第15話 行こう
右手が動く。オレの右手がなにかに触れている。柔らかく、細く、暖かい。
瞼を持ち上げて少しだけボ~と天井を眺めた。オレの部屋か。寝ているのはベッドかな。そう言えば限界を迎えて倒れるように眠ったんだったか。
状況が確認できてオレは右手を見た。なにが触れているか確かめようと。
手、だな。右手に触れているのは手。その手を辿って腕を見て、肩を見て、ウェディンの顔が見えた。
て言うかオレが横になっているベッドの端に彼女も横になっていた。超間近。
添い寝、と言うものだ。
……え、添い寝? どおりで右側が微妙に暖かい……。
じゃないや。
これ、どうすれば良い?
起こす? なんとなく触れてみる? 堪能する?
いやいや分かんない。分かんないんですけど?
と、ちょっと混乱しかけていると左耳になにかが触れた。まさか左にも誰かいるのか?
なんてびっくりしながら左に顔を向けてみると一枚の紙きれが。
一文だけ書かれている紙きれだ。内容は――『ウェディンが寝ちゃったから横に置いといたよ、頑張れ。母より』。
なにを頑張れってんだい我が母よ。
「ん」
うわぁい。首筋に触れるウェディンの吐息にわけの分からない悲鳴が心で漏れた。
「ん~……あ、涙覇、起きたんだ……」
少しだけ体を起こして、ウェディン。
ちょっとだけボ~として、固まって、顔がゆっくりと赤くなっていく。
「どうして……一緒に?」
寝ているのかと言いたいのだろう。
オレは紙きれを掴んでウェディンに見せる。冷や汗をかきながら。
書かれている内容を見て彼女は――ポスンと頭をベッドに落とした。
「……なんかした?」
「してません!」
顔をベッドに押しつけたままくぐもった声を出すウェディンに即座に返す。良い反応速度である。
「……そっか。いえ、少しくらいなら……だったんだけど」
少しなら良かったのか。次頑張ろう。
じゃない。
オレは上体を起こす。と、体にかけられていた青いタオルケットがずれて。
「ウェディン、あの……」
「なにも言わないで。後ちょっとこのままでいさせて」
苦しくないんすかその姿勢。
なんて思いながら「……了解」と応える。
オレはどうすれば良いんだろう? ベッドを降りる? このまま?
どうすれば良いのか不明だったので固まったままいるとウェディンが顔をベッドから離して静かに降りて立ち上がった。
こちらに背を向けているが、幾度か深呼吸しているようだ。
「良し。
涙覇」
こちらに振り向き、ウェディン。
「うん?」
「私の初添い寝を奪った罪は後で償ってもらうとして」
あ、罰あるんだ。
「体の調子は?」
「体? ああ……」
フィフスの影響か。
手を握ったり腕を回したりしてみる。ん、体は大丈夫。心と精神の方も大丈夫。
「疲労も疲弊もないよ、問題なし」
「そっか」
安堵するウェディンを見て、彼女の背後にある壁掛け時計を見る。現在午後四時。三~四時間眠っていたのか。
「私」
「ん?」
「私もフィフスに挑戦してくるわ」
一度イギリスに戻って。
「ただお願いがあるの」
「お願い?」
「初添い寝を奪った罰とも言います」
「なん……でしょう」
いやな予感しかしないなあ。
「私と一緒に来て両親に逢って」
「ああ御両親に。それくらいなら――」
え、国王さまと王妃さまに? オレが? 良いの逢って?
「恋人としてよ」
「こ……不敬罪でぶった切られない?」
「私の親をなんだと思ってるの……大丈夫よ、多分、きっと、うん、ええ、恐らく」
頼りないんだが。
「でもそれなら、別に罰じゃなくてもいつかはご挨拶を――」
「私との婚約を狙っている人たちを追い払ってほしいの」
……成程、一般人のオレが王室とかかわりのある男性方を追い払う。
マナーとかルールとかご存じないよオレ。いつかは必ずぶつかる壁なんだろうけど。
「お願い。私をさらって」
手を握ってくる。ずっと繋がっていた右手を両手で包むように。
さらって。さらう。こんな強い言葉を使ってくるのはそこに強い決意があるからで。
……うん。
「分かった。任せて」
左手も使ってウェディンの手を握り返す。
安堵を表情に表すウェディンに、オレもどこか安堵する。
ベッドから降りてまずは。
「この格好のままで良いのかな?」
今の服装、ウェディンに貰ったバトルコスチュームだ。
「それだとなんだから、こっち」
【羽衣】にギフトボックスが届く。
それを開くととある衣装一式が表示されて。
「謁見用、って事だ」
「ええ。バトル用のコスチュームだと敵意ありって見なす人がいるかもだから」
早速着替えてみる。白がベースで、落ち着いた雰囲気の、いわゆる『貴族』をイメージさせる衣装だ。柔らかい生地だったバトル用より少し固め。左半身にはマントもついている。
「じゃ私も」
ウェディンも【羽衣】を変化させる。純白のドレスだ。ロングスカートで、楚々としていて。
「……綺麗だな」
「……ありがとう」
「……」
「……褒められるのは慣れているけれど、涙覇に言われるとテレる」
「そ、そっか」
そう言われるとこちらにもテレが出てくるんだけど。
「……あ、そうだ」
「ん?」
「これ、渡しておくわ」
【覇】を使って一枚のメモが渡される。書かれていたのは……住所と、パーソナルアドレス。
「私が普段暮らしているところの住所と私のパーソナルアドレス」
「良いのかい?」
「ええ。自由に来て」
「……ありがと」
嬉しいもんだな、好きな人からこう言うの貰うと。
「――で、いつまで覗いているつもり?」
「え?」
部屋のドアを見やるオレ。オレに続いてウェディンも。
「父さん母さん?」
「え」
「あ~、バレてた? さっすがワタシたちの子だ」
ちょっとだけ開いていたドアを全開にして姿を見せるは我が両親。
いつからいたんだか。
「話、大方聞いてた?」
「ああ」
「ちょっとイギリスまで行ってくるよ」
「行ってら~」
軽いなあ母さん。
「涙覇が嫌われるとオレたちの仕事にも影響ありそうだから嫌われないように」
プレッシャーかけてくるなあ父さん。
けどまあ。
「頑張ってくる」
「ああ」
「うん。ウェディンも」
「はい」
『門』を開くウェディン。これを抜けると、ウェディンの御両親の所か。
一度喉を鳴らして、ウェディンを見る。
二人頷きあって離れていた手をもう一度繋ぎ合う。
「行こう」
「ええ」
オレたちは揃って一歩を踏み出し、『門』を潜った。
「「……っ!」」
潜った先は――戦場で。
流石に突然王宮の中に『門』を開く事はなく、外への転移だったがまさに混乱の最中。
多くのコンピュータウィルスに襲われて王宮は火に包まれていた。