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4話

 エメさんと一緒に暮らし始めてから数日経った。最初の三日は歩くのもままならないエメさんはベッドの上で過ごして体力の回復に専念していた。

私は怪我は治せるけど、それ以上のことはできないから……こういう時もどかしい。聖女様だったら、エメさんがすぐに元気になったんだろうけど……。

できるだけ、エメさんの部屋に足を運んで一緒に過ごすしか私にはできなかった。それでも、エメさんはとても喜んでくれたんだけどね。


「エメさん、準備はいい?」

「うん、大丈夫だよ」


 ベッドの上だけで過ごすだけじゃ体力は戻らないから、と数日前からエメさんは室内で歩く練習を始めたんだ。

そして今日はもうちょっと長い距離を歩いてみようということで、離れを案内することになった。

お風呂に移動する時とかはカルヴィンが肩を貸して移動していたんだよね。でも、エメさんは痩せていても身長が高いから、腰に負担が掛かるとカルヴィンはずっとぼやいていた。それをコリーがおじいさまが使っていた杖をどこかからか持ってきてくれた。

おじいさまも身長が高い人だったから、杖はとても使いやすいみたいでエメさんは機嫌がいい。


「じゃあ行こ!」


 ね、とエメさんに向けて手を差し出すと、杖をついていない方の手を重ねてくれる。大きくて温かいエメさんの手は好き。優しく私の頭を撫でてくれるし、痛いことは何もしないから。


「どこにいくんだい?」

「図書室とかどうかな? ここからそこまで遠くないし、座る場所もあるよ」

「じゃあそこにしよう。案内をよろしくね、頼りになるお嬢様?」

「任せて!」


 エメさんの手を引いてゆっくりと歩き出す。骨ばっていたエメさんの手は少しお肉がついてきた気がする。最初の頃は消化にいい物ばかりだった食事も、今は私と同じものを食べられるようになった。カルヴィンの料理はエメさんも好きらしくて、今日のご飯はなにかななんて言っているのをよく聞くんだよね。

ぎゅっとエメさんの手を握りなおし、図書室までの道を歩く。

早く杖もなく歩けるようになって欲しいと思いながら。






「じゃーん、ここが図書室だよ」

「おお……思ったより広いね」

「本好きなおじいさまとお母さんが自分たちのために作ったんだって。冊数はお屋敷の図書室に負けるけど、珍しい他の国の神話とか童話とかアゴヤム国内では珍しい本がたくさんあるんだよ」


 離れの二階まで続く吹き抜けを見上げたエメさんは驚いたように息を吐いた。

私も最初ここに来た時はびっくりしたっけ。おじいさまが生きてた時は、よく一緒に本を読んだのも懐かしい。

興味深そうに本棚を眺めていたエメさんが、あっと声を漏らして一冊の本を手に取った。


「これ、イーリスちゃんがいつも読んでる本だよね?」

「そうだよ。覚えてたんだ」

「うん、いつも何の本なのかなって気になってて。でも、読書の邪魔するのも悪いしって思ってね」

「それはアゴヤム国の成り立ちを物語風にした子供向けの本だよ」


 読み込まれて擦り切れた表紙の本を持ってエメさんは窓際に置かれたソファに座った。読むのかなと思っていたら隣のスペースをポンポンとエメさんは叩く。にこりと微笑むエメさんの様子に、隣に誘われてるのがわかったから遠慮なく座らせてもらおうっと。


「この国の成り立ちって、どんな感じなんだい?」

「えっとね……昔々……深き森の奥にある魔族領から魔族が攻めてきたんだって。それで人族とエルフ、獣人が力を合わせて魔族を止めようと長い間戦ってたの。でも、魔族は強くて人々は追い込まれていったの」

「そこで登場するのが勇者なんだね」

「そう! 人族から勇者様と聖女様、エルフ族から賢者様が選ばれて魔王を倒す旅に出たんだよ。三人は魔族に支配された村とか街を解放しながら魔族領へ旅していったの。激しい戦いの末、魔王は倒され、魔族も魔族領に逃げていった。旅を通じて惹かれあった勇者様と聖女様は結婚して、アゴヤムの初代王と王妃になったんだって」

「あれ、賢者は?」


 本に書かれている挿絵を見せながら何度も何度も読んで覚えた物語をエメさんに語り聞かせる。

私の話を聞いていたエメさんが、不思議そうに声を上げた。そうだよね、気になるよね……。私はとあるページを開いた。そこには賢者様が倒れ、勇者様と聖女様が嘆き悲しんでいる姿が描かれている。

 

「魔王との戦いで命を落としちゃったの。200年経った今でも賢者様の死は惜しまれて、毎年鎮魂のお祭りが行われてるんだよ」

「そっか……それだけ激しい戦いだったんだね」


 エメさんはパラパラと本のページを捲っていく。そして、巻末に載せられた地図のページを開いた。その地図は勇者たちが辿った道筋が記されている。


「この地図って現代の物だよね?」

「うん。ここがアゴヤムで、東にずっと行くと国を守ってくれている辺境伯の領地があって、国境を越えたらエルフたちが暮らしている深き森があるよ」

「じゃあ僕もここから来たかもしれないんだ」

「なにか思い出せそう?」

「う~~~ん……なにも……」

「そっかぁ……」


 エルフに関連することで思い出すかなって思ったんだけど……そう簡単にはいかないかぁ。

でもそんな急がなくていっか。うんうんと頷く私の肩をエメさんは遠慮がちに叩いた。

どうしたのかとエメさんの方を見ると、地図を指差している。


「この南にあるオドゥーっていう国はどんなところなの?」

「砂漠のオアシスの国だよ。アゴヤムとは交流が盛んなところ」

「オアシス……いいね、いつか行ってみたいな」


 オアシスを思い浮かべているのか、エメさんはどことなく楽しそう。

その横顔がとても綺麗で見惚れてしまう。今でもこんなに綺麗なんだから、もっと元気になったらもっともっと綺麗になるんだろうなぁ。

思わずじっと見つめてしまった私にエメさんは首を傾げる。


「イーリスちゃん?」

「あ、えっと、オドゥーはいい国だよ。元気になったら行ってみて」

「……イーリスちゃんは来てくれないのかい?」

「私はまだ子供だから……長旅はできないんだよ」


 私の言葉にエメさんは不思議そうにするけど、そっかとだけ言って特に踏み込んでこない。

それが今はとてもありがたい。本当は帰りたいけど……今の私の居場所はここだから。


「そういえば、勇者たちの名前って伝えられてるの?」

「もちろん! 勇者ハインツ様、聖女リコリス様、賢者エスメラルダ様だよ」

「……エスメ、ラルダ?……っ……!」

「エメさん!?」


 エメさんが急に頭を押さえて苦しみだす。その姿は最初に目が覚めた時と同じに見えた。何か思い出しそうなのかな?

痛がるエメさんの頭を思わず抱きしめて、落ち着かせるように撫でる。苦しそうにするエメさんに騒がしくなるふわふわさんの力を借りよう。いつものように私の掌を通して温かいモノでエメさんを包んだ。すぐに落ち着いたみたいで、エメさんは顔を上げる。


「もう、大丈夫。ありがとう……」

「顔色悪いよ……もう部屋に戻ろう?」

「そう、だね……」


 ふらふらしながら立ち上がったエメさんを慌てて支えて図書室から出る。出る直前、エメさんが一角の本棚を気にしているのをわたしは気づかなかった。






 図書室でのひと騒動があってから早数日。エメさんは大分体力が戻ってきたみたいで、離れの中なら杖は必要だけど、休憩なしで動けるようになった。そろそろ散歩がてら森の中を歩くのもいいかもしれないと相談しているところ。

ちなみにあれから、エメさんが頭痛に悩まされることはない。賢者様と何かあったのかなと思ったけど、本人もわからないみたいだし、様子見ということになった。

そんなエメさんは図書室を気に入ったらしく、一日のほとんどをそこで過ごしている。

今も、窓際のソファに座って膝に乗せたリオンを緩く結った髪の毛でじゃらしている。


「リオンはすっかりエメさんに懐いちゃったねぇ」

「寝ようとしたらいつもベッドで先越されてるんだけどね。リオンは飼い猫なの?」

「まだお屋敷に居たときに怪我してたのを手当てしてあげたんだ。そしたら、離れにもついてきちゃって。飼っているというか住み着いてる……?」

「へーそうなんだ……いたた……ちょっと爪が引っかかってるってば……ああ、髪の毛食べないで……」


 リオンを遊ばせているというか……。あれってリオンに遊ばれてるよね?

髪の毛をリオンに齧らながらエメさんは弱り切った声を上げる。無理やりやめさせないところにエメさんの優しさを感じる。

そんな優しくて朗らかなエメさんに、警戒していたコリーとカルヴィンも気を許すようになった。

コリー曰く、あのお方を警戒しているのは時間と気力の無駄遣いなのだそう。

あの時のコリーはすごい呆れた顔をしてたっけな。正直コリーがそう言いたくなるのもわかる気がする。

やめてーと弱弱しい声を上げるエメさんにそろそろ助け舟を出してあげないと。


「こーらリオンダメだよ」

「んなー」


 リオンを抱き上げてエメさんから離す。不服そうなリオンだったけど大人しく私の膝の上で丸くなった。

エメさんはほっとしたようにふにゃりと笑う。その笑顔好きなんだよね。


「ありがとうイーリスちゃん」

「どーいたしまして」

「お嬢様、エメ様失礼いたします」


 ノックの音と共にコリーが図書室に入ってきた。お茶の時間かなと思ったんだけど、なにも持っていないコリーに首を傾げる。


「どうしたのコリー?」

「侯爵様がお呼びです」

「……侯爵様がどうして?」

「エメ様のことを定期的に報告しているのはお伝えしましたでしょう? お嬢様から詳しく聞きたいとのことでした」

「お屋敷にいくんだよね……」

「ええ、旦那様はこちらにはいらっしゃいませんから」

「……私、一人で侯爵様とお話しするんだよね……」


 侯爵家に来てもう4年経つけど、侯爵様と二人で話したことはあまりない。なんだか避けられている気がするんだよね。

侯爵様が私のことをどう思っているかはよくわからないし、どんな人なのかも全然知らない。今まで過ごしてきた時間があまりにも少なすぎるから。

……侯爵様は嫌いじゃないけど、お屋敷のメイドさんたちは好きじゃないから、できれば会いたくない。

俯いて震えるしかできない私の頭に温かいものが置かれて、優しく撫でられる。顔をあげると、エメさんがとても優しく微笑みながら私の頭を撫でていた。


「僕も一緒に行っていいかなコリーさん」

「ええ、もちろん」

「いいの……?」

「だって僕のことを話すのだから本人がいた方がいいでしょう?」

「ありがとう、エメさん」

「では、さっそく行きましょうか。今はアンブロシア様も奥様もお茶会で不在だそうなので」


 コリーの声に、よしと気合を入れる。

……大丈夫、エメさんも一緒だし、侯爵様の部屋まではコリーも一緒だもん。怖くない、大丈夫。






「わぁ……離れも大きいと思っていたけど、お屋敷はもっと大きいんだね」


 森を抜けた先にある屋敷を見上げたエメさんは目を丸くする。侯爵様に会うからと、いつもの部屋着じゃなくて、きちんとした洋服を着たエメさんは特徴的な耳を隠すヘアセットにしている。

エルフという種族は人族と人族の多いアゴヤムを嫌い、深き森から出てくることはめったにないから伏せることにしたんだって。


「では、再確認です。エメさんの設定は?」

「私が保護した記憶喪失の旅人さん!」

「魔法が使えるのは体が覚えているから……これはそのままだねぇ」

「真実も混ぜる方が信ぴょう性が増しますからね。では、行きましょう」


 屋敷の中に一歩足を踏み入れると、使用人たちの視線が一斉に私たち……私に集まった。

その視線には悪意しか込められていなくて足が震える。


「見て、あの浅黒い肌……旦那様と似ても似つかない……」

「本当に大旦那様の血が流れているのかしら?」

「不吉な瞳……こっちを見ないで欲しいわ」

「混ざりモノがなんの用かしら」

「森から出ないで欲しいわ」

「獣と暮らすのがお似合いよねぇ?」

「いやだわ……獣のにおいが移っちゃう!」

「あの男性は誰?」

「とても美しい方……隣を歩いているのが混ざりモノじゃなければねぇ」


 ……ばっちり聞こえてるんだけどな。まあ、私に聞かせてるんだって知ってるけど……。

隠すことなく見下され、馬鹿にされ、笑われるのはいつもの事。


「……本当、主人によく似ていらっしゃる」

「コリー、私は大丈夫だから」


 見るからに額に青筋を浮かべるコリーを何とか宥める。でも、とても悲しくて恥ずかしくなってきちゃう。こんなところエメさんに見られたくなかったなぁ。

そんな私の手を杖を突いていない方の手でエメさんが握ってくれた。見上げたエメさんはいつもと変わらない穏やかな笑顔で私を見つめている。


「大丈夫だよ、僕がいるから」


 ね、と微笑むエメさんに不思議と体の奥から力が湧いてくる。ぎゅっとエメさんの手を握りなおして、侯爵様の執務室を目指した。

一つの扉の前でコリーは足を止めた。侯爵様の執務室のドアは豪華ではないけど、とても立派で威圧感がある。

息を大きく吸って、ドアをノックした。


「侯爵様、イーリスです」

「入りなさい」


 冷たい声がドア越しに聞こえる。そして、内側からドアが開かれてデスクの前に立つ侯爵様の姿が見えた。

氷のように冷たいグレーの瞳が私を捉えた。

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