第21話 貴様を殺しにやって来た
ゼロを撃破して翌朝、一つのニュースが世界を駆け巡った。
『この二つの組織はただただ害にしかならず――』
と流れるアナウンサーの言葉をオレはテレビで聞いた。
アナウンサー、絶対自分の感情込めて言ってる。いや良いんだけどね?
ではなにが害にしかならないと言っているのか。
『フリーブルーアワー』と『ブラック・セイブル』が手を組んだと言うのだ。
それなんだよ分かんねぇよ? とお思いだろう。ちゃんと説明します。
『フリーブルーアワー』これは二十一世紀初頭から『AIの危険性』を説いてきた人たちの組織。
曰く、AIの開発を続ければ人の尊厳が淘汰される日は遠くないだろう。
曰く、AIの開発を続ければ人の仕事はなくなり怠惰になるだろう。
曰く、AIの開発を続ければAIがAIを作るようになり人の欲求は犯罪へと向くだろう。
要するに『人の優位性』を守っていかなければ人・ダメになるよ? と彼らは常に言い続け、AIの開発を官民あげて妨害し続けたのだ。のだって言うか今もだが。
彼らの動きに同調する組織や国も多い。
だけれど【覇】の登場によって彼らの活動は一時縮小される。
人体を拡張する――ジャンクDNAをサブCPU化する事で人の頭脳すら拡張する【覇】。
この【覇】の拡張範囲はそれぞれの機能に対し『使いこなそうと努力すればした分だけ拡大される』。例えば勉強すればするほどに頭は良くなり、AIの計算速度に負けない、勝ち続けられる頭脳を得られるわけだ。
こうした理由で『フリーブルーアワー』の心配は杞憂だと言う空気が広がった。広がって彼らは追い込まれていった。
が、実は最近息を吹き返してもいた。
パペットシステムの登場によって。
彼らが言うには『サポートAIたるパペットなしで生活できなくなれば人の成長はそこで終わる』。
これはまあ、ある程度当たってもいる。実際にパペットに世話してもらっている人もいるから。
が、それはいけない事だろうか。
例えば医療。
いくら再生医療が当たり前になっている世の中とは言え、それにも限度がある。そこにパペットが入り込んで生活のサポートをしてくれる。とても良い事だ。褒めてあげたい。
しかし彼らに言わせれば『そら見ろパペットなしで生活できなくなっているじゃないか』となるわけで。
別にそこで医療の進化が止まっているわけではないし人は日々努力しているんだけど。
心配するなとは言えないが心配しすぎも困ったものである。
彼らにオーバーレイ・フィフスの存在がバレたらまた大事になるだろうなあ。
そしてもう一つの組織『ブラック・セイブル』。
彼らはコンピュータ犯罪集団だ。
自分たちの利益の為に人の情報を抜き出し、ホームページを乗っ取り改竄し、金融にまで入り込み混乱を招いてきた。
コンピュータウィルスだって彼らは平然とまき散らす。
もちろん医療機関にだって。
人の命すら自分の金欲に変えている。
それゆえに幾度も警察組織に奇襲を仕掛けられて壊滅しているのだが、しばらく時間が経つと必ず復活する。
どこかの悪意ある誰かが名だけを継いで活動し続けているからだ。
人の悪意、留まる事を知らず。
正義面するつもりはないが少しは迷惑を被る人たちを考えてほしいものだ。
で今回『フリーブルーアワー』と『ブラック・セイブル』が結びついたらしく。
ニュースを聞くに『フリーブルーアワー』は軍事AIコンピュータウィルス・ロッケン=オーヴァーを生成した国を責めに責めた。
本当かどうか知らないが「自分たちはこれを危惧していたんだ!」とかなんとか。
まあ軍事AIについては様々な人たちが懸念を示していたからあながち嘘でもないだろう。
しかし、構っている暇はねえ! とばかりに世界のお偉方は彼らに対しほぼ無視を決め込んだ。
だから彼らの矛先は世界に向き、これの破壊を目的に『ブラック・セイブル』に多額の資金を流した。
【治す世界】を利用し、コンピュータウィルスを大量に世に放ち現行の世界の仕組みを破壊しろ、と要求したとか。
そして『ブラック・セイブル』はこれを承諾した。
ロッケン=オーヴァー作『三極』には劣るものの強力なコンピュータウィルスをこぞって作り始めた。
コンピュータウィルスのプログラムの中に的確な命令を書き込んだ上で世に放ってしまったのだ。
命令・自分たち以外の人間を殺せ、と。
「そうか……これが」
そいつを前にして、オレは一つ唾を呑む。
【羽衣】はすでにバトルコスチュームだ。
「『進化竜』」
『ブラック・セイブル』の犯行声明を借りると「『進化竜』は恐竜が絶滅しなかったらをテーマに作り上げた」らしい。
成程。確かに恐竜の面影がある。
尻尾あるし、肌は硬質だし、爪は異様に長いし。
ただ、美しくもあった。
瞳孔を含め全身はうっすらと緑色だが肌を守るように金の突起物(骨か?)が生えていて、二脚で人のように立つ姿は肌と同色のバトルオーラを纏っていながらどこか優雅なのだ。
だが……異様な殺気はゼロに匹敵する。
「一応聞くけど、あんたオレをどうしようって言うんだ?」
殺気放っている時点で殺す気満々だろうけど、とりあえず確認。
「そうだな、我は貴様を殺しにやって来た」
声は、人よりも反響音が少しある。前から放たれた言葉だが右からも左からも聞こえるようだ。
質は男か女か分からないな。低音でも高音でもない耳心地の良い声だ。
「オレを殺しに来て、どうしてこんなに犠牲者を出した?」
今オレがいるのは路上だ。早朝のランニングに出かけていたから。努力、欠かさない、偉い。
朝六時三十分だから人通りは少ないのだけれど……。
「家々を壊してまで、なぜ殺した?」
人の通りは少なくとも家の中には当然人がいる。
寝ている人。
朝食をいただいている人。
家族の世話をしている人。
朝風呂に入っている人。
のんびり過ごしている人。
それぞれが思い思いの形で日常を過ごしていたはずだ。
「それをお前は!」
オレの怒りに呼応して二頭の狛犬、白き夫婦獣、星伽が出現する。
「分からねえな」
しかし『進化竜』は小首を傾げて。
「貴様を殺しに来たんだ。
バトルになるだろう。
ならば広い場所が必要だ。
貴様を誘い込むか?
否、面倒だ。
ならばこちらで用意する。
それだけだったのだが?」
バトルのフィールドが必要だったから、家々を潰して戦闘範囲を広げたと、たったそれだけか。それだけで人まで殺したか。
「なにを怒るんだよ。
我に与えられている命令はXRゲーム上位クラスを殺す事。
目的達成の為に努力するなど人とて行っているだろうが」
これを努力と……言うのか。
と、その時だ。
ワンワンと犬が吠えたのは。
吠えて、『進化竜』へと向かっていったのは。
「よせ!」