げるオレ。
「綺麗ね」
「ああ」
渦巻銀河。
楕円銀河。
不規則銀河。
大きく分けてこの三種類になる様々な銀河が姿を見せた。
『空の鏡』はその脇を通り、あるいは頭から突っ込み、またあるいは巻き込まれるように円を描き。
白い背景に鮮やかな銀河。不思議な感覚を見ている者に与え続けた。
神秘と言うおもてなしを受けたオレたちは彼らの姿に見惚れてしまって、五十の銀河を過ぎても車窓から顔を離せずに。
いったい宇宙にはいくつの銀河があるのか。
技術が進歩する度にその総数は更新され、宇宙の広さに嘆息するばかりだ。
その銀河をオレたちは今、旅している。
夢の中に作られた幻想とは言え、満たされずにはいられない。
しかしその時間も終わりがやってくるもので。
『銀河宙域を抜けます』
残念極まるアナウンスが流れてしまった。
そして言葉通りに『空の鏡』は銀河宙域を抜けてしまって。
「……終わりかあ」
椅子の背もたれに体を預けるオレ。
「もっと見ていたかった」
「でも涙覇。
まだ次があるわ」
「ん、そうだね」
別れがあれば出逢いがあるように。
一つの宙域を離れればまた別の宙域がやってくる。それがこの旅である。
次の宙域を目指して『空の鏡』は走り続ける。
ブラックホール宙域では黒い穴に飛び込んでホワイトホールから飛び出て。
エッグ宙域では星の誕生を拝見し。
彗星宙域では競い合うように並走し。
超新星宙域では爆発に巻き込まれて。
灯台宙域ではパルサーを目印に進み。
惑星宙域では太陽系惑星に加えて人工衛星すら辿り着けていない人類未踏領域に踏み込み。
宙域の合間では『空の鏡』車両を楽しむのも忘れない。忘れてはいけない。
ロボットに乗り込むゲームをプレイし、デジタル技術の盛り込まれた仕掛け絵本を読み。
そうして全ての宙域と車両を抜けて――やってくる。
「いよいよだ」
「ええ」
この旅の最終到達地点。いや最高到達地点と言うべきか。
「「『火樹銀花城』!」」
自分の座席にてオレたちは思わず声を揃えた。
『空の鏡』が光に包まれる。通常の夢の世界より一つ空間を異にするこの白い世界から更にもう一つ空間を飛び越える為に。
光に包まれた『空の鏡』が加速する。現実ではあり得ない速度。あり得ない特別な空間跳躍。
そうして『空の鏡』が辿り着いた世界とは――
「「おお~」」
蒼穹。
蒼き世界に声が出る。出てしまう。
いや、世界が蒼いから声が出たのではない。勿論蒼さだって見事だがそれ以上に見事な物がここにはあるのだ。
「『火樹銀花城』……あれが!」
魅入ってしまった。
これまで何度もテレビやネットの特集で見た事があるが生で見るのは初めてだ。こうも迫力が違うのか。
一辺三キロメートルの五芒星に象られた最高峰の白きお城。和の城でもない、洋の城でもない第三の様式。
そのお城は誕生を表す割れた卵型の水の真ん中に雛の如く存在し、クリスタルの星々に照らされ、更に循環の光に包まれている。光とてただの光ではなく、鯨・象・人・虫・菌あらゆる生物を象り、あらゆる花・植物を象り、あらゆる鉱物を象り、あらゆる現象を象り、それら全てが手を取り合うように繋がっているのだ。
内側から
城『火樹銀花城』
星『泣き雫』
水『水絢』
光『霊旗』
全て世界中からの公募で決められた特別仕様であり一級品だ。
この空間にも名はあって『真秀なる時』と言う。
因みに『空の鏡』は運営企業のデザインが採用され、それ以外は誰のデザインか公表されていない。
ほぼ全ての名称に日本語が使われるのはこれらのモチーフになった銀河鉄道の夜の筆者・宮沢賢治に敬意を表して、だそうだ。
『空の鏡』が『火樹銀花城』の外縁に着いた。
ドアが開き、誰もが競って外に出る――事はなく、慌てず騒がずゆっくりと出ていく。だって皆見惚れているから。見惚れるあまりぼ~としているから。
『お報せします』
全員が下車し、アナウンスが。
『これより十分後、城内にてパーティーが催されます。
パーティーでは最高の食事、最高のドリンクが用意され、最高の遊戯が用意され、『星織紙』による最高のフェスティバルコンサートが用意されております。
三日行われるこれに参加するも遊戯にいそしむも自由です。
水で戯れるも良し、個別のルームにて休まれるも良し、城内を散策するも良し。
どうぞご自由にお楽しみください。
ここは自由の城『火樹銀花城』。
皆さまにとって良き記憶の一部になる事を願っております』
アナウンスが終了し『空の鏡』が去って行ってしまう。パーティーが終わると迎えに来てくれる約束になっている。
三日間完全に外界からは切り離されオレたちはただただここを満喫するのみである。
「どうする涙覇? 食べる? 遊ぶ? 観る?」
ウェディンもこの通りドキワクに足元が動きっぱなしだ。
「オレは『星織紙』コンサートの始まりを見届けたいかな」
「なら五芒星の中央ね。行きましょ早く良い場所取らなきゃ」
手を引かれ、ダッシュ開始。
それを見た他の乗客たちも顔を見合わせ目的の場所に向かって走り始めた。
いざ、城内へ。
入ったところで走っていた足を緩めた。白で統一された廊下に、その静謐さに走るなど無粋だよと言われた気がしたから。ゆっくり楽しみなさいと言われた気がしたから。
「シャンデリア――とか照明があるんじゃないんだ」
なのに城内は明るくて。
「お城を造る鉱石? の継ぎ目もないわ」
まるで掘って造られたかのようで。
大扉の前に来た。すると独りでに大扉が内側に開いてゆく。音一つ立てずに、空気一つ震わせずに。
途端目に入ってきたのはテーブルの列。テーブルの上に置かれたここでしか味わえない星がテーマの料理の数々。
しかしまだ透明な蓋がされている状態だ。パーティーの開始は十分後と言っていた。五~六分しか経っていないからパーティーは始まる前と言う事だ。
オレとウェディンはどんな料理があるのか見つつそのエリアを抜ける。抜けて五芒星の中央に限りなく迫る。完全な中央には行けない。そこにはコンサートに使われる特別な十七の楽器――とある美術家による作品『降り奏でし楽士隊』がすでに置かれていたから。それらを弾く楽士はまだいない。
『星織紙』もまだ姿を見せていない。
一分。
二分と時間が過ぎていき――蒼穹の世界が黒に染まった。
どこにあるのか鐘が鳴って。
パーティー、始まりだ。
空にオーロラが広がる。
歓声が響く。
料理を覆っていた蓋が消え、五芒星の中央がライトアップされる。
いつの間にか楽器が楽士の手に握られて、『星織紙』、登壇。
そして彼女は言うのだ。
「さあ! 綺羅めく時です!」