第17話 俺が怖いようだ。子供――涙覇
「なんだ?」
「涙覇!」
太陽光が遮られるドームの中、剣と盾を持ったウェディンが背を当ててくる。預けてくる。
オレはすぐにアイテムの光の星・巡を天上に輝かせた。光量は確保。視界もクリア。
しかしこのドームはオレたちを暗闇に落とすのだけが目的ではないだろう。それが目的なら目に黒い水を当てれば良いはずだから。
用心しつつ天使に目を向ける。
この能力を使ったのはどの天使だ? この――ジョーカーを。
「涙覇、気づいてる?」
「ああ、体が少し重くなった」
つまりこのドームは。
ゆっくり王宮が崩れていく。
オレとウェディンも耐えられずに膝を着く。
このドームは、重力を操作するものだ。
一息に重力が増加する。王宮が崩れ、オレたちは落下する。背にある『凛凛翼』を全開で起動しているけれどそれでも落ちる。
ただ、見える角度が変わった事で気づけた。一体だけ他の天使より強く輝いている個体があるのに。
「お前だ!」
ジョーカー、矢座・起動。
手にした矢に希望を乗せてぶん投げる。
しかし。
植物の蔓が矢を絡めとって止めようとする。別の天使のジョーカーだ。
「ムダ!」
矢は蔓を破り重力を操る天使に命中。貫いた。
天使、光の爆散。一人捕えられていた人が自由になり落下していく。慌ててオレは光の星を網にしてその人を受け止めゆっくりと地上に降ろした。
黒い水のドームが消えていく。
重力は元に戻りオレたちは自由を取り戻したが王宮は崩れてしまった。
「大丈夫。建物はまた造れば良いから」
オレが申しわけなさそうな表情をしていたのかフォローを入れてくれるウェディン。
彼女は御両親が無事なのを確認しつつ再び浮遊するオレと背を合わせた。
オレもウェディンも剣を構える。
構え、深く息を吸い――互いに天使に向かっていく。
ところが。
「「――!」」
圧倒。強烈な圧に動きを止められる。
この鋭利な気配は!
「驚きはした」
下!
声のする下に、大地に目を向けるオレとウェディン。場所は国王さまと王妃さまを降ろした地点。
「あの時、確かに殺したと思った」
真っ白の衣装に、真っ黒の髪。
真っ白の肌に、真っ黒の虹彩と瞳孔。
黄金の、冠に似た角。
腰には真っ黒な長大な槍。
「俺のミスだ。拭っておこう」
いったいいつ姿を現していた?
「ゼロ!」
こんな場面でよりにもよってこいつか。
以前の戦いがフラッシュバックする。追い返せはしたがほぼ敗北と言うべき戦いが。
ごくり。唾を呑む。
汗を拭う。
震える右手を左手で押さえつける。
想像以上に恐怖を植え付けられている。
これは……まずい。
と、思っていたら。
「ウェディン」
に手を握られた。いや両手で包み込まれたと言った方が良いかな。
「大丈夫。前までの私たちとは違うでしょ」
「……ん」
ウェディンだって今焦っているはずだ。だってゼロの傍に御両親がいる。いつ手をかけられるか分からない状況なのだから。
それでもオレを気遣ってくれている。
オレはそれに応えなくては。
「俺が怖いようだ。子供――涙覇」
「……怖いよ」
けど。
「それを乗り越えてお前を倒す!」
「そうか」
ゼロは動かない。
オレは動く。
ゼロに向かっていく。
まずはゼロを国王さまたちから遠くへ離さなければ。
ゼロの胸へと刺突を――と見せかけて急停止。急上昇する。
「俺を誘うか。この二人が大切なようだ」
オレを見ていたゼロがちらりと国王さまたちを見た。
しかしその御二人はゼロがオレを見ていた隙にウェディンがさらっていて。
「良いのか? 涙覇は俺がやる。しかし女、お前の相手は天使共だぞ」
「!」
天使に囲まれるウェディン。御両親を地面に置いて臨戦態勢を取るが……。
「数が……」
多い。一対一ならば勝機はあるだろうけれど多勢に無勢では不利だ。
だから、早くゼロを倒して加勢に向かわなくては。
「涙覇。俺の後を考えるな。
そんな余裕はお前にはない」
「……自信満々だ」
「当然だろう。お前はあの二人を遠ざけ、戦いやすくなったと思っているのだろうが間違っている」
「? どう言う――」
ゼロはそれに行動で応じた。
自分が同化すべき人間をどこからともかく呼び寄せたのだ。
「ゼロ……!」
召喚された人を見てオレは憤る。
冗談だろ……。
だってあれは、赤ちゃんじゃないか!
「どこから! 誰からさらった!」
「どこも誰も教える義理も義務もない」
そりゃそうだけど。
「そしてそれを涙覇が知って状況が好転する事もない」
「返せ!」
「断る。すでに遅くもある」
ゼロに――と言うより赤ちゃんに向かっていき手を伸ばすオレ。
「ウォーリアネーム【夜に咲く】」
しかしゼロは赤ちゃんを光で包み、自らの胸に吸収する。
オーバーレイ・フォース、同化だ。
黒い光が吹き荒れる。
ゼロの髪色が、頭皮が透けて見えるほどに透明になって。
虹彩が白になって。
角は透明、中に水と砂状の黄金が。
背には透明な弾ける光の翼『凛凛翼』。
衣装がより精練されて、同化が完了した。
急停止するオレ。
取り込んだ人間を半ば見せている天使と違い赤ちゃんの姿が全く見えない。完全に吸収されている。
けれど存在しているのだ赤ちゃんは。
ゼロを傷つければ赤ちゃんが傷つく。
まず希望を使用して赤ちゃんとの同化を解く。ゼロと戦うのはその後だ。
手を、指を伸ばす。希望に向かって伸ばして――触れる。
ゼロから希望を奪って赤ちゃんに与える。
与えてこちらに引っ張る。
が。
「――え」
変化が……ない?
「わずかな希望は確かに涙覇の手に届いただろう。
だが世界が見ている」
「……なんだって?」
世界?
「俺はAIコンピュータウィルス。人間を取り込み、支配するAIコンピュータウィルス。
お前は人間。AIパペットを取り込み、支配する人間。
世界は試している。
長たるはAIか人間かを。
そして希望は常に世界と共にある。
涙覇がわずかな希望を手にしようと世界が手にする希望の量はそれを遥か上回る」
「だから、希望がお前に効かない?」
「いや。世界の見極めが済めば効くだろう。
だから俺も備えさせてもらおう」
「……なに?」
「【覇】――エスペラント」
――なっ⁉
透明な光が燃え広がる。まるで極小の太陽。
太陽の形が変わる。
ゼロの手首、足首、胴体、頭頂部に透明色の円環が纏われて。
オーバーレイ・フィフス、完成だ。
なんて事……なんて事だ。
「世界の見極めがいつ終わるかは俺にも分からない。
少しでも俺と涙覇の均衡が崩れれば終わりか、完全な決着をもって終わりか。
いずれにしても先に希望に手が届いた側、希望を奪えた側が勝者だ」
オーバーレイ・フィフスは絶対的な力。
それゆえにコンピュータウィルスに絶大な効果を発揮すると思われた。
対ゼロにとって奥の手となるはずだった。
なのに……これか。
けど。
呼吸を一つ。
まだだ。まだ敗けていない。
「……向かって来ないか」
「え?」
「人の子供の通常を考えるなら自棄になって向かってくると思ったが。
そうか、涙覇はただの子供とは違うようだ。
素晴らしい事だ」
……変わっているつもりは、まあ少しだけあるけれど。
「なぜだ? 教育の差か? なんらかの経験の差か?」
「……全部だよ」
「全て」
「オレは親に、教育に恵まれ、交友に恵まれている。
分かっているよ、普通の子供より良い環境にいるって」
「だがお前はそれに驕っていない。
驕っているならばお前のパペットは歪なものになっていただろう。
驕らず努力し続けたのだろう。
そうか、それゆえの成長の差か」
成長、成長か。
これを成長と言うなら環境のおかげ、だけではない。
決定的な『一打』があるとすれば――
「綺羅だな」
「綺羅。ジョーカーか。星の寓話」
「ゼロ、お前は世界の可能性を信じるか?」
「無論だ。世界はあらゆる可能性に満ちている」
「だな」
オーバーレイ・セカンド、ジョーカー・綺羅、起動。
世界は可能性に満ちている。
だからオレは人の可能性も信じている。
今、人の世界は戦争で溢れている。この時代になっても人は一つになれていない。悲しいけれど。
でも。それでも希望はあるのだ。
いつの日か手を取りあえる可能性は途絶えていない。絶対にだ。
「オレの綺羅は世界に倣っている。
世界はあらゆる可能性を持ち、未来を託す宇宙と星々を産み落とした。
だからオレもそうした」
閃光。オレの体から溢れる、あらゆる色を内包する夜空色の炎、エネルギー。あらゆる可能性を持つエネルギー。
「綺羅は星の寓話の顕現能力じゃない」
夜空色の炎が弾ける。
頭には目と同じ色の炎――紫炎の角一本。
腰には十手を巨大にしたかの如き白と金の直刀の鞘。
体は全て白い光に変わって。
「綺羅――『星霊体』。
オレの体、オレの魂、オレの全てを【ゼロポイントフィールド】へと置換する能力だ」