第31話 よぉう
速度を増してゆく『空の鏡』。
行く先は宇宙空間。エリアが――星が見えない空間を進み、音速に達し、光速に達したところで風景が変わった。
点だった星々は線になり、黒だった世界は白に変わる。
線だった星々が点に戻った。
白い世界に輝く星々は黒く、しかしいずれかの色・光を含んでいて。
完全に色が逆転した。
「ウェディン」
「ええ」
ここまで来るとオレたちは離席を認められる。
だからオレとウェディンは席を立って、まずは一つ前の車両に。ここはオレたちがいた場所と変わらない。次と、次も変わらず。
それを繰り返し八号車。そこから先は、一号車から七号車は違う。
「七号車は休養車両なのね」
仮眠の為のベッドがあり、テーブルがあり、シャワールームも十個ほど。
「ここはスルー、で良いかな?」
「ええ。今はまだ休むほど疲れていないわ」
「んじゃ次へ」
六号車へゴー。
「ここはお菓子だね」
どうやら六号車はお食事ルームのようだ。
テーブルもあってすでに何人かがコーヒーや紅茶、ジュースやケーキ・お菓子を口に運んでいた。
「どうする?」
「ん~、後ろ髪はひかれるけれど、まずは全車両を見たいわ」
「では進もう」
五号車への扉をスライドさせて移動。
「音すっご」
「私こう言う雰囲気初めて」
五号車はゲーム車両。
懐かしのテーブルゲームから筐体。子供向けのゲームがメインだ。
「次は、と」
四号車、カジノ。
スロットがあり、ルーレットがあり、トランプがあり。大人向けのゲーム車両だ。
「ここは図書ね」
三号車は図書室だ。
童話の本から鎖がついた持ち出し禁止の本まで。
現実では絶版になっている本もあった。
「シー、だな」
「シー、ね」
二号車は特別な『空の鏡』の中でも特別な乗客の為のVIPルーム車両。
通路を挟み左右に展開するVIPルームの中は見られない。窓にカーテンがかけられているからだ。
防音になっているはずだがそれでもオレたちは小声で会話し、次の車両へ。
「一号車だ」
「彼女の車両ね」
「うん」
一号車に入った。ここにある席は全て通路側を向いている。
どうしてかと言うと。
「ファーストライブは十分後みたい」
「もう座っとく? と言うかファーストに参加する?」
「そうしましょ。早く観たいし列車が停まるのはまだ先だし」
「おっけ」
先頭の席はもう他の乗客がいたし、その他も半分は早々に埋まっていた。
オレたちはなんとか二人並んで座れたけれど後に来た人の中には座れず立っている人も。
誰もが彼女を――『星織紙』を観たがっているのだ。
オレは席に一つずつ置かれているライブスケジュールの書かれた紙を見る。全部で六曲。凡そ三十分のウェルカムライブがここで行われる予定だ。
彼女のウェルカムライブは『空の鏡』が中継地点及び目的地に着く合間に行われるのだが乗客はそれに一度しか参加できない。『空の鏡』は普通の列車よりも広い車両を持っているがそれでも一つの車両に入れる人数には限度があるから、全ての乗客にライブを観てもらいたいから、である。
え? 三十分は短い? いやいや、今はこれで良いのだ。ウェルカムライブは前哨戦なのだから。
「あ」
と、ウェディンの口から一言だけ漏れた。車両が真っ暗になったから。
ライトが一カ所に集まるように灯され『星織紙―スターウィンク―』が登場した。
一曲。
二曲。
披露されていく楽曲。
一曲ずつ衣装も変わって、髪型も変わって、髪も体も光って。
激しい曲あれば淑やかな曲もあり。
『星織紙』は車両の通路を移動しながら歌いあげていく。
曲の合間にはトークもある。
美しい声でジョークが繰り出され、乗客との掛け合いが行われ。
見惚れた。このライブの時間だけ彼女に恋をしていたと言っても良い。絶対にウェディンには内緒だけれど。
と思いながらウェディンを見ると彼女もうっとり顔だった。ひょっとしてウェディンも『星織紙』に恋をしていたのだろうか。していたんだろうなあ。
複雑な気持ちになりつつライブを堪能する。
しかしその時間も過ぎていく。あっと言う間に。
六曲は流れるように過ぎていき、アンコールも行われて、
「じゃあね!」
と『星織紙』は去ってしまった。
ああ、終わっちゃった……。
残念な気持ちと満喫した心地良さが同居する不思議な感覚。
余韻に浸ったまま五分が過ぎて――誰も車両を出ていかないまま五分が過ぎて、車内にアナウンスが流れた。
『お待たせいたしました』
こんな言葉から始まる報せの内容は。
『流星宙域にまもなく入ります』
と言うものだった。
それを聞いて乗客がちょっと騒めく。と言うか余韻から復帰する。
「ウェディン」
「ええ、戻りましょう」
ウェルカムライブの熱気が残る一号車をあとにし、オレたちは指定席のある十二号車へと戻っていった。
一分ほど時間があったから席の前のテーブルをタップ。簡単な飲み物のメニューが表示され、オレとウェディンの分を注文する。
五秒経つとテーブルの一部が引っ込んでジュースの入ったグラスが到着。
冷えたジュースを喉に流してライブの熱気を冷ます。
飲み干したグラスはテーブルに収納、そこから自動でキッチンにまで戻っていく。
そうしていると。
「あ、入るみたいよ。流星宙域」
「うん」
『空の鏡』の速度が緩んだ。時速は――二十キロくらいかな。
色の反転した宇宙に流星が降り注ぐと言う不思議な宙域に入った。
流星は黒ではなく、色鮮やか。
オーロラに似た現象と、そこから降り注ぐ流星の姿はとても神秘的で。
『星織紙』のライブとはまた違う魅力。
心の引き寄せられる魅力だ。
現実では決して見る事のない現象に心は奪われ、しばし魅入った。
今【覇】の録画機能で撮ってはいるけれどこの先それを見ても生の迫力は伝わらないかも。
だからしっかり心にとどめておこう。
と思っていたら、こつん、と流星が『空の鏡』に当たった。これが現実だったら車両が壊れていただろう。しかしここで破壊は行われずに、当たった流星は光の粉となって消えて。
「こっちにも来るわ」
「開けようか」
窓を、だ。
席の前にある窓を開けて手を伸ばす。うまくいけばオレかウェディンの手に――乗った。流星は、残念ながらオレではなくウェディンの手の上に乗っかって。
「と、とれたんだけど!」
ウェディン、思わずテンパる。
彼女の両手の上に乗っているのは小石のような流星。黄色で、虹色の光を放っていた。
しかしその流星は雪が溶けるように小さくなり、光の粉となって消えてしまった。
「どんな感じだった?」
「案外冷たかったわ。けれどイヤな冷たさではなかったわね。夏に氷に触れたって感じ」
「へえ」
もう一度こっちに落ちてこないかなあ、できればオレのところに。
なんて贅沢なお願いをしていたからかオレのもとへとはやって来ず。他の乗客もキャッチできたのは三人ほど。ウェディンを含めた四人は皆、羨望のまなざしを向けられていた。
流星は終わった。
『空の鏡』も流星宙域を抜けて、しばし走り続ける。
一号車では『星織紙』によるセカンドライブが始まっただろう。
「オレたちどうする? 他の車両で遊ぶ?」
「待って。まだ流星の余韻が残って――」
「よぉう。デートかいお二人さん」