水上のバレリー・バネッサ! ~トンチキ乙女ゲー世界で水上を駆け抜ける青春のバレリー~
「バレリー・バネッサ! お前とは婚約破棄だ!」
高らかに宣言したのは、この国の第二王子、トリニエル・トリトンだった。
場所は王宮のパーティー会場で、今日はトリニエルの誕生祭だ。
トリニエルの婚約者の名は、バレリー。
バレリー・バネッサ公爵令嬢だった。
金色の長髪を縦にロールした独特な髪型をしている。
瞳の色は青色で、その表情はトリニエルを見下すように、冷たいものだ。
事実として彼女は、トリニエル王子を見下していた。
その能力も性格も関係なく、ただ単にバレリーという人物が、他者を見下す性質なのだ。
生まれながらの王者の気質。プライドを持つ女。それがバレリー・バネッサだった。
トリニエルは、そんなバレリーの態度が昔から気に食わなかった。
そして彼は、とうとう出会ったのだ。彼の運命の恋人に!
「バレリー・バネッサ! お前は俺の婚約者に相応しくないのだ! そして、俺は真実の愛に出会った!」
トリニエルは、そう言いながら隣に立つ黒髪の令嬢の手を引いた。
「彼女は、パトリシア・パトリー! 建国の女王であり、聖女でもあった『海賊女王』クリプト・クリプテンの末裔だ!」
その宣言に、パーティーに集まった者たちが、ざわめく。
「『海賊女王』の末裔!? じゃあ、聖女の【黄金の魔力】の持ち主なのか……!?」
建国の女王、クリプト・クリプテンは、かつて国を追われた聖女だった。
彼女は、海へと捨てられた後、なんと海賊に拾われる事になる。
海賊の下で暮らしていた彼女は、聖女の魔力である【黄金の魔力】によって魔の海獣たちを退け、そして海上に『水路の王国』トリトーンを築き上げたのだ。
彼女は『海賊女王』の名で親しまれ、今なお民に愛されている。
だが、時代と共に王家は変わり、彼女の血は絶えたと思われていたのだ。
それが、今ここで覆される事になった。
「パティ、大丈夫かい?」
「はい、トリニエル様……」
トリニエル王子とパトリシアは、見るからに互い想い合う姿を見せつける。
彼らのそばには、他にも4人の男たちが控えていた。
いずれもトリニエルの側近であり、彼の親しい友人たちだ。
全員が、パトリシアと交流を深め、彼女に愛情を傾けている。
赤髪のエイドリオ・エイダン。
青髪のビリー・ビリガン。
緑髪のサムエル・サムストール。
紫髪のレイノルド・レナム。
4人共が高位貴族の息子だった。
「分かったか? バレリー・バネッサ! お前との婚約は破棄だ!」
再度、婚約破棄を突きつけるトリニエル。
対するバレリーは、ずっと扇を広げて表情を隠していた。
その扇をパチンと音を鳴らして閉じて、周囲に沈黙を促すバレリー。
「……ふぅ。お話しは終わりまして?」
「なんだと?」
「では、ワタクシから言わせていただきましょう。トリニエル殿下からの婚約破棄ですが」
バレリーのそばには、従者が一人控えるのみ。
彼の他は皆、遠巻きに彼女を見ていた。
もちろん、トリニエルたち6人の周囲からも人は遠ざかっている。
「婚約破棄だなんて許せません! ですから……決闘ですわ! もちろん、決闘の手段は」
そこで一息溜めてから、バレリーは宣言する。
「──水上レースで!」
バレリーは、宣言と共に……己のドレスをその場で破り、脱ぎ捨てた!
ドレスの下にあったのは下着、ではない。
彼女のプロポーションを惜しみなく見せつけるようなスタイリッシュな『水着』を着用している。
「いいだろう、望むところだ! その決闘、受けて立つ! お前たちもそうだな!」
「はい、殿下!」
そしてトリニエルたち、5人の男も……己の服を脱ぎ捨てる!
彼らも下には水着を着ていた。
バレリーなど目ではないほど、際どい下着を身に着けている男も居る。
「当然、決着は水上レースで着けてやる!!」
王子トリニエル・トリトンと、他の男たちは肉体美を示すポージングをそれぞれ取って、人々に見せつけた。
その場に居た男女ともに、バレリーやトリニエルたちの肉体美に歓声を上げる。
バレリーの従者、クルツ・クルストンは主がドレスを破り捨てた事に呆れて溜息を吐いている。
自慢の肉体を、水着とはいえ、惜しげもなく晒すバレリーにローブを羽織らせようとするが断られた。
『水路の王国』トリトーンでは、貴族の嗜みは社交ダンスではなく『魔法ボート』による水上レースなのだ。
令嬢であってもバレリーのように肌を晒す事に物怖じする者は少ない。
海賊女王クリプトが、海上に建国した王国は、国中が海へ繋がる水路が張り巡らされている。
魔法ボートで、その水路を駆け巡る水上レースは、王国の民が最も愛する競技だった。
だから、この婚約破棄にかこつけた決闘レースでも大いに人々は湧き立つ。
若干、引き気味の態度で、盛り上がる場の雰囲気に顔を引き攣らせているのは、黒髪の少女パトリシア・パトリー男爵令嬢だけしか居なかった。
「なんで、まともな乙女ゲーム世界への転生じゃないのよぉ……」
その言葉の意味を理解する者は、誰も居ない。
「ワタクシの婚約に異議ある者は、誰でも掛かって来やがれですわ!」
◇◆◇
婚約破棄から数日後。
トリトーン王国中の民が、バレリーとトリニエルたちの水上レースでの決闘に注目していた。
バレリーは、バネッサ公爵家の財力を注ぎ込んだ特別な『魔法ボート』の調整を従者クルツにさせている。
「決闘日が、あの日じゃないなら、あの場でドレスを破り捨てる意味なくないですか?」
「なーに、クルツ。ワタクシのやる事に不満があって?」
「ありませんけれど」
バレリーの従者、クルツ・クルストン。
銀色の髪に整った顔立ちをしている。バレリーと年齢の近い男性だ。
彼は、バレリーが幼い頃に見つけてきた孤児だった。
理由は、髪の色が気に入ったから、それだけでバレリーは彼を自身の従者に据えた。
「では、貴方のボートも用意させましてよ、クルツ」
「え、俺も出るんですか?」
「当然よ、貴方はワタクシの従者でしょう?」
「うわぁ……。これだから、お嬢は」
従者クルツは、バレリーに引きずられて否応なくレースに参加するしかないのだった。
『さぁ、いよいよ始まります、第二王子と公爵令嬢の婚約を懸けた水上レース! 実況は私、王宮魔術師のマリエル・マリーンがお送りしています!』
水上レースは、大盛り上がりを見せ、とうとう正式な実況者が設けられるほどだ。
『ええ、私と共にレースの解説をしてくださる方を紹介します。皆さんご存知の魔法ボート技師、フランク・フラシオン先生です! フランク先生、よろしくお願いします』
実況のマリエルと解説のフランクは、レースの概要を説明していく。
『今回のレースのコースは、トリトーン王国の街中すべてを用いた大レースです。レースの様子は、街中に設置されている魔法ヴィジョンによって映し出されますので、国民の皆さんも、ぜひお楽しみください』
トリトーン王国では至るところに水上レースを観るための魔法ヴィジョンがある。
そのため、多くの民が今回のレースを楽しみにみていた。
『今回のレースでは……、ええ、バネッサ公爵令嬢バレリー様の『婚約』について物申す事が出来るのは、このレースの優勝者だけである! という事になります。トリニエル王子が彼女と婚約破棄がしたいのならば、このレースに優勝するしかない。そして、他の優勝者がバレリー様と婚約したいと言うのなら、バレリー様は従うしかないし、トリニエル様はそれに意見を言えない。そういった条件ですね。ちなみにこちらのレース条件は、14代トリトーン、現国王陛下の承認があります!』
その説明に多くの民が『うおおおおお!』と声を上げて盛り上がった。
国王承認の大レースなど、そう開かれる事ではないのだ。
『それでは今レースの参加者の紹介です!』
そして、トリニエル王子をはじめとした男たち5人の紹介を済ませていく実況のマリエル。
バレリー、その従者クルツ。
『さらに! 今回、注目の! パトリシア・パトリー嬢! 彼女はトリニエル王子曰く! かの海賊女王クリプト・クリプテン様の末裔という話です! はたして彼女は【黄金の魔力】をこのレースで見せるのか!? 魔法ボートによるレースは、トリトーン王国の水路にクリプト様が聖女の魔力を注ぎ、結界を成立させた……という説が一般的です。今回のレースでは、彼女の魔力に注目でしょう! 王宮魔術師である私も、とても注目しております!』
「「「うおおおおおおおおお!!」」」
海賊女王、聖女の再来という話にさらに盛り上がる国民たち。
「……すっかり『悪役』ですね、お嬢」
「フン! ワタクシが優勝すれば良いのですわ!」
「お嬢の婚約を懸けているのに、お嬢が優勝したらどうなるんです?」
「当然! ワタクシからトリニエル様に婚約破棄を突きつけてさしあげましてよ! おーっほっほっほ!」
「……じゃあ、普通にあの時に婚約破棄を受け入れれば良かったんじゃ」
「それはワタクシのプライドが許しませんわ! 決着はレースで着けてこそですわよ!」
そうして、いよいよ水上レースが始まる。
パトリシア側の男たちは、魔法ボートの上、水着で筋肉を見せつけるようなポージングをしながら観客やパトリシアにアピールをしていた。
「……なんで、こんなヘンテコな世界に」
「おーっほっほっほ! 今更、怖気づきましたの、パチパチーさん!」
「誰がパチパチーよ、この典型的・悪役令嬢! 金髪縦ロール女!」
「何をおっしゃっているのやら! 貴方はワタクシには勝てませんわ! すべてにおいて!」
そして、はち切れないほどの肉体美をバレリーもまた見せつけていく。
その、整った姿と加えて大きさでもまた、バレリーは圧倒して見せたのだ。
「くっ、このデカいだけの奴!」
「おーっほっほっほ! 負け惜しみ! 負け惜しみですわー!」
「……はいはい、お嬢。はしたないですよ、いい加減」
「クルツくん!」
「……はい?」
パトリシアは、バレリーの従者クルツ・クルストンに唐突に話し掛けた。
「私は、いつでも貴方の味方だからね! いつだって逃げて来ていいんだよ!」
「……何を言っているんだ、アンタ」
「まぁ、クルツ。あのパチパチさんとお知り合いでして?」
「いえ、知りませんね。絡んだ事もありません」
「まぁ、では彼女は妄想の住人ですの? なんとお可哀想に……」
「同情の目を向けるなぁ!」
「バレリー! 貴様、パティをいじめるんじゃない!」
「あら、出来損ないの王子様が来ましたわ! では、そろそろ配置に着きましてよ! クルツ! 行きますわよ!」
「はーい」
そして、それぞれの魔法ボートに乗り、配置につく。
『さぁ! 選手たちのレース前の白熱したやり取りがあった模様ですが……いよいよ、始まります!』
やがて、スタート地点の上部にある魔法ライトが、点滅し始めた。
赤の点滅が3回続いた後、緑のライトが光れば、その時がスタートだ。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーーーーーー!!
『レース、スタートです!!』
8艇の魔法ボートが一斉にスタートを切る!
「開幕から飛ばしますわよ!! クルツ!!」
「はーい!」
カッ! と光と共に突出したスピードで、バレリーと従者クルツの魔法ボートが飛び出していく!
『おおっと! バレリー・バネッサ選手! そして、クルツ・クルストン選手! スタートダッシュを決めたー!』
魔法ボートは、レーサーである者の魔力を糧にして動く。
そのため、魔力量が豊富なバレリーは、後先を考えずに飛ばす事が出来るのだ!
「そう来ると思っていたぁ!」
『おっと、そこで追い縋るのはエイドリオ・エイダン選手の【赤熱ナイト号】! トリニエル殿下の護衛騎士である彼は、単純な勝負が好み、という情報があります! しかも! 彼は、まっすぐにバレリー選手の魔法ボート【金色女王号】へとぶつかって行くぅ!!』
ドン!! とバレリーのボートの横側にぶつかっていく【赤熱ナイト号】!
「レースが終わる前に沈めてやるぜ、バレリー!」
「上等でしてよ!」
バレリーも負けじと、己の【金色女王号】をぶつけていく!
『デッドヒート! 開幕からデッドヒートだぁ!!』
「もう、なんなのよ、このレース……!」
パトリシアが叫び声がを上げるが、男たちもバレリーも彼女の嘆きを気にする事はなく、レースに熱中していた。
バン、バン! と互いのボートをぶつけ合いながらトップスピードで水路を駆け抜ける。
「クルツ・クルストン!」
「んぁ?」
「君も僕たちの仲間になりたまえ! あのような女の従者など、やってられないだろう!?」
そのようにクルツに話しかけるのは、緑髪のサムエル・サムストールだ。
「君も、僕らと共にパトリシアの味方になるんだ! 彼女は聖女、海賊女王の末裔だぞ!」
「……そんなの関係ありませんよ。俺は、死んでもバレリーお嬢様の味方なんで!」
「しかし! あのような女のどこがいいのだ!?」
「……おたくらには分かりませんよ、それに」
「それに!?」
「アンタたちの趣味も俺には分かりませんね。あんな女のどこがいいんスか?」
「……貴様! パトリシアを侮辱する事は許さない! 交渉は決裂だ!」
「元より、そっち側になる気はないんでー」
「後で言ってきても遅いぞ!」
そして、サムエルの【緑一色・リューイーソー号】が、クルツの【ボート】に衝突してくる。
「だいたい、君の魔法ボートの名前はなんだ! 【ボート】って、そのままだろう!」
「いや、なんか流石に恥ずかしいんで。アンタのボートも何スか、その名前?」
「このボートの名は! パトリシアが付けてくれたのだァ!」
「知らねー」
そして、レースは続いていく。
「くくく、やっているな。それぞれが相手の体力を、魔力を削ぐ」
「ええ、トリニエル殿下。こちらは5人も居るのです。対して、あちらは、たった2人。この作戦で僕たちの勝利は揺るぎありません……!」
トリニエルと他2人は、後半に向けて魔力を温存しながらのレース運びだ。
また、パトリシアを狙ってきた時の護衛も兼ねている。
「パティ! どうだい? 【黄金の魔力】は出せそうかい!?」
「まだよ、トリニエル! まだ……愛が足りないの!」
海賊女王の【黄金の魔力】は、元々は聖女の魔力だ。
その原動力は愛だという話を、トリニエルはパトリシアから聞いている。
「まだ足りないか! 必ず、このレースで! 君への愛を証明してみせる!」
「トリニエル……、うわっぷ!」
「パティ!?」
トリニエルの台詞に合わせて、情熱的な表情や態度を示したかったパトリシアだが、生憎と高速で移動する魔法ボートの上でそんな事はしていられない。
「もう! 雰囲気、台無しなのよ!」
そして、レースは続行する。
「これで……オシマイですわ! 沈みなさい!!」
「なっ……! ぐおぉおお!?」
ドン! と、一際大きい衝撃音が鳴る。
そしてコントロールを失ったエイドリオの【赤熱ナイト号】はコースの端に激突した!
『ああっと! ここで! 捨て身のタックル! バネッサ選手の【金色女王号】の一撃が炸裂ぅう! 【赤熱ナイト号】が大破し、コースアウト、リタイヤだぁ!』
「おーっほっほっほっほ! その程度でワタクシに勝とうだなんて千年早いですわぁ!!」
「お嬢ー」
「あら、クルツ! 手間取っていますの!」
「こっちもお願いしまーす」
「なっ!」
クルツは、追い縋ってきていた【緑一色・リューイーソー号】をバレリーに押し付けると、さっさとトップに躍り出た。
「ま、待ちなさい! ワタクシの前を走るだなんて、クルツのくせに生意気ですわ!」
「そいつ、何とかしててくださーい」
「くっ!?」
「……フン! 僕に恐れを為して逃げたか! だが、バレリー・バネッサ! 貴方の事も僕は許せな、」
「やかましいですわッ!」
ドゴン! と、バレリーは思い切りボートの横に衝突して、吹っ飛ばした。
「ふご!? コントロールが!」
そして。
『あああっと! 二人目が脱落、脱落です! 何度も衝突して、彼女の魔法ボートは平気なのかー!?』
「フン! 待ちなさい、クルツー!」
そして、かなり外殻が壊された【金色女王号】でバレリーは、クルツの後を追いかけていくのだった。
◇◆◇
『さぁ、現在の1位は意外! バレリー選手の従者、クルストン選手です! しかし、すぐ後ろに追いすがるバネッサ選手!』
レースは後半に差し掛かっていた。
既にレースから退場してしまったの二人。
残るははトリニエル、ビリー、レイノルドの3人の男たちパトリシア。
そしてバレリーとクルツの2人で、合計6人だ。
『さぁ、トリニエル王子……選手は、随分と大人しいがー?』
「……フン。まだ焦る時間じゃない。だが! ビリー! レイノルド! あの二人を……いや! バレリーを何としてでも止めて来い! ボートを沈めてしまっても構わない!」
「了解です、殿下!」
「承知しました!」
『おおっと! ここでスピードを上げたのは……! ビリー・ビリガン選手の【青空スパーク号】! そしてレイノルド・レナム選手の【紫雲ライデン号】だぁ! 2艇が猛然と追い上げて、トップの二人に迫っていくぅ!』
「待て、バレリー! お前には勝たせない!」
「そうだ! 勝つのはパトリシアだ!」
「おーっほっほっほ! ノロマがいくら吠えても痛くも痒くもありませんわ!」
「「ほざくなぁあ!」」
『二人のボートが連携してバネッサ選手に襲い掛かる! 挟み撃ちだァ!』
「くっ……!」
「お嬢!?」
『二人同時の妨害によって、バネッサ選手の【金色女王号】が止められるゥ!』
「舐めないでくださいましっ!!」
「なっ」
「なに!?」
『なんと!? ここでバネッサ選手、スピン! スピンだ! 魔法ボートを回転させて、両サイドに迫る2艇の魔法ボートを弾き飛ばす荒業だぁああ!!』
「「「おおおおおおおお!!!」」」
「ぐっ、こんな……!」
「この速度で!」
「ワタクシが負けるなんて! 万に一つもありませんわ!」
バギン、バギン!
「ぐぅううおおおおおお!」
「コントロールが!」
『ああ! ここで二人もまた脱落! 脱落です、高速でコースを外れていくぅう!』
そして、コースを外れて壁に衝突した2艇は、ドーン! と大きな水飛沫を上げる。
「ワタクシの勝ちですわね!」
『バレリー・バネッサ選手! 強い! 最強なのかー!?』
「おーっほっほっほ!」
バレリーが最高の状態に陥っている一方、トリニエル王子は、まだ焦ってはいなかった。
その理由はすぐに分かる事になる。
「パティ! 君は、離れたところでついて来てくれ! 次は僕が仕掛ける!」
「はい、トリニエル様!」
『さぁ! ここで今度は、トリニエル選手とパトリシア選手がスピードを上げる! 一体、レースの優勝は誰の手に!』
バレリーは振り向き、後方を確認する。
トリニエルが追いついてくるのが見えた。
バレリーは、追い付かせもせず、ぶっちぎるつもりで更にスピードを上げようとした。
……だが。
「あっ!?」
「……お嬢?」
バレリーの【金色女王号】は、速度をそれ以上、上げる事が出来なかった。
『これはー……?』
『ボートに無茶をさせ過ぎだ。乱暴な運転をしおって』
『解説のフランク先生、つまりバネッサ選手の【金色女王号】は、もう限界だと?』
『ああ、あれじゃあ最後まで走り切れん。少なくとも追い上げるボートを捌き切れんだろうな』
「お嬢……!」
「くっ、こんな。情けないですわ!」
「ははははは! バレリー! お前の負けだ!」
『さぁ、ここでトリニエル選手の【ヴァイキング・トリトン号】! トップに追い付いてきた!』
「私は、仲間たちに命じていたのだ! お前のボートにダメージを与えるようにと!」
「くっ、この卑怯者、弱虫、ヘタレ、骨なし王子!!」
「言い過ぎだろうが!」
そして、ハイスピードで衝突する二つのボート。
ダンッ! と音を立て、そして大きくバランスを崩したのは。
「くぅぅ!」
「あははははは!」
『ああ、ここでバネッサ選手の【金色女王号】! 大きくコースを外れていく! これで終わりなのかぁ!?』
「私の勝ちだ、バレリー!」
「お嬢……!」
「くっ、覚えていやがりなさい!!」
「そんな小者の捨て台詞を……!」
「フン!」
そして、通り過ぎていくトリニエルとパトリシア。
レースは、ほぼ決着だった。
「お嬢、平気ですか!」
「クルツ……?」
従者のクルツ・クルストンが逆走して、バレリーのボートの救助に向かう。
コースアウトはしたものの、バレリーの魔法ボートは、まだ走れる状態だ。
しかし、レース後半に差し掛かった状態で距離を空けられてしまったのは事実。
「くっ……。情けないですわ、こんな負け方をするなんて」
「お嬢」
「元より、プライドだけの勝負でしたけど。こんな」
「……お嬢、らしくありませんよ」
「え?」
そこでクルツは、自身のボートからバレリーのボートへ飛び移ってきた。
「ちょ、何してますの!?」
「あー、これ。ちょっと出力系が壊されてますね……。魔力を過剰の注ぎ込めば、このレースぐらいはどうにかなると思います」
「でも、今からじゃ……」
「バレリー!」
「きゃっ!?」
クルツは、そこでバレリーの手を取った。
そして、間近で彼女の目を真剣に見つめる。
「俺の好きな貴方は、こんなところで簡単に負けを認めるような女じゃありません!」
「なっ……! く、クルツ!?」
「負けないでくださいよ、ね?」
「クルツ……」
バレリーは頬を染め、目線を逸らした。
「私だって、別に。前から……」
「お嬢?」
「なんでもありませんわ! 行きますわよ、クルツ! 当然、勝ちに行きますわ!」
「お嬢……! それでこそです!」
「貴方は後ろに乗っていなさい!」
「えっ、重くなるだけじゃないですか。いやですよ」
「……空気を読みなさいよ!」
クルツは、ひょいっと自身のボートへ戻っていく。
バレリーは従者のあっさりとした態度に憤慨しつつも……彼からの告白に熱い想いを抱いた。
「全力全開で! 行きますわよ!!」
そしてバレリーは魔力を全開に放出し、最大稼働で魔法ボート【金色女王号】を発進させた。
『おおおっと! ここで諦めずに追いかけるバネッサ選手の【金色女王号】! 凄まじいスピードだ!?』
『あの壊れたボートで……! やりおる! 凄まじい魔力量だ!』
『はい、とても素晴らしいですね。彼女の魔力量……は? え、まさか、あれは……!?』
実況と解説、そして魔法ヴィジョンによってこのレースを観ていた多くの民が、それを目撃した。
『……黄金の、魔力!?』
そう。全速力で追い上げるバレリーから放たれるのは【黄金の魔力】だ。
それは、建国の女王、海賊女王と呼ばれた聖女の魔力だった。
聖女の末裔なのは、パトリシアではなく、バレリーだったのだ。
「なっ……」
黄金の魔力の残滓を、ボートの背後に流しながら、バレリーは流星のように水上を駆け抜けていく。
そのスピードは他の追従を許さず、瞬く間にトリニエルの【ヴァイキング・トリトン号】に追い付いた。
『水路が、バレリー様の魔力に反応して黄金に輝いていく! 彼女が……バレリー・バネッサが本物の聖女だ! 海賊女王の末裔です……!』
多くの民に目撃されながら【黄金の魔力】と共に駆け抜けるバレリー。
「あ、待て……」
「な、なんで!」
「ワタクシの……勝利ですわ!」
そして。
『ゴール! ゴール! ゴォオオオル! 優勝は、バレリー・バネッサ選手です! 【黄金の魔力】を継承した、バレリー・バネッサ公爵令嬢だぁああ!』
レースはバレリーが勝利したのだった。
「お嬢……!」
「やりましたわ! クルツ!」
バレリーは自身のボートから、クルツのボートヘ飛び移る。
彼女の姿をアップで全国民に映し出す魔法ヴィジョン。
そこで、彼女は。
「クルツ! ワタクシの婚約者は……貴方よ! トリニエル王子とは婚約破棄するわ!」
「ッ! お、お嬢……」
バレリーの台詞に衝撃を受けるトリニエル。
トリニエル王子は、自ら『聖女の末裔』のバレリーを手放したのだ。
そして、パトリシアという何者でもない女の手を取ってしまった。
それでも、その愛が続くなら彼には、まだ救いがあるかもしれない。
そして、バレリーは従者のクルツと結ばれた。
「クルツ、貴方は生涯……ワタクシを愛しなさい!」
「……! はい、お嬢、いえ、バレリー!」
バレリーは彼を振り回しながら、幸せを掴んだのだった。
~FIN~
乙女ゲーム制作会社「そうだ、次はトンチキ世界を『売り』にしよう!」
読んでいただき、ありがとうございました!
ちょっと、内容が短かったのと深夜に上げてしまったので、短編にまとめて再投稿しています。
よければ☆☆☆☆☆ボタンで評価していただけますと幸いです。