第22話 我の名を伝えていなかったな
犬に言葉が通じるとは思わない。
けれどオレは叫んでいた。
『進化竜』へと向かう秋田犬の首には赤い首輪がある。
きっと飼い主を殺されたのだ。
だから怒り、吠え、牙を突き立てようとしている。
そんな犬をこの『進化竜』が放っておくはずがない。
薄い緑の『進化竜』の顔は動かない。表情も角度も。
ただ犬に向けて左手を伸ばしその左目に薄い緑色の風を――『覇紋』を燈し、同時にオレは『進化竜』へと向かって光の星・巡を降らせる。
だが。
骨の折れる音。
犬の首が飛んだ。
加えて光の星・巡を弾く音。
まるでバリアでも張っているかのように巡は『進化竜』に届かずに。
そんな『進化竜』の左手に収まる犬の頭部。
「これで良いか」
犬の首を持ったままの左手が上にあげられる。
『進化竜』の顔も天を仰ぐように横になり、開かれた口に犬の首から落ちる血が入り込み――ごくん、呑み込んだ。
「なにを……!」
「我々は単独でジョーカーを起動できるが、それ以上には贄がいるんだ。
ウォーリアネーム【滴りし火、潤いの水】」
「――同化!」
オーバーレイ・フォースだ。
薄い緑の光が突風となる。
『進化竜』の全身に硬質の銀鎧が施されて背には薄い緑の嵐の『凛凛翼』。
それを見てオレも、
「ウォーリアネーム【星の囀り】!」
同化する。
手に光の星・巡を集めた刀剣を握り――『進化竜』が消えた。
消えたとオレの頭が認識した瞬間、刀剣を握る手になにかが触れた。
いやなにかなどと言う必要もあるまい。
『進化竜』の左手がオレの手に触れたのだ。
速い!
「考えれば、我の名を伝えていなかったな」
右手を手刀に、『進化竜』。
「イレと言う」
手刀がオレの心臓めがけて撃たれて、オレとイレ、二人の間を巨大な矢が上から貫いた。
とっさに身を引くイレ。
一方でオレは矢を――矢座の力で放った巨大な矢を掴んでイレへと撃つ。
轟音。
イレの全身を包む形で現れた金の武装から放たれた砲撃が矢を砕く。
「!」
砕かれた矢のすぐ後ろから現れたのはオレ。
矢を撃って直後に駆け出したのだ。刀剣を刺突に構えて。
届く!
と思った。
事実イレの首を狙った刀剣の切っ先はその皮膚に触れて、刀剣が砕かれた。
なんだ? なにをされた?
イレのアイテムである武装からの砲撃はなかった。
奴の動きだって間に合ってはいなかったはずだ。
となるとコンピュータウィルスとしての力か?
それともジョーカー?
「貴様の思考を読み応えてやるよ。
我らのコンピュータウィルスの力はジョーカーとして機能する。
ゆえに単独でジョーカーの起動が可能なんだ」
この場面でこの話が入ると言う事は今のはそれか。先ほど巡を防いだのも。
「説明どうも!」
イレの体を鎖が拘束する。
アンドロメダ座の鎖だ。
続いてオレは。
水を生み出してイレを閉じ込める。
海豚座の海水。
こいつの攻撃がなんであれこれで呼吸はできまい。
……呼吸、してるよな?
が、そんな疑問などどうでも良いとでも言うかのように鎖が解けて海水が渦を巻いてイレを解放した。
オレがやったのではない。当然だ。
つまりはこれがイレの能力。
物体の操作、か?
「ハイハイルだ」
鎖と海水がオレに向かってくる。だからオレは二つを消して、引かずにイレに向かって飛翔した。
イレが家の瓦礫からいくつもの鉄骨を抜き取り削り斧にするのが見えたからだ。
斧が振るわれる。そいつの刃に向けてオレは右足で蹴打を撃ち、これを破壊。
ついで左足でイレの胴体を横から蹴る。
イレの骨が軋む音。
牡牛座の力を両足に纏わせての蹴打だ。斧を砕くほどの蹴打だ。
てっきり吹き飛ばせるかと思ったがイレは足に力をこめて大地に留まり――いや、きっと空気を集めて姿勢をサポートしている。少しだけイレの背後が歪んで見えたから。
だが骨にヒビくらいはいれられただろう。
このまま畳みかける。
「オ――――――――――――――――――――――――――――――――――――ァ!」
牡牛座の力を纏ったままの右足でイレの左足を踏みつけ固定。
そこに大熊座の力を纏わせた両の手で殴打・殴打・殴打。
「これで!」
ぐらつくイレ。
イレに向けてオレは狼座の力を起動。
狼の牙の衝撃を撃った。
イレの体から彼にとっての血、光の粒子が溢れ出る。
オレは一時イレと距離をとった。後ろに跳躍したのだ。
倒れ込むイレ。
致命傷のはずだ。通常のコンピュータウィルスなら間違いなく消えるほどの。
そしてこいつは強力とは言え通常のコンピュータウィルス。
これで消え――
「っ!」
微妙に漂う危機の予感にオレは体を捻った。
だが間に合わずに背後から腹を貫かれて。
「……ぐ」
オレを貫いた空気が霧散する。
出血。
即座に【覇】で治癒に入ったが……失った血は戻らない。少しばかり動きに影響が出るかも。傷が治るにも時間がいるし。
それよりも。
「……イレ」
が、体を起こしていた。
全身の傷を塞いだ状態で。