第30話 行こうウェディン!
◇
「沈みそうね……でも沈まない」
夢の世界【夜色】の一つのエリアにて。
オレとウェディンはまさに天国にいた。
「雲、だからな」
その端から下を眺めてみると一面の海。大地はなく生命の息吹も植物の芽吹きも見られない。ただただ海面が、海水が広がるばかりだ。
落ちたら死にそうだな、夢で死んでも体がどうこうなる事はないと言う話だが本当だろうか。試す気はさらさらないんだけど。
「天上に築かれた王国。
小人妖精の住民。
風車。
虹の道。
地面は雲。
足元は不安定で一歩着くごとに十センチは沈む。
けど強く踏むと一メートルは跳ねる。
なにこれ面白い」
まるでトランポリンに乗っているかのように跳ね回るウェディン。実に楽し気だ。あ、バランス崩して頭から突っ込んだ。
「大丈夫かい、ウェディン」
足首を持って上げてみる。
おや、顔が笑っている。
「気持ちがポヤポヤしているからかしら。ミスも楽しい」
「あ、そうですか」
イギリス国民が見たらどう思うだろう? この逆さ状態のお姫さまを。
「降ろすよー」
「ゆっくりね」
「ん」
ゆっくり、降ろしたのだがそのままウェディンは雲に寝転んで。
「気持ち良いわ」
「まあね」
風は穏やかだし春の気候だし。なにもせず寝転んでいたら眠ってしまうだろう。夢の中で寝るとどうなるのか分からないが。
お? なにやら楽し気な音楽が聴こえてくる。
「パレードだ。行こうウェディン!」
「涙覇もドキワクしてるじゃない。私もだけど」
二人して駆け出して音楽のもとへ。パレードのもとへ。
一足飛びに虹を渡っていくと多くの人がもう集まっていてパレードが見える位置を確保するのに少々手間取った。
しかし。
「「おお」」
妖精たちのパレードを、音楽隊を見てオレたちは声をハモらせる。
なんと言う可愛さ。プリティーさ。
高い身長でも十センチ程度と言う妖精たちがミニサイズの楽器を持ち奏で、あるいは歌う姿がこうも愛らしいとは。
世の中には【夜色】中毒になってしまう人もいるのだが気持ち、分からないでもない。
「あ」
舞っている紙吹雪の一つが手に落ちた。
それは肌に触れるとなんと虹の種へと姿を変えて。これを雲に植えると別の雲に渡る虹の橋が完成する。あとで必ず植えよう。
「このパレード、『空の鏡』の専用発着駅まで続くみたいよ」
雲の王国のパンフレットを広げながらウェディン。
「そっか。んじゃ見ながら移動しよう」
時間は少しあるからパレードの流れよりもゆっくりと。同じ速度だと同じところしか見られないから。
途中で虹の種をまくのも忘れない。
踊り、笑い、口笛を吹き、そうこうしていると時間はあっと言う間に過ぎてしまい駅に着いてしまった。
青色がメインのガラスの駅だ。
『空の鏡』がやってくる今日だけなのかいつもなのか、星の装飾が多い。
天井の模様もオーナメントもライトも星だ。面白い。
おまけに床に足を着くと星型のエフェクトまで広がる仕様。
オレとウェディンはこの駅でパレードの終わりを見届けて、ちょっとだけ空いた時間を狙ってアイスを食べた。因みに夢の中でなにをどれくらい食べてもお腹は膨れない。味はあるし美味しい美味しくないも判断できるのだが、決して太らない。
そもそもお腹が空く事もないし。
色々な意味で夢を振りまく夢の世界である。
「あ、来たよウェディン」
ホームに流れるアナウンスを聞いてオレはゴミをゴミ箱へ。ウェディンも急ぎアイスを口に入れてゴミをゴミ箱に。
なにが来たかと言うと勿論『空の鏡』だ。
オレたち二人は乗客だが、駅には『空の鏡』を一目見ようと多くの人が駆けつけている。
そんな人たちに紛れてしまわないよう手を取り合い、人の流れを整理する駅員さんにチケットを見せて最前列へ。チケットを出した時人々から歓声と拍手が。それにちょっとオレたちは照れ笑い。
ホームドアの前に並んで立っていると、とうとう『空の鏡』が出現だ。
湧き上がる声。
歓迎を表す風船と光の乱舞。
そして、黒と金の車体。
期待を裏切らない豪華絢爛。
これにはオレは唾を呑み、豪華なものに慣れているはずのウェディンも見惚れていた。
そんなオレたちの前に停まる『空の鏡』、開くドア。
ドアの左右に男の人と女の人が立っていてまずはチケットを確認。それが済むとオレとウェディンを迎え入れてくれた。
どうやらこの駅から乗るのはオレたちだけらしい。
だけれど『空の鏡』は五分この駅に停車し、その間列車の上に現れた一人の少女が駅に集まってくれた人々へと向けて一曲披露していた。
『空の鏡』運営企業所属アーティストにしてバーチャルAIアーティスト『星織紙』だ。
彼女の姿と声と名と搭載AIは世界中からの公募によって決められた。世界のどこかにいる人物によるデザインだが、誰なのかは明かされていない。
膝まである艶めく髪の色は神さまが色を塗りすぎたかのような漆黒で星空のインナーカラー、右サイドはベリーショート・左サイドは大きく波打ち、その上にはオーロラの小さな王冠、雪に似た輝く白肌、暖かく柔らかく優しい金色・マジックアワーの瞳、マジシャンをイメージした白色ベースのロングスカートには繊細な五線譜の刺繍が施されていて、全身は金色の星砂を散りばめたかのような光に満たされている。
左目には虹色の流れ星の『覇紋』。
大きな金の星を左耳に飾りつけている彼女の年齢は十代の中頃。
バーチャルと言うのも手伝って幻想的に存在する世界唯一最高峰の歌い手である。
オレたちは彼女が歌っている間に毛の長い白の絨毯が敷かれた車内を移動し、自分たちの指定席を見つけて着席。
全座席が窓側を向いていて左隣がウェディンだ。
他にも乗客がいて、彼ら彼女らはライブ3D映像で『星織紙』の歌う姿を眺めていた。
オレたちも着席後に見始めたのだが、最初から観たかった……。録画で観るか。
「出るみたいよ、涙覇」
「ああ」
一曲歌い終えた『星織紙』が綺麗にお辞儀して、姿が消えた。
名残惜しそうな声がギャラリーからあがる。
さて、いよいよ夢紀行列車『空の鏡』、出発だ。と言ってもまずは他の駅にも寄って乗客を拾う必要があるのだけれど。
ゆっくりと、徐行から動き出す『空の鏡』。
駅に集っていた人々に送り出されて『空の鏡』は雲の王国から空を往く。雲から出た時も全く衝撃は来ず実に快適。
空を往く列車の車窓から見る海はとても不思議だ。飛行機から見る風景とはまた違う感覚。
時速五十キロ、八十キロと速度を増して――なんと宇宙へ。
雲の王国のあった星を出て違う星へ、次の夢のエリアへと向かうのだ。
それは剣と魔法の世界であり。
怪獣の世界であり。
花の世界であり。
昆虫の世界であり。
ゲームの世界であり。
着ぐるみの世界であり。
地下の世界であり。
動物の世界であり。
鏡の世界であり。
宝石の世界であり。
水の世界であり。
計二十余りのエリアを回って利用客さんを乗せて。
その間オレたちは着席モード。
停車中には『星織紙』のライブを眺める。
ああ、勿論録画されていた映像も全部観た。
「全席埋まった――かな」
表示されている乗客の着席具合を見て、オレ。
「みたいね。だから遂に」
『空の鏡』が本当の意味で発車する時がきた。