第27話 お前はそう、好敵手だ
イレの前方が幾度か煌めく。
とそれを見た瞬間、オレの全身から血が噴き出した。
「ぐ!」
体に干渉されたのではない。
今のは刃だ。目に見えない刃が無数に放たれた。
「そんなもの!」
夜空色のエネルギーで全てを吹き飛ばし、それでも。
「なっ!」
なおも体が切り刻まれていく。
刃は飛ばしたはず!
「裂傷を貴様の体の内から生やした!」
見えない刃はおとりか!
オレは瞬時に夜空色の数式を生み出して自身の体に打ちつける。
一度干渉された体だ。何度でもしてくるだろう。だから体を構成する『世界式』を書き換える。
「そのような事もできるのか!」
「できるんだよ!」
ついでもう一つ数式を体に。今度は治癒力の強化だ。
「だが貴様の周囲にある世界式は解析済みだ!」
鉄杭が出現。
無論オレに向かって伸びてくる。
がオレは両手を使ってそれを砕く。
すると今度は鬼が現れた。
手に持つ金棒には棘が所狭しと並んでいて、これも当然オレに向かって振り下ろされる。
オレは空間に渦を作って金棒の威力を吸収、粉砕する。
鬼に向かって手を伸ばして巨鉈を顕現、縦に真っ二つにした。
消えていく鬼。の陰から無数の毒蛇。
オロチを扱っておいてなんだが蛇は苦手だ。
だからこちらに近寄らせる前に燃やして消す。動物愛護団体から苦情が来そうだが勘弁してほしい。
いやな重い音がした。
上を見やるとそこには巨岩。
夜空色の数式を一つ放って巨岩を粉みじんに。
続いてオレの胸元で空間が渦を巻いた。それはあっと言う間に巨大になり、ブラックホールとなってオレを包んだ。
即座に真逆のエネルギーを放って無力化。
「……化け物かよ、貴様」
「それ、オレとやりあえてるお前も化け物って事になるけど?」
「我はハナから人ではないのでな。
人から見れば『進化竜』など化け物だろう」
「そうかもだし、そうじゃないかもだ。
人による」
難しい話だこれは。
「貴様にとってはなんだ?」
「……『好敵手』。他はともかくお前はそう、好敵手だ」
「……そうか、悪くない」
表情の読みにくい顔をしているが、なんとなく笑った気がしたのは気のせいではないと思いたい。
「では好敵手たる貴様に我も応えよう!」
印が結ばれる。
イレのアイテムが解けて彼の口から体内に。
そして――イレの体が変化した。より硬質に、より精練に、より力強く。
自身の体を改竄した!
「ゆくぞ!」
「ああ!」
接敵。
オレが刀剣をもって攻防し、イレは爪をもって攻防する。
速い、鋭い。お互いに。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――オォ!」
オレが吠えれば、
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――くぉ!」
イレも吠える。
体に傷がつけば治り、傷をつければ治され。
きっと気分はハイになっていた。
最早切り傷の事など気にならず、痛みも感じず、ただ切り合いこそが愉悦だった。
オレたちの周りでは二つの強大なエネルギーにあてられた空気が渦を巻き、いくつもの竜巻ができている。
とその時獣の鳴き声がした。
オロチが龍を噛み砕いたのだ。
龍が消え、役目を終えたオロチもまた消えていく。
さあ後は。オレが勝つだけだ。
刀剣が爪の間に入った。捻ると爪が砕けて。
けれどもすぐに再生する。
オレは砕け散った爪の中から大きなものを選別しこれを蹴って飛ばしイレの胸の中心にめり込ませ、もう一つ掌底を当てて更にめり込ませる。
苦悶するイレ。
オレは手が傷つくのも構わずにめり込ませた爪を握り勢い良く下に降ろす。裂けるイレの胸から腹。
刀剣に夜空色の数式を。まるで薪をくべた焚火のように夜空色に燃え盛る刀剣。
これをもってイレの首を――斬った。
イレの表情は驚愕に染まり、やがて落ち着き、
「ああ……短く素晴らしき生であった」
こう言うと光の爆散を起こして消えて散った。
最後の表情は笑っているように見えた。
この日へとへとになって帰宅し、殺人を思い出して洗面所で一度吐いたオレだったがまずウェディンに連絡を取り『進化竜』による襲撃が世界の各所で起こっていた事を知る。前と同じだが今回は少しずさんさも感じた。重鎮を狙う作戦ではなくひと通り暴れさせたと言う感じだったから。
それでも事態が事態。
慌てて点けたテレビでは『フリーブルーアワー』と『ブラック・セイブル』のトップが並んで録画登場していて、AIを支持する全ての人間を殺すまで行動は止まらない。ロッケン=オーヴァーも自分たちが殺すとこれからの犯行について強い言葉を放っていた。
一度壊れたものを直すには時間がかかる。
建物も、人間関係も。
はたして彼らと手を取りあえる日が来るのかどうか……。
彼らを迎えいれるだけの心と許しあえるだけの心があるのかどうか……。
ロッケン=オーヴァーによる被害者と『フリーブルーアワー』&『ブラック・セイブル』による被害者は週一で合同葬儀が行われる。
これからずっとそうなのだろうが、終わる日を少しでも早めたい。
そう言えばオーバーレイ・フィフスについて語られていなかった。
AIの立場を人と同列にする機構だから秘匿の道を選んだようだ。
問題は山積している。
辟易しないでもないが、進むのだ。
オレたちには進む為の足と力があるのだから。