第34話 とってもドキドキした
真架が口を開いた瞬間、通路を挟んで椅子に座す男性が割り込んできた。「げ」なんて声がジョハから漏れる。
「だからボクがここにいるわけで」
どうやら真架とジョハの二人はこちらに集中していて男性に気づいていなかったらしい。オレはちょっと前から彼に気づいていたのだが。怪しんではいなかったけど。
金の髪をショートに切りそろえた黒人さんで、年齢は二十前半だろうか。黄色いスーツが眩しい。
左目の【覇】起動中を示す『覇紋』は黄色の葉。
男性は笑っていて、けれども緑の眼光は鋭くて。
きっと心の底からは笑っていないのだろう。仮面の笑顔って感じ。
「ああ、この表情の方がウケが良いんだ。許してくれ」
……いつも笑顔だとかえって怖いと思いますよ?
「ひとまず自己紹介くらいしたら?
それが礼儀だとうちは思うなあ」
「確かに。
ボクはアウサン=サウドラッド。
二十四歳。
国際議連所属ハッカー・ウィザードだ。
よろしく」
この人も……か。
「気を抜かないで。
アウサンはジョハを消そうって奴だから」
「正しくないな。
ジョハが『やらかしたら』消せと言われているだけさ。
ボク個人としてはそんな可哀そうな事になってほしくないんだけれど」
「そんなん笑顔で言われてもムカつくだけだっての」
「ムカついているのはボクさジョハ。
キミたちの見張りの為にここのチケット自腹だったんだぞ? おまけに抽選だし。上からは絶対に当てろ、でも不正はダメだ言われるし。
とってもドキドキした」
「んじゃその分楽しめば? うちらはほっといて」
「ぶっちゃけそうしたい」
「しろよ」
「できるか」
う~ん、ケンカが始まってしまった。アウサンの方は笑顔だけど。
「そもそもキミたちは声が大きい。
ボクが乗客を買収していなければ話、漏れているぞ」
言われて周囲を見るオレたち。
それに気づき慌てて顔をそらす乗客たち。
あんたら買収されてたんかい……。
「注意散漫なのは子供らしいくて可愛げがあるが、あまりボクに自腹を切らせないでくれ」
「アタシたち高額報酬貰ってるでしょ」
「ボクは、将来の為に貯金したい」
「「真面目か」」
「あの!」
このままだとアウサンの笑顔の仮面がはがれてしまいそうだったから勇気をもって口を挟むオレ。
「国際議連は【治す世界】をどうするつもりなんです?」
「第一希望は破壊だね」
少し場の空気がピリつく。
「問題を孕むシステムを悠長に使い続けるのは難しい。
が、勘違いしないでほしいのだけれどボクは同僚を悲しませる趣味はない」
笑顔が消えた。とても真面目な表情になった。
「仕事でジョハ削除を受けてはいるが、ボクの心はジョハの維持について真剣に考えている。
それだけは信じてもらいたい」
誰とも目を合わせずに、車窓を見ながら。
きっと恥ずかしいのだろう。
当のジョハはと言うと意外な事を言われたと言うように鳩が豆鉄砲を喰らった表情だ。
「……チューはしてあげないよ?」
「いらんが」
「第一希望が破壊と言う事は第二希望があるのですね?」
ウェディンの言葉に笑顔と視線を戻すアウサン。
「ええ、プリンセス。
国際議連の第二希望は【治す世界】を正し、国際議連管理のもと運営する事です。
【治す世界】は確かに問題を起こした。が、そのシステムは素晴らしい。このコンピュータが欠かせない社会においてどれだけ貢献できるか」
「あなたが彼女たちを悲しませたくないと言うのなら」
「……第二希望を推します」
また視線を誰とも合わさずに。
「ウェディン、【王室エポック・リンク】は――」
「まだ答えはこれから。
けれどそうね、私も【治す世界】を正して運営する道を推すわ。
『星冠』の方は?」
「情報は降りて来てないけれど、両親に希望は伝えておくよ」
オレとウェディン、二人は真架とジョハに向き直って。アウサンは車窓を見て。
そうして代表してオレが、
「なんとかジョハの維持に努めよう」
こう言った。
そして真架とジョハは一度顔を見合わせ声を揃えて、
「「ありがとう」」
と言うのだった。
その後、オレたちは揃ってお菓子を食べ続けて時間は過ぎていき――
『お報せします』
車内にアナウンスが流れだした。
『まもなく銀河宙域に入ります。
皆さま車窓からご覧ください』
新たな観光宙域への突入だ。
「ウェディン、移動する?」
このままこの車両にいても良いのだが。
「ん~、私、口の中が甘いからちょっと落ち着きたいかな。
休養車両――七号車に行きたいわ。
真架とジョハはどうする?」
「うちはまだ食べたりない」
もう三十個くらいケーキ食べて二十個くらい他のお菓子にも手出しましたよね?
「アタシはのんびりジュースでも飲んでるよ」
「そっか。アウサンは二人といるのよね?」
「仕事なので」
「ん。じゃあ一度別れると言う事で、ああ連絡先教えて三人共」
言いながら【覇】のアドレス帳を開くウェディン。
「これが私の連絡先ね」
自分のバーチャル名刺を真架・ジョハ・アウサンに投げながら。
「……ボクも?」
「あら、イヤかしら?」
「……そうではありませんが」
「交換しときなよアウサン。広い人脈は持っとくにかぎるよ」
アドレス帳を開きながら、オレ。
「プリンセスはキミの恋人では?」
「……や、流石に名刺交換に嫉妬はしないから」
どんだけ独占欲強いと思われてんのオレ。
って言うか知られてるのか……ん?
「ジョハ、変な顔向けないでくれるかい?」
明らかにからかってやろうって顔だ。
「いや~羨ましいなあと思って」
バーチャル名刺をオレとウェディンに渡しつつ。
「パペットって恋愛すんの?」
「さあ? うち普通と違って【治す世界】の影響もあるからさあ。
自我とか自己ってのが強いみたいなんだよね。
だからしそうな気もする。
真架はするよね?」
「経験はない」
こちらもバーチャル名刺をオレとウェディンに渡しながら。
「今のところはね。急いでするもんでもないし、のんびりオチるのを待とうかと」
「アウサンは?」
ちょっと頬を朱に染めながら、ウェディン。
「ボクは妻子持ちです」
「「マジか」」
「マジです」
あ、ドヤ顔。
羨ましくなんてないんだからね。
「禁断の結婚だった。妻は教授でボクが学生。
十歳離れていてね、向こうはこちらを子供扱いしていたがボクは持ち前の勤勉さと強引さで妻の行動を研究し何度も現れては告白しフラれては告白し、とうとうオトした。
思えば児童時代からボクは要領が悪かった。けれど強引だった。人の手助けをしては怒られバカだボケだと言われる事も多く、されどボクはめげない子だった。
悪印象を持たれようと相手が諦めるまで続ける。
そうして成果を出してきた。嬉しかった。
が、妻の気を惹けた時はことさら幸福だったな。もとい、今なお幸福の真っ只中だ。
世にこの幸福を超える事象などあるまい。
サイコー」
「さて名刺交換も済んだと言う事で」
席を立つオレ。ついでウェディンも。
「また縁があったら」
「逢いましょうね」
いったん、お別れだ。