第16話 おはよう
オレはすぐに後ろを向いた。『門』――が、閉じている。新たに開けもしないしならばとメッセージ機能を起動するが外部への連絡は封じられていた。テレパシーも通じない。父さんたちに助力が求められない。
来る者は拒まないが助けを呼ぶのと去る事は赦さないと。
「……なん」
「ウェディン! 御両親は⁉」
「あ」
戦う王宮の人たちをスルーするのは痛むものがあるがまずは王たちだ。
「テレパシーができない! こっち!」
ウェディンに手を引かれ走り出す。
王宮の扉を抜けてその内側へ。
途中で【羽衣】をバトルコスチュームに。
続いて。
「ウォーリアネーム! 【星の囀り】!」
パペット星伽との同化。
同時に。
「ウォーリアネーム! 【産み育む奇跡の庭】!」
ウェディン、メイド・オブ・オナーと同化。
蒼穹を映す海水の翼『凛凛翼』を背に纏う。
所々崩れている廊下を駆けるのをやめて浮遊する。浮遊し飛翔する。
ウェディンの飛翔速度がいつもより速い。御両親を思う心と精神が拡張の幅を広げているのだ。
「お父さま! お母さま!」
王宮の最も高い位置にある部屋。謁見の間よりも更に上に作られている王たちの私室に辿り着き、壊されている扉を通り抜ける。
「……!」
一人二人と倒されている人たちが見える。オーバーレイ・サードの状態でやられたのだ。
カーテンは燃え、絨毯は剥がれて、テーブルは倒れている。
オレの部屋よりもずっと広い部屋で立っている者は――
「天……使?」
光の塊である『それ』を見て、オレは言葉を出す。
一見するとまさに光の天使。コンピュータウィルスの気配を持ってはいるが……明らかに雑魚とは違う。
いやそれよりなにより。
ウェディンの歯が軋む音がした。強く噛みしめたからだ。
天使に半ば取り込まれている御両親を見て。
これは……オーバーレイ・フォース。同化現象に違いない。
つまりはコンピュータウィルスが人間と同化して天使となったのだ。
「お前!」
怒号をあげるウェディン。あげて一人で天使に向かってしまう。
「待てウェディン!」
慌てて後を追う。
しかし。天使の翼が動く。
「だっ!」
「涙覇!」
天使の翼がウェディンを叩こうとした。だからオレは彼女に飛びつき庇い一撃を背に貰ってしまった。
なんて……衝撃! まるで刺されたみたいだ。けど。
「とりつけ! ウェディン!」
床に落ちる前に国王さまに向けてウェディンを力いっぱい放る。とその反動でオレは床に落ちた。
しかしウェディンは天使に――国王さまに到達した。
「お父さま!」
天使から国王さまを引き剥がそうと試みるウェディン。けれど、力が増している今のウェディンでも叶わず、国王さまの纏う【羽衣】を破ってしまう。
ならば。
「――!」
オレはフィフスを使おうとするが王妃さまと同化している天使の光の棒による攻撃を左肩に受けてしまう。
今のって間違いなく心臓を突こうとされたよな。こちらにかける容赦などなしか。と言う事は王妃さまの意識は完全にないと思った方が良いだろう。
となると。
ウェディンの方を見やる。
「ウェディン!」
彼女もまた光の棒による攻撃を受け続けていて。それでも父を剝がそうと試みていて。
なんとかあちらに合流しようと試みるが天使が邪魔をしてくる。殺そうとしてくる。
ならば先に王妃さまを剥がす!
「これで!」
光の棒を光の星の変化した鎖で絡めとる。絡めとって天使の手から弾き出す。
今!
「【覇】――エスペラント!」
オーバーレイ・フィフス起動!
夜空色の円環を体に纏い天使に向かって手を伸ばす。天使から希望を奪い王妃さまに与える。
天使の体が弾けて王妃さまが飛び出した。
同化が解けて現れたコウモリタイプのコンピュータウィルスをウェディンが切って、良し次は国王さまを――⁉
天使が現れた。
外壁を壊して現れた天使は……凡そ二十体。多い!
オレが驚愕し戦慄したその時。
「【覇】――エスペラント!」
ウェディンが叫んだ。
この土壇場で挑戦する気か。けれど焦ってやったら成功するとは思えない。
事実。
ウェディンが膝を折り倒れてしまった。
苦しんでいるのが分かる。
汗を流しているのが分かる。
「敗けるなウェディン!」
駆け寄って抱き起こしたいが天使が襲ってきて叶わない。
希望を届ける暇もない。
せめて声だけでも届けなければ。
「護りたいんだろう!
けれど力で希望に挑んではダメだ!
彼らは敵じゃない!
彼らは人の! 全ての可能性!
誰の味方でもあるんだ!
怖がらず! 気負わず! 受け入れればそれで良い!」
オレの言葉は、声は届いているか?
分からない。
けど呼びかけ続ける。
「信じろ! 自分の未来を! 自分の可能性を!
この世界は希望に満ちていて!
可能性に満ちている!
運命を! 超えて往くんだ!」
お
は
よ
う
「――⁉」
世界に声が響いた――気がした。
誰かが、希望が誰かを呼ぶ声。
誰かを、ウェディンを起こそうとする声。
聞いているかウェディン?
世界はウェディンを信じている!
――――――――――――――――――――――――――――――――――――オァ!
蒼いオーラに続き、虹色の光がウェディンの体から溢れ出た。
それはいくつもの円環を作り、消えて、作り、消えて。
そうしてとうとう。
「――ッつ」
ウェディンが目を開けた。
同時に彼女の手首、足首、胴体、頭頂部に現れた蒼穹色の円環。
起き上がるウェディン、の手が、指が伸ばされて希望に触れて。
国王さまを捕えていた天使が弾け、彼の体がウェディンに受け止められた。
一方で天使は狐タイプのコンピュータウィルスとなり、巡を降らせて撃滅。
「綺羅!」
オーバーレイ・セカンド、ジョーカー。
楯座、起動。
国王さまと王妃さまを楯座のエネルギーが包み込む。加えて希望の力も流しておいた。これでおいそれと二人を傷つけたりまた同化したりはできないだろう。
残りは、天使の軍勢をどう倒すか、だ。
まずは同化状態を全て解く必要がある。天使、どんどん増えているけれど。
ただ理解できた事もある。
天使はフィフスを使えない。
使えるなら希望に希望をぶつけてきている。
ジョーカーはどうだろう?
これまでに使用した様子はないが、だからと言って温存していないとも限らない。ジョーカーは奥の手と言えるのだから。
天使を捌きながら考えを巡らせていると、なにかが頬に触れた。いやなにかって言うか……雨か? 雨水が当たったのと同じ感触だったが。
空を見る。晴れていた。晴れていても雨が降る現象はある。が、どうやら違うらしい。
だって空からドーム状に黒い水が広がったから。