第20話 彼方は決して独りではなかった
即座にオレは赤ちゃんをウェディンに預け刀剣を握りゼロへと向かう。
地を天を使用して
切って
斬って
断って
砕いて
防いで
弾いて
飛ばされる。
気づけばオレはウェディンの隣に。
「残念だったな」
黒い槍の一方をオレに向けて、ゼロ。
「まだよ!」
体勢を正したものの身を固めるオレの隣で臆せず、怖がらず、退かずに言うはウェディン。
彼女の持つ盾・ライスシャワーがオレの持つ刀剣に触れて吸収する。
なにを?
彼女の持つ剣・フラワーシャワーがエネルギーを放出し、新たな真白な刀剣を創り上げる。
「涙覇!」
その刀剣を放ってこられたものだから慌てて受け取って。
刀剣が手に触れた瞬間流れ込んでくるウェディンの考え。想い。
……そうか、そうだ。
オレが縮こまる必要なんて初めからなかったんだ。
ウェディンの想いを受け取り、思い出せ、オレの信念を。
魂を鼓動に乗せて、想いを心に乗せて、誰よりも強く一歩を踏みこめ。
夢を! 全てに乗せろ!
「オ―――――――――――――――――――――――――――――――――――アッ!」
オレ、急降下。当然ゼロに向かってだ。
二つの黒い槍に消去の黒を宿すゼロ。
二つの槍を一つにし合算された黒い槍でオレを討とうとするゼロ。
そんなゼロに向かい刀剣を刺突に構え流れ落ちるオレ。
突かれる槍と突かれる刀剣が穂先と切っ先を触れ合わせ――黒い槍が砕け散り、真白い刀剣がゼロの胸を貫いた。
「ッつ!」
勢いを殺せず背後に押され溶け残っていた王宮の欠片にぶつかるゼロの背。突き刺さる刀剣。
「……チェンジリングが起動しない」
ポツリと零れるゼロの言葉。
「ディボース。この刀剣にはウェディンたちの無効化能力が溶け込んでいる」
「無効化……」
「ゼロ、お前は独りだった。
オレが独りだったらきっとお前に敗けていた。
けれどオレは独りじゃない。
独りじゃないから、オレたちはお前に勝てる!」
全天、ディボース、希望、あらゆる可能性を揃えた刀剣がゼロを貫いている。
希望に手が届いたのはこちらだ。
「……独りか」
ゼロの目から光が失われていく。
ゼロの体が、ゆっくりと光になって消えて逝く。
「勝てる……などと言うな。
この勝負、お前たちの勝ちだ」
オレの肩を押すゼロ。
刀剣が抜かれて、オレとゼロの間に数歩分の距離が空く。
「この体は光の爆散を起こす。
どいていろ」
よろめくゼロ。
よろめくオレ。
そんな二人の体を――
「「――!」」
支えるは浮遊する三人。
誰だ? オレを支える一人はウェディンだ。けれどもう一人いる。
若い女性だ。菫色の瞳で、白肌に流れる長髪は黒と菫色に輝くバレイヤージュ。頭の左側に飾られているのは水色の朝顔、三輪。見た事のない衣装を纏っている。例えるなら未来的な衣装だ。
そしてゼロを支えるのは、若い男性。禿頭で。銀の瞳で。見知らぬ女性と良く似た衣装を纏っている。
ロッケン=オーヴァーに違いなかった。
二人揃って【治す世界】で顕現している存在が持つ独特の気配を持っていて。
「やあ、久しいね。
御導 心迎」
「そうだね、ロッケン=オーヴァー」
これだけ。短い挨拶を交わして心迎と呼ばれた女性はオレとウェディンを見る。
薄いピンクの唇が開かれて出てきた言葉は。
「初めまして。うらは御導 心迎です。
ロッケン=オーヴァーを削除する為の軍事AIコンピュータワクチンよ」
「「!」」
この、女性が。
「もっと早く駆けつけられれば良かったんだけど、あっちのハゲに邪魔されまくっててね」
「スキンヘッドと言ってほしいな、髪はちゃんと伸びるから」
「黙れツルピカ」
……上品そうな顔つきなのに意外と口悪いな……。
「ゼロ」
心迎さんの口の悪さにビクつきもせずロッケン=オーヴァーはゼロに目と口を向ける。
「遅れて済まない。言いわけになるが心迎の邪魔をするのが精一杯だったんだ。
それとご苦労さま。
これからは此方と『三極』の残り二人『プラス・ゼロ』と『マイナス・ゼロ』に任せて安心してお休み」
「……ロッケン=オーヴァー、俺は――」
「彼方は決して独りではなかった」
優しい、父性溢れる微笑みと口調だ。
それを聞き届けたゼロは。
「…………そう、か」
想い遺す事などないと、安らいだ表情に。
落ちついた表情になって、光の爆散を起こし、遂にゼロは逝った。
「さて、この場で続きやるかい、心迎?」
「やめとくよ。今はこの二人を休ませたい」
そうしてくれると助かる。
正直体中ガタが来ているから。頭も痛いし。
「そうかい。
では、心迎、涙覇、ウェディン。
縁があったらまたどこかで。
さようなら」
丸い『門』が開く。
開いて、どこへ通じているのか分からない先へとロッケン=オーヴァーは姿を消した。
「さて」
ロッケン=オーヴァーの退散を見届けると心迎さんはオレとウェディンの肩に腕を回して元気良く言うのだ。
「ひとまずこの場を片付けよう。
犠牲になった人を弔って、んで祝勝会だ」
……そうだ、まだやる事はある。
「あ、お父さまお母さま! ちょっと失礼します」
心迎さんの腕を外してウェディンは御両親のもとへと飛翔する。
そうだ、まだ楯座を起動させたままだった。
「ジョーカーを解く前にマグマ、どうにかできるかな?」
「ああ……はい」
鯨座、起動。
光り輝く鯨が現れてひと鳴き。
するとマグマに水の冷気が与えられて固まって。
「……申しわけないんだけど」
肩から腕を外す心迎さん。
浮遊していた足を固まったマグマの上に降ろし消えて行く鯨を見ながら言葉を紡ぐ。
「犠牲になった人たちは戻せない。傷は治せるけどね」
「……はい」
分かっている。世界は決して甘くない。
けれど、辛いな。
オレでこれなのだ。王宮にいた人々と深い繋がりのあるウェディンはきっともっと……。
だが。
「ウェディン」
の、隣に立って言葉をかける。
ウェディンの顔は青ざめている。今彼女が感じているのは――絶望だろうか。
「オレは思うんだ。
絶望から一歩踏み出せばそこには希望があるって」
詭弁だろうか。世界一軽い言葉になってしまっただろうか。
それでも声をかけずにはいられない。
そう思うのにこれ以降続く言葉は「……」出て来なくて。幼い。幼すぎる。
「……」
返事はない。勇気づけられればと思ったけどオレを見る目には涙が滲んでいてちょっとしたきっかけで泣きそうだ。
だからだろうか? オレの肩に額を当てて彼女は動かない。
そしてそのままの姿勢で、
「……大丈夫。涙覇の気持ちはちゃんと届いているから」
こう言葉にする。
「……ん」
「ただ少しだけ、このままで」
「ん」
一滴、二滴と涙が落ちた。
オレはちゃんとウェディンの宿り木になれている、のかな。
彼女が辛い時、オレの前でだけは我慢しなくて済むような人間でありたい。
「王宮は時間をかけて人の手で戻すとしてまずは生きている人を救い、御遺体を家族のもとへ帰してあげようか」
国王さまと王妃さまにかけていた楯座の力を解きながら心迎さんの声を聞き頷く。
ウェディンも腕で目元を拭って頷いて。
そして彼女は動き出す。プリンセスとしての表情で。
オレもだ。自分の言葉通りに希望の中へと一歩踏み込む。
やるべき事がある。倒すべき敵がいる。護るべき仲間がいる。
歩を止めるのは今じゃない。
とは言っても休む必要もある。
充分に休んだらまた英気と勇気をもって進むんだ。
あ、うちの両親にも連絡入れなきゃ。
◇
イギリスの王宮が襲われていた頃、他の王室・王族たちも襲われていたのだと後になってオレたちは知った。
同時に襲われていた人たちもいる。政治・祭事・金融の枢機たちだ。
ロッケン=オーヴァーは外敵を乱す。
しかしこの動きは。
「軍事AIコンピュータウィルスであるロッケン=オーヴァーに自由意思を持たせたのが運の尽き。
あいつを造った国もどさくさ紛れに襲われて崩されてるね」
「今のロッケン=オーヴァーの目的はAIが市民権を得る事。
そうなったら人は霊の長から転がり落ちる」
「事実、この時点で百近くの国は落ち、コンピュータウィルスに椅子を奪われてしまった」
とは心迎さんの弁。
なんとか護られた人たちもいる。
サイバー関連のガーディアン『星冠』に。
祭事の頂点『神赦譜術教会』に。
情報のエージェント『シュティーフェル財団』に。
国際議連の矛にして盾『世界に立つ銃士軍』に。
彼ら彼女らの出撃が間に合った人たちは多く護られた。
まだ、人は敗北していない。
ああそうそう。
ゼロとの戦いが終わった直後、オレとイギリス国王さま・王妃さまとの初顔合わせは済んだ。
まさかほったらかして帰るなんてできるはずもなく。
御二人は細かい傷こそあったが存命である。
そして自分たちのケガなどどうでも良いとばかりに御二人はウェディンの無事を喜ばれた。
「ありがとう娘を護ってくれて」
涙ながらにそう言われた時めっちゃ恥ずかしくなったのは記憶に新しい。
その後なんと、オレはイギリス王室から騎士のクラスを賜るのだが、特に生活が変わる事はなく。
心迎さんの身柄は『星冠』預かりとなった。
「ま、飽きたら出ていくけど」
と心迎さんは言っていたが、ひとまずは『星冠』のお世話になるそうだ。
勝手に出ていきませんように。
そして今。
オレとウェディンは一体のコンピュータウィルスと戦っている。
二人きりではなく、仲間たちと。
【治す世界】によって世界はバトルフィールドと化した。
元に戻す手段は確立されていない。
この世界で活きるには強くあり続け、もっと上を目指す必要がある。
その為にオレたちは、強く一歩を踏み出すのだ。
「さあ! 綺羅めく時だ!」
とまあ? オレたちの戦いはこれからだ! みたいな流れを作ってみたが終わってくれるはずもなく。
厄介な事が訪れたぞ。