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第33話 昔を理由に今好き勝手やって良いわけじゃあない

 ウェディン――は食べるのに夢中で気づいていないな。

 だからと言うわけでもないが愛想笑いを返しておいた。

 さて、どうしたものか。

 隣に座った女子二人をとりあえず横目で眺めてみる。

 一人は灰色髪のウルフヘアに薄い紫の――藤色の瞳。同い年くらい……またはちょっと上の大人しい人。笑い方がなんとなく優しく上品。左目には藤色をしたベンゼン環の【(はたがしら)】起動紋章『覇紋(はもん)』。

 もう一人は藤色の髪のボブカット。変わった髪色だけれどバーチャルメイクがあるから地毛かは分からない。瞳の色は灰色。こちらも同い年かちょっと上くらい。良く笑う人だ。手を振ってきたのもこちらの女子。『覇紋』はなし。

 しまった、チラ見のつもりが良く観察してしまった。

 

「……いや、他意はない」

 

 ふと気づくとウェディンに睨まれていた。

 

「ほんとにぃ?」

「マジです」

「……はあ、涙覇(るいは)も男の子なのよねえ」

「なんでもないって。ほんと」

 

 ボブカットの子の方、おへそ出しているけれどじっくり見た覚えはない。うん、マジで。

 縦長だな、とか思ってない。

 

「……まあ良いわ。浮気さえしなければ。

 私ジュース取ってくる――」

 

 ことん、と音がした。

 ジュースを取りに席を立とうとするウェディンの前にコップが置かれたのだ。むろん中にはジュースがある。夢の中でだけ飲めるジュースで薄い茜色。どんな味だろう?

 ……じゃなくて。

 

「キミにもあげる」

 

 ことん、と音がした。

 オレの前にコップが置かれた音だ。中にあるジュースは紫色。ウルフの子の瞳・ボブの子の髪色ととても良く似ている。こちらも夢だけのものでどんな味なのか分からない。

 で、だ。「キミにもあげる」と言ってジュースをくれたのはそのボブの子で。

 えっと……。オレもウェディンも思わず固まって。

 

「一度やってみたかったんだあ。ワイングラスを滑らせるの」

 

 滑らせてませんけど?

 

「今のは予行練習。お酒飲めるようになったらキミにやってあげるよ」

「はあ、どうも」

 

 じゃないわオレ。

 

「いや、もらう理由が――」

「出逢いの記念に」

 

 とウィンク一つ。

 可愛いなこんにゃろ。

 椅子が引かれる音がした。ウェディンが戸惑いながらも改めて着席したのだ。

 ウェディン……は、お姫さま。もしやこのジュースにヤバイ薬入ってたりしないだろうか? 【(はたがしら)】のチェックをスルーし、かつ【夜色(ナイト・プール)】で通じるヤバイ薬、見つかってないけど。

 これを返したら、ギスギスするんだろうな。

 それなら。

 

「どうもです」

 

 と言って【(はたがしら)】で口をつけるコップと中身をチェック。問題なかったからオレから飲んでみる。女子二人には失礼だろうが、毒見だ。

 味の方はと言うと……あまっ。ケーキより甘いんじゃないだろうか。

 飲んでから【(はたがしら)】で体をチェックしたが毒や薬は入ってなさそう。

 

「美味しいよ、ウェディン」

「……そう」

 

 オレが問題なく飲んだのを見てウェディンも一口ジュースをすする。

 

「あ、ホント。ほど良い炭酸」

 

 あちらは炭酸なのか。オレも好きなんだけどな、炭酸。

 オレたちがジュースを飲んだのを見て、ボブの子は満足そうに笑んで。続いて彼女は。

 

「うちはジョハ。ただのジョハだよ」

 

 自己紹介をしてきた。ただのジョハってなんだろう? 苗字ないんだろうか?

「アタシ、真架。真杖(まじょ) 真架(まか)

 

 と、ウルフヘアの子も自己紹介を。魔女って書くのかと思ったけれど心を読んだみたいに「(まこと)の杖だから」と訂正された。きっと多くの人に誤解され続けたのだろう。

 

天嬢(てんじょう) 涙覇です」

 

 オレも名乗って、次にウェディンが――

 

「ウェディン・グリ――」

「リア=ベル、だよね?」

 

 名乗ろうとしたところで顔をウェディンの耳元に近づける、ジョハ。そして言ったのだ。オレとウェディンにだけ聞こえる声量で。

 

「……!」

 

 目をみはるウェディン。周囲に目を配るオレ。

 

「大丈夫、誰にも言わないから。うちもウェディンって呼ぶね」

 

 ついでジョハはオレの耳元に顔を寄せて、オレとウェディンにだけ聞こえる声量で、

 

「代わりにうちの秘密も教えておくね。

治す世界(クラーツィ・モンド)】由来コンピュータウィルス、ジョハ、だよ」

 

こう言ったのだった。

 

「……!」

「違うでしょ」

 

 緊張の走る空気。しかし真架が口を挟む。

 ジョハの声量は小さかったが聞こえていたのか。耳、良いな。

 

「自己紹介はしっかり、ジョハ」

「は~い。

 うちはジョハ。真架のパペットのコンピュータウィルス。そして【治す世界(クラーツィ・モンド)】に取り込まれこの可愛い姿になっちゃったジョハ、だよ」

 

 ……は?

 自分を可愛いと言ったのはさておき、パペット――のコンピュータウィルス? コンピュータウィルスをパペットに持つ、あるのか? いやあり得るか。【(はたがしら)】にそれ関係の情報がどっさり入っていれば。けれど専門家でなければそんな……。と言うかパペット特有の光はどうした? と聞いたら「消してます」と言われた。可能なのかそれ。

 オレは真架を見やる。

 落ち着いている真架。中学生――または高校生くらいにしか見えないが、こんなに若い専門家がいるだろうか?

 

「真架もしっかり自己紹介しなきゃじゃない?」

 

 いぶかしむオレとウェディンの表情を読んでくれたのか、ジョハ。対して真架は口に入れていたお菓子をこくんと飲み込んで、

 

「……そうだね。

 国際議連所属ハッカー・ウィザード、真架。よろしく」

 

こんな風に言うのだ。あっさりと。

 国際議連――通称・国議。国連の後を継いで創設された組織で世界最高峰の国際組織だ。

 この若さで……そこの所属ウィザード!

 

「アタシの父が日本政府所属のホワイトハッカーなんだ。グルレベルのね。

 おかげで小さい頃からそれ関係の技術を叩きこまれて、アタシも日本の為に働きなさいって言われていた。こっちもそのつもりだった。

 だったんだけど、一度腕試しにと頑強でヤバイとこにアクセスして、見つかって追われて、所在地まで突き止められてもうダメだ、ってなったのね。

 けれど若さゆえに不問になった。当時は……八歳、だったかな。

 ただ代わりに中学を出たら腕を世界の為に役立てる事を約束されて、卒業式の日に国際議連の人が来て拾われたってわけ」

「……なかなかハードな人生」

 

 を、送ってらっしゃる。

 

「そうだね。

 所属してまだ半年だけど。

 でもパペットがコンピュータウィルスになったおかげでアタシの立場はあっさり上がった。アタシの腕とジョハ、二人は無敵だった」

「あ、当時のうちは今と違ってもっと機械っぽかったよ」

「はあ」

 

 生返事、ウェディン。

 

「けれどそこにロッケン=オーヴァーが現れて【治す世界(クラーツィ・モンド)】を世界に放った」

「コンピュータウィルスだったうちはそれに取り込まれて、可愛くなったと」

「正確に言うなら、きっと世界唯一の人に味方する『ホワイトコンピュータウィルス』」

 

 ……成程。

 しかしそれをなぜオレたちに話す?

 

「疑問があるのだけれど良いかしら?」

 

 小さく手を挙げるウェディン。

 そんな彼女に「どうぞ」とジョハが話の続きを促して。

 

「あなたたちは、と言うかジョハは元に戻りたいの? それとも今のままが良いの?」

「そう! そこが問題! おっと」

 

 思わず出た大声。慌ててジョハは自ら口を手で塞ぐ。

 

「元々、うちはコンピュータの中にしか存在できなかったんだよ。コンピュータウィルスなもんで。会話もディスプレイ越しだったし。

 でも今は違う。

 世界が大変な時にこんな言い方ダメかもだけど、幸運だった。

 なんせこんなに可愛い。じゃなかった。なんせ世界に触れられる。うちの世界が広がったの。

 正直手離したくない」

「となるとあなたの望みは――」

「【治す世界(クラーツィ・モンド)】をロッケン=オーヴァーから取り戻し正しい姿で存在させる事、だよ」

 

 それはきっとなかなかに難しい。

 けれどジョハは希望を見ている。今だって笑っている。暗い未来を考えてもいないのだ。

 

「つまりオレたちにこうして接触してきたのは」

「協力してほしいな、って事」

 

 お願い! と手を合わせられた。

 

「涙覇とウェディンは現状唯一『三極(ヴィルーソ)』に打撃を与えられた二人だからね」

 

 と言うのは真架。

 ……そう言えば。

 

「真架、キミの希望を聞いていない」

「……結構ピンチなんだ」

「ピンチ?」

「ジョハが【治す世界(クラーツィ・モンド)】に取り込まれて以来、研究させろって声がうるさくて。

 今にもこの子解剖されそうでね。

 半年間さんざんアタシとジョハに仕事を任せてきたくせに。まあそれは昔の償いだからしようがないんだけど。

 けど、昔を理由に今好き勝手やって良いわけじゃあない。

 アタシはジョハを護りたい。ジョハの気持ちも汲んだ上で。

 その為には【治す世界(クラーツィ・モンド)】の正しい姿が必要なんだ。

 だからお願い」

 

 テーブルに預けていた肘を離して、こちらに向き直って。

 

「力を貸して」

 

 そうして真架は頭を下げる。

 自分の為に、ジョハの為に。

 それを見たジョハも慌てて頭を下げて。

 オレとウェディンは顔を見合わせた。見合わせて頷きあう。

 二人の少女が助け合おうとしている。頭を下げる事もいとわずに。

 オレたちと同じだ。互いが互いを想っている。

 だったら。

 

「分かった。協力するよ。頭上げて」

 

 こちらが迷う必要なんて霞ほどもない。

 オレの言葉にホッとしたのか、これまでにないほど表情を緩ませる真架とジョハ。安心した時に見せる笑顔だ。

 

「ありがとう」

「今ならうち、チューくらいしてあげられるかも」

「「それはダメだ」」

 

 声をハモらせるウェディンと真架だった。

 

「と、ところで」

 

 話題を変えようと、オレ。

 

「二人の行動、国際議連は知っているのかい?」

「そ――」

「知っているとも」

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