第29話 やだエッチ
【覇】の『門』には特別な機能がある。
体が眠りにつくタイミングで開ける特別な『門』で『瑞門』と呼ばれる機能だ。
それを潜るのは体ではなく意識。
【覇】ユーザーの『夢』と『夢』を繋いで作られた夢の世界【夜色】へと出かけられるのである。
夢紀行『空の鏡』とは現時点で最も豪華と言われる列車の名。【夜色】を渡って特別なエリアへ進んで往く特別な列車。
チケットは高額で、にもかかわらず倍率が高い。
それにオレとウェディンが招待された。興奮するのが当然なのだ。
「ただ、【夜色】にもコンピュータウィルスは出てくるんだよな」
「そうね。
まあ出てきたら出てきた時に対応する、で良いと思うわ。
まさか体良く私たちをガードマンとして使おうなんて考えていないだろうし。多分」
「ちゃんとしたガードマンも同乗するんだっけ」
「そうよ。誰がそうなのかは明かされないけれどね」
乗客を緊張させないよう乗客に紛れて行動する。それが『空の鏡』のガードマンだ。
因みに今日まで『空の鏡』は事件事故を起こしていない。
オレたちが乗る日に限って起こる可能性もあるが。
「日程は……世界標準時で八月に入ってすぐ。八月一日午前〇時。つまり二日後だ」
「どこで待ち合わせる?
現実? 夢かしら?」
「……現実の場合、体どうする?」
離れて寝るなら現実で待ち合わせる必要はないのだけれど。
「え、あ~。添い寝?」
「罰つき?」
「免除」
「じゃあ……現実?」
「やだエッチ」
「なんでだよ」
そもそも意識は夢の方に持っていかれるんだから。うん。
「私の方に……来る? 王宮じゃなくて私にあてがわれている小さなお城になるけれど」
お城持ってるのか……流石お姫さま。
「そう、だね。前はオレんちだったから……そっち行ってみたい」
「了解。じゃあ待ち合わせ日時、調整が済んだら知らせるわね」
「ん」
「じゃ、またね」
「また」
さて、半日が過ぎてウェディンから連絡があった。
世界標準時七月三十一日、午前。部屋にいるから好きな時間に来て。
との事だったのでもろもろの支度を整え、世界標準時午前九時。『門』起動。ウェディンのもとへと繋がるパーソナルアドレスを入力し、なんとなく深呼吸して『門』を――潜った。
「いらっしゃい」
出た瞬間に聞こえてきたのはオレを出迎えてくれるウェディンの声。『門』の真正面にいたもんだから危うくぶつかりそうになった。
あ、香水つけてる。いつもはつけないのに。じゃなかった。
「こんにちは、ウェディン」
「こんにちは、涙覇」
優しく微笑むウェディンは薄い水色のドレス姿で。けれど右耳には大きな金の星がついていて。
「時間はまだあるけれど、どうする?
もう【夜色】に行く? 散歩でもする? 敷地の外には行かないよう言われているから案内できるのは城内と庭内だけなのだけど」
「えっと」
どうしようかな? 【夜色】に行っている間は向こうから出ない限り起きない仕様になってはいるが寝すぎると体を動かしづらくなりそうだ。
だから。
「じゃ、散歩」
「うん」
敷地から出てはダメ、と言うのは理解できる。
ウェディンはお姫さま。オレと、と言うか男と二人でいるのをマスコミや熱心なファンに見つかっては事だからだ。
オレが騎士のクラスを賜った時に二人の関係も一緒に報じられていたが、だからと言って好き勝手して良いとはならないわけで。
ただ。庭を歩いている今、なんだ、手は繋がっていたりするのだが。
「良いのかい?」
「え?」
「いや、見られているけど」
残念ながら(?)二人きりではなく、使用人の人たちが結構な数いたり。
「大丈夫。
彼女たちは私がきちんと選んだ人たちだから信頼できるの。
涙覇を売ったりしないわ」
「そっか」
ウェディンが選んだ。ならオレも信頼しよう。
「こっちは小さいけれど迷路があるの。植物でできた迷路よ」
迷路。お城とは言え自分の別宅に。凄いな。
「ここは主にお茶するところね」
「この池には鯉がいるのよ」
「あそこの騎士甲冑は六百年も前のものなの」
「飾られている剣は装飾用の剣ね」
「景色、見事でしょ。このお城で一番高いのよここ」
などなど。
散歩の最中隅々まで説明してくれた。
だいぶ歩いたな。そして広いな。
太陽はもう南の空に。気づけば三時間が経っていた。
その間決して暇を感じる事もなく、むしろ楽しかった。
ウェディンの方も気持ちがふわふわし続けているようでずっと笑顔だった。
散歩が終わるとオレたちはウェディンの部屋に戻り、軽食をいただいた。
「じゃあウェディン、そろそろ【夜色】に」
「ええ、そうしましょうか」
食事の後たっぷり一時間休憩を取って、今。
「えっとぉ……こ、このベッドを使います」
「……はい」
綺麗に整えられたベッドだ。ホテルのように皴一つなく。あ、でも傷がいくつかあるな。きっとウェディンか歴代の城主がつけてしまった傷だろう。
触れてみるとマットは低反発。
そんなベッドに、オレたちは並んで寝転んで。
なんか恥ずかしいから手は繋がずに。
右側にウェディンの体温を感じる。
心臓が早鐘を打っている。
添い寝、慣れないな……。
「……行こうか、ウェディン」
「ん、うん。ええ」
いつまでも天井を眺めているわけにはいかないので、寝る事にした。
二人揃って目を瞑って――
「「『瑞門』――オープン」」
夢の世界へと旅立った。