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第9話。火蓋が切られる。

 作者メモ。


 第6話の前書きにて、「桓帝(劉志)の諱が忌避されるので、「志」の諱を持つ者は三国志では見た事がない」と記述致しましたが、読者様から「閻柔(えんじゅう)の弟で、魏の上谷太守の閻志(えんし)がいるよ」と教えて頂きました。


 確かに……。


 三国志ガチ勢恐るべし。

 大変勉強になりました。


 言い訳をさせて頂きますと、閻志(えんし)が名付けられた時点では、劉志(桓帝)は既に在位ではなかったので避諱の意味合いが薄れていたのだと思われます。

 厳密に避諱を適用すると、名前に使える漢字がドンドン少なくなってしまいますしね。


 *なお、史書などに記載される場合には、同年代に在位した皇帝や高貴な人物でなくても、諱を避諱して記載される事が良くあります。

 例えば、呉懿(蜀の車騎将軍)は、晋代史書では晋の初代皇帝司馬炎の祖父である司馬懿の諱を避諱して「呉壱」と記載されています。

 これは、文字としてずっと残るからなのでしょう。

 こういう全く説明なしに避諱により改名された人名が記載される事が頻繁にあるので、三国志は解読がややこしいのですよね……。


 いずれに致しまても、教えて下さった読者様、有難う御座います。

仙姫(せんき)様」

 外に出て状況確認をした左慈(さじ)が戻って来た。


元放(げんほう)左慈(さじ))。何があった?」


(しゅ)左中郎将(さちゅうろうしょう)殿(朱儁(しゅしゅん))の軍が北門より出撃しました」

 左慈(さじ)が報告する。


「……は?」


 少し前、潁川(えいせん)汝南(じょなん)方面に着陣した朱儁(しゅしゅん)は、波才(はさい)率いる黄巾の賊軍との会戦に負けて、長社(ちょうしゃ)に逃げ込んで来た。

 粗末な装備の民兵である黄巾の賊軍に対して負けるくらいだから、朱儁(しゅしゅん)の軍は弱い。

 切羽詰まって死を覚悟した黄巾の賊軍の士気が異様に高かったという理由もあるだろう。


 ま、同じ中郎将(ちゅうろうしょう)皇甫嵩(こうほすう)は、後漢末に頻発した反乱の討伐で、ほぼ常勝・不敗だったし、朱儁(しゅしゅん)が負けた波才(はさい)軍も冀州(きしゅう)方面の黄巾本隊も史実では皇甫嵩(こうほすう)が撃破するから、皇甫嵩(こうほすう)の方が朱儁(しゅしゅん)より優れている事は間違いない。

 ()()常勝・不敗という意味は、皇甫嵩(こうほすう)は局地戦で撤退する状況があっても、戦役においては最終的に必ず勝ったからだ。


 皇甫嵩(こうほすう)は、たぶん戦闘だけなら曹操(そうそう)呂布(りょふ)関羽(かんう)より強い、この時代最強の軍事司令官だろう。

 色々な三国志ゲームの皇甫嵩(こうほすう)のステータスは過小評価され過ぎていると思うよ。


 対して、史実の朱儁(しゅしゅん)は弱い。

 結構コロコロ負ける。

 それも致命的な負け方だ。


 謀略や罠にハマってとかではなく、同等以下の規模の敵軍と真正面からぶつかって力負けするから、軍事シンクタンク的な分析をするなら、そもそも朱儁(しゅしゅん)には指揮官としての適性がない。

 色々なゲームの朱儁(しゅしゅん)のステータスは過大評価され過ぎていると思う。


 唐代以前の中国史を代表する名将を(まつ)った武廟(ぶびょう)六十四将に、皇甫嵩(こうほすう)は選ばれているけれど、朱儁(しゅしゅん)は選ばれていないしね。


 それなのに、朱儁(しゅしゅん)は軍事畑で出世した。

 朱儁(しゅしゅん)は、彼より明らかに能力も実績も高い皇甫嵩(こうほすう)より高位に昇っている。


 漢には、俗に「四大将軍」と呼ばれる将軍号があり、大将軍(だいしょうぐん)驃騎(ひょうき)将軍・車騎(しゃき)将軍・(えい)将軍の4つだ。

 この4つには格があって、四大将軍最上位が大将軍(だいしょうぐん)、次が驃騎(ひょうき)将軍、その次が車騎(しゃき)将軍、最下位は(えい)将軍となる。

 もちろん、四大将軍より下位に沢山の雑号将軍があるから、序列4位の(えい)将軍になるだけでも凄い事なんだけれどね。


 因みに自衛隊の序列4位までの将官は、統合幕僚長と、陸・海・空の幕僚長だ。

 超偉い。


 現場の自衛官は、統合幕僚長の事を陰では小馬鹿にしたりするけれど、実際に統合幕僚長が目の前にいたら自衛官は全員直立不動だ。

 呼吸や瞬きするのも躊躇するくらい緊張して脇汗ビッショリになるだろう。


 統合幕僚長だと考えると、大将軍(だいしょうぐん)何進(かしん)って偉いんだね……。


 私が何進(かしん)と実際に会った時には、結構気安く話しちゃったし、元々何進(かしん)は肉屋のオッチャンだから、お願いしたら肉の上手な解体方法とかを親切に教えてくれて意気投合した。

 あの時の何進(かしん)は、まだ大将軍(だいしょうぐん)じゃなかったけれどね。


 塔里木(たりむ)帝国産の葡萄酒(ワイン)蒸留酒(ブランデー)を10樽贈ってあげたら喜んで、お礼に私の陣営で朝廷の官位・官職に就いていない荀攸(じゅんゆう)を始めとした私的な幕僚団と、関羽(かんう)以下の私兵団の幹部達に特任官(とくにんかん)の官位と官職を授けるように天子(皇帝)に上奏(じょうそう)してくれた。

 三国志や三国演義で何進(かしん)は馬鹿で悪い奴に描かれているし、ゲームのステータスは最低ランクだけれど、実際の何進(かしん)は存外に気さくで義理堅くて律儀な人なんだよ。


 だから、荀攸(じゅんゆう)関羽(かんう)達は、天子(皇帝)から直接任命された勅任官(ちょくにんかん)で偉い。

 日本の感覚なら閣下だ。


 何進(かしん)からの、この配慮は正直有り難かった。

 私的幕僚団と私兵団でも、荀攸(じゅんゆう)達や関羽(かんう)達は潁川(えいせん)内で公的な仕事もしているから、無位無官だと舐められて言う事を聞かない地元の有力者とかもいるしね。


 葡萄酒(ワイン)蒸留酒(ブランデー)を10樽……。


 賄賂?


 いや、違うし。

 単なる付け届けだし……。


 お礼で陣営の皆に官位・官職は貰っちゃったけれど……。


 あ、いや、潁川(えいせん)法は、現代法治概念の主流である「属地(ぞくち)主義」に立脚しているから、潁川(えいせん)の外で行われた事に潁川(えいせん)法は適用されない。

 私が何進(かしん)葡萄酒(ワイン)蒸留酒(ブランデー)を贈答して官位官職を貰った一連のやり取りは、潁川(えいせん)ではない雒陽(らくよう)洛陽(らくよう))の朝廷で行われた。

 つまり、私は潁川(えいせん)法を破ってはいない。


 くっ……この説明で法学的には100%正しいけれど、倫理的・道義的には多少苦しいか?

 私は、潁川(えいせん)法発布に際して、国民に潁川(えいせん)法の素晴らしさを大々的にアピールした張本人だからね。


 いや、実際問題、私がやった事は属地主義的に潁川(えいせん)法の適用外で、漢の法に照らせば完全に合法なんだよ。


 オホンッ……話を戻そう。


 四大将軍の内、皇甫嵩(こうほすう)は生前に車騎(しゃき)将軍に昇って、死後に驃騎(ひょうき)将軍を追号されている。

 一方で、朱儁(しゅしゅん)は生前に驃騎(ひょうき)将軍になった。


 つまり、朱儁(しゅしゅん)の方が上という評価になっている。

 何故かというと、皇甫嵩(こうほすう)が清廉潔白な聖人君子だったのに対して、朱儁(しゅしゅん)は世慣れしていて老獪な処世術を心得ていたからだ。


 皇甫嵩(こうほすう)は賄賂が嫌いで、宦官(かんがん)から要求された賄賂を拒否して、罷免されたり財産の大半を召し上げられたりしている。

 一方の朱儁(しゅしゅん)は、賄賂は貰うのも渡すのも得意だ。


 つまり、無能な朱儁(しゅしゅん)が、歴史的名将の皇甫嵩(こうほすう)より高位に出世した理由は、汚い政治力学なんだよ。

 バーナード・モントゴメリーやシャルル・ド・ゴールみたいにね。


 だから私は、皇甫嵩(こうほすう)とはお友達だけれど、朱儁(しゅしゅん)とは仕事以外で関わり合いになりたくない。

 端的に言えば、私は朱儁(しゅしゅん)が嫌いなんだよ。


 朱儁(しゅしゅん)は、1度黄巾賊の波才(はさい)軍に負けて、無様に敗走した。

 このまま手柄を挙げられなければ、朱儁(しゅしゅん)の立場は危うくなるだろう。


 この時代は、天子(皇帝)や朝廷から命じられた賊の討伐に失敗した将軍には、厳しい処分が科される。

 左遷や罷免ならマシな方で、相当な高位高官でも結構あっさり平民に落とされて財産没収とかは当たり前だし、下手をすると首を()ねられちゃうんだよ。


 既に1回負けている朱儁(しゅしゅん)は、是が非でも武功を立てて汚名を(そそ)がなくちゃならない。

 文字通り、命が懸っている。


 でも、そんな事は私の知ったこっちゃない。

 波才(はさい)に負けたのは、朱儁(しゅしゅん)の責任で、私の所為(せい)じゃないんだから。


 私は、既に無償の善意で朱儁(しゅしゅん)に大量の食料や物資を送ってあげたんだから、義理は果たしている。

 ま、無能な朱儁(しゅしゅん)は、その大量の補給品をソックリ波才(はさい)の軍に奪われちゃったけれどね。


 知己(ちき)があってお互いに信用がある皇甫嵩(こうほすう)とは違い、そもそも朱儁(しゅしゅん)は、初対面の時から私が胡人(こじん)(外国人)で、男尊女卑が当たり前の漢にあって分不相応にも女の癖に王に(ほう)ぜられた事もあり、何やら腹に含む所があるらしい。

 だから朱儁(しゅしゅん)は、私が厳命した「籠城して、防御に徹する」という作戦方針を無視して自分の保身の為に抜け馳けで出陣したんだろう。


 あのクソ馬鹿野郎……。


 現在、長社(ちょうしゃ)を包囲している黄巾軍の本陣は城外の東側にあり、指揮する波才(はさい)もそこにいる。

 連中は長社(ちょうしゃ)に設置してある銃火器の有効射程を知らないから、かなり近くに布陣しているけれど、ぶっちゃけ連中の本陣は長社(ちょうしゃ)のブローニングM2重機関銃( )(のコピー)やM2A1・105mm榴弾砲( )(のコピー)なんか有効射程にガッツリ入っているんだよ。


 だから、私がその気になれば波才(はさい)軍を破砕(はさい)(なんちゃって)する事なんか簡単だ。


 でも、私はそうしない。

 何故なら、私は現代(未来)兵器の使用には厳しい制限を設けているし、そもそも黄巾軍の末端の民兵や、黄巾軍に随行している彼らの家族の女・子供・老人・傷病人などの非戦闘員を殺傷する気がないからだ。


 私の目的は、最初から黄巾軍を潁川(えいせん)の領外に追い払う事。

 味方はもちろん、敵にも無用な死傷者を出すつもりはない。


 ま、潁川(えいせん)の外に逃げた黄巾の賊軍が後で如何(どう)なろうと、私には関係ないけれどね。


 それに、私は天帝(てんてい)現人神(あらひとがみ)だ。

 つまり神様だね。


 神様は、「こっち側の人間は守って、あっち側の人間は殺す」みたいな差別をしない。

 天子(皇帝)も奴婢(ぬひ)も等しく神の子だ。


 だから私は、漢にとっては賊軍だとしても、黄巾軍を、なるべくなら殺さない方針を採っている。

 もちろん、これも潁川(えいせん)の中だけでの話だ。


 ぶっちゃけ、他所(よそ)で起きる問題は知らん。


 私は、元自衛官だ。

 自衛隊は、外国の紛争には介入しない。


 国連平和維持活動中に起きた自衛隊への攻撃に対する自衛目的の実力行使は別。

 あれは、国際法上は治安維持活動や警察活動の範疇だからね。


 兎に角、私は出来るだけ黄巾の賊軍を殺さないと決めている。


 応竜(おうりゅう)は「甘い」と言うけれど関係ない。

 私は天帝(てんてい)現人神(あらひとがみ)だから、応竜(おうりゅう)など神の眷属は意見や反論はするけれど、最終的に私の命令には従う。


 だから、私のやりたいようにやらせてもらうよ。


 敵の本陣に向き合う長社(ちょうしゃ)の東門は私直属の親衛隊長である関羽(かんう)が守り、西門は親衛隊副隊長の項桓(こうかん)が守っている。

 今夜は戦闘をする気がなかったから2人は今この部屋に同席しているけれど、指揮官不在時には序列次席者が自動的に部隊を指揮するシステムが確立している私の私兵団は、関羽(かんう)項桓(こうかん)が現場にいなくても問題はない。


 そして、長社(ちょうしゃ)の北門を朱儁(しゅしゅん)の軍、南門を皇甫嵩(こうほすう)の軍が、それぞれ守備していた。


 長社(ちょうしゃ)は私の領地内だから、本当は部外者に防衛を任せたくはない。

 でも、天子(皇帝)直々に「黄巾討伐」の勅命を受けている朱儁(しゅしゅん)皇甫嵩(こうほすう)を完全に無視する訳にもいかないから、一応守備する担当を割り振ったんだけれど、それがいけなかった。


朱儁(しゅしゅん)が出撃した?何でそうなる?何度も門を堅く閉じて守りに徹するように言ったのに。朱儁(あいつ)は、馬鹿なのか?」


 私は、不死身で無敵の神様だから、実際に戈戟(かげき)を交えれば何百万人を相手にしたって絶対に勝つ。

 でも、大半は食い詰めて止むを得ず蜂起した民兵である黄巾の賊軍を、なるべくなら私は殺したくない。


 黄巾の賊軍は例外なく飢えているし、粗末な衣類で鎧なんか着ていない者ばかりで、軍中に家族の女・子供や老人や傷病人まで連れているんだから悲壮だ。

 確かに反乱は漢の法では犯罪かもしれないけれど、彼らを飢えさせた責任は漢の朝廷にある。


 天子(皇帝)?


 あの劉宏(りゅうこう)霊帝(れいてい))は、悪人ではないけれど無能だ。

 そして、そもそも彼は何の実権も持たない傀儡(かいらい)に過ぎないんだよ。


 漢の朝廷の実権は、天子(皇帝)の(きさき)の実家である外戚(がいせき)何進(かしん)とか)と、本来は天子(皇帝)や後宮の世話係である筈の宦官(かんがん)(去勢した男性)によって牛耳られている。


 私が塔里木(タリム)帝国から朝貢(ちょうこう)の品として天子(皇帝)に納めた大量の穀物(こくもつ)や宝石や物品の類い(たぐい)も、国庫から貧しい民衆に下賜されるなんて事はなく、ほぼ全て外戚(がいせき)宦官(かんがん)の懐の中に消えてしまった。


 あいつらはクズだ。


 何進(かしん)も同類。


 私は、何進(かしん)は割かし良い奴だと思うけれど、それは1対1の私的な関係だけの話だ。

 天下国家の話になれば、当然評価基準は変わる。


 兎に角、この後漢末の混乱を生み出した元凶で特に責任が重いのは、善人だけれど無能な天子(皇帝)と、権力を笠に着て好き放題やっている外戚(がいせき)宦官(かんがん)なんだよ。


 ま、宦官(かんがん)の中にも呂強(ろきょう)みたいな比較的良い宦官(かんがん)もいる。

 いや……いた。


 呂強(ろきょう)は黄巾の乱が発生した直後、私と皇甫嵩(こうほすう)が天子(皇帝)に「今すぐ党錮(とうこ)(きん)を解除するように」と直談判しに行った際、「民の為ならば喜んで……」と協力してくれた人なんだけれど、その後呂強(ろきょう)は悪い宦官(かんがん)達に排斥されて自殺してしまったんだよ。

 惜しい人を亡くした。


 あ、そんな話は今は如何(どう)でも良い。


 私は、徹底的に籠城しながら援軍を呼んで挟撃し、敵が戦局不利を悟って潁川(えいせん)から撤退する作戦を採っているんだよ。


 私の慈悲深い戦術を無駄にしやがって……。

 朱儁(しゅしゅん)、許すまじ。


左慈(さじ)。直ぐ飛んで行って朱儁(しゅしゅ)を引っ捕らえて来い。抵抗するなら、ギリギリ殺さない程度の攻撃も許可する」

 私は、左慈(さじ)に命じた。


 ブチ切れていたから、(あざな)を呼ぶ事も忘れていたよ。


「それが、この出撃は(しゅ)左中郎将(さちゅうろうしょう)殿(朱儁(しゅしゅん))が下令した訳ではなく、配下の(そん)軍司馬殿(孫堅(そんけん))が独断で兵を率いて撃って出たようです。(しゅ)左中郎将(さちゅうろうしょう)殿(朱儁(しゅしゅん))は、当初仙姫(せんき)様からの御命令に従って自軍の兵を制止されようとしていましたが、命令を聞かず門から出撃した(そん)軍司馬殿(孫堅(そんけん))に追従する自軍の兵を止める事が出来ず、事後追認する形で『突撃』を下令したようです」

 左慈(さじ)が説明する。


 は?

 孫堅(そんけん)


 あ……そういや、史実では黄巾の乱時点で孫堅(そんけん)朱儁(しゅしゅん)の指揮下にいたんだっけか……。


 三国志の3英雄の1人で、物語の三国演義では序盤の主人公といっても過言ではない孫堅(そんけん)

 ところが、この孫堅(そんけん)て奴は、英雄とは似ても似つかない粗暴で凶悪な性質なんだよ。


 孫堅(そんけん)の行動原理は、ある意味分かりやすい。


 取り敢えず、1発殴ってみてから後の対応を考える。

 自分が気に入らない奴は、取り敢えず殺す。


 現代なら、こんな奴は絶対に英雄とは呼ばれない。


 孫堅(そんけん)は、孫武(そんぶ)孫子(そんし))の子孫を自称しているけれど、たぶん嘘だろうね。

 だって、権謀術数を駆使して最も効率的に敵を破る事を企図し、そもそも出来る限り戦争を避ける事を論じた「孫子(そんし)の兵法」とは掛け離れた脳筋馬鹿だもん。


孫子(そんし)の兵法」を読んだ事があるのかさえ怪しい。


 そもそも何で孫堅(そんけん)が英雄視されているのか、私には全く理解出来ないんだよね。

 漢代は善悪の価値観が現代とは違うとしても、現代の価値観を持った現代人の中にも孫堅(そんけん)を英雄だと思っている人が結構いる。


 如何(どう)にも()せん。


 ま、孫堅(そんけん)に関しては直接会って話した事がないから評価を下すのは早いかもしれないけれど、私の「籠城」の厳命を無視して勝手に出撃しただけでも、孫堅(そんけん)の人間性の一端が垣間見える。


 朱儁(しゅしゅん)といい、孫堅(そんけん)といい、私の評価は「クズ」だ。


 私の予定を狂わせやがってマジでムカつく。

 これだから、私は頭が悪い脳筋が嫌いなんだよ。


 左慈(さじ)の報告によると命令を無視したのは孫堅(そんけん)らしいけれど、孫堅(そんけん)の突出を事後追認したんだから、朱儁(しゅしゅん)も命令不服従の同罪だ。

 そして朱儁(しゅしゅん)は、部下の監督責任も問われる。


 2人共、タダじゃおかないからね。


 脳筋馬鹿の孫堅(そんけん)と比べると、三国演義では完璧に悪役として描かれている曹操(そうそう)は、私が会って話した限り対応が丁寧で合理的な判断を下すマトモな人間だった。

 内心じゃ如何(どう)思っているのか分かったもんじゃないけれど、少なくとも私は曹操(そうそう)から直接的に何か被害を受けた事はない。

 むしろ、曹操(そうそう)からは色々と有益な情報を教えて貰ったり、様々な便宜を図って貰ったり利益を受けている。


 劉備(りゅうび)


 劉備(りゅうび)とは未だ会った事がないね。


 劉備(りゅうび)は、私が人格と見識と能力を認める盧植(ろしょく)の教え子なんだから悪い奴ではないと思うけれど、こればっかりは実際に会って話してみないと判断出来ない。

お読み頂き、ありがとうございます。

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本作は時代背景的に、人名や地名に非常用漢字が多用されており、文字化けが起きるかもしれません。


・・・


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