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第7話。森羅万象百科全書。

 作者メモ。


 三公(さんこう)


 三公(さんこう)とは、天子(皇帝)の直下に置かれた最高位の大臣職で、後漢では司徒(しと)太尉(たいい)司空(しくう)の3つの官が三公と呼ばれます。


 司徒(しと)は、農地・財貨・教育などを所管する大臣で、三公(さんこう)の長でもあります。

 農務大臣と財務大臣と文部大臣を兼ねるので、凄く偉いです。


 *司徒(しと)は前漢や曹操が実権を握ると丞相(じょうしょう)と呼ばれましたが、役割は変わりません。


 太尉(たいい)は、軍事を所管する大臣です。

 大将軍(だいしょうぐん)と職務が被りますが、基本的に大将軍(だいしょうぐん)は戦時だけに任命される臨時職で、平時は太尉(たいい)が全軍を統括します。

 大将軍(だいしょうぐん)太尉(たいい) が併置される場合は、大将軍(だいしょうぐん)が制服組のトップ参謀総長だとするなら、太尉(たいい)は背広組のトップ防衛大臣という役割分担になります。


 *太尉(たいい)は前漢では大司馬(だいしば)と呼ばれました。

 曹操政権での大司馬(だいしば)太尉(たいい)とは別に三公(さんこう)の上位に置かれました。


 司空(しくう)は、罪人の管理と、治水や土木工事を所管する大臣です。

 古代の公共工事は罪人を動員して行われる事が多かったからだそうです。


 *司空(しくう)は、漢代においても御史大夫(ぎょしたいふ)に置き換わる場合があります。

 御史大夫(ぎょしたいふ)は官僚の監察を行うとされています。

 司空(しくう)にも監察の役割があるのかは分かりません。

 ご存知の方は教えて下さい。


 また三公(さんこう)の上に相国(しょうこく)という官が置かれる場合があります。

 相国(しょうこく)は国家宰相で、総理大臣みたいなものです。

 しかし、漢では建国の功臣蕭何(しょうか)と彼を継いだ曹参(そうしん)以外に相国(しょうこく)になった者はいませんでした。

 つまり、2人の功臣の功績を重んじて永久欠番になったようなものです。

 その慣例を破って相国(しょうこく)になったのが董卓です。

三国(みくに)王。取りも直さず、この潁川(えいせん)の発展ぶりには目を見張りますな?是非領地経営の秘訣を御教示賜りたい」

 孔融(こうゆう)が言った。


「私は何もしていません。私の配下や民達の努力の賜物ですよ」


「いやいや、御謙遜を。朝廷から税の減免措置を受けているとはいえ、これだけの発展を短期間で成し遂げたのは、一重に三国(みくに)王の威徳でございましょう」


 ん?

 ちょっと待て。


 税の減免?

 そんなものは受けていないんだけれど?


(こう)大儒(たいじゅ)殿(孔融(こうゆう))。それは御見識が違います。潁川(えいせん)は、朝廷から税の減免措置など特別な待遇は受けてはおりません」

 荀爽(じゅんそう)が、孔融(こうゆう)の勘違いを訂正してくれた。


 そうだ。

 荀爽(じゅんそう)先生、もっと言ってやれ。


「何と!それは(まこと)ですか?」

 孔融(こうゆう)が鼻を膨らませて言う。


「はい。潁川(えいせん)は、他郡や以前と比較しても、多くの税を納めています」


「そんな馬鹿な……。あ、それは潁川(えいせん)の人口が増えているからでは?潁川(えいせん)は、他郡や他州からの流民を多数受け入れていると聞いておりますので……」

 孔融(こうゆう)は、多少引っ掛かる言い方をした。


 漢では、原則として一般市民が行政区分を越えて自由に引っ越したり移住する事は認められていない。

 市民が戸籍登録された土地から無許可で移住する事は違法だ。

 漢の税制は人頭税が基本になっているからね。


 人頭税施行下では「人口=税収」だから戸籍登録地で暮らしている市民が、勝手に他所に移ってしまうと当該地の税収が減るからだ。


 でも、今の後漢末は中央集権が乱れていて、地方の為政者達も腐敗していて好き勝手にやっているから、市民が逃げ出す事が多い。

 地方の為政者が国家(朝廷)の定めた正規の税率を超える本来なら違法な重税を課したり、農民から不当な手段で土地を取り上げたりするからだ。


 だから、そういう圧政に苦しむ市民は、止むを得ず戸籍登録地を捨てて棄民や流民になる。

 彼らは、少しでも生活がし易い土地に移ろうとする訳だ。

 これは、漢の法では違法行為になる。


 違法だろうが、市民達には関係ない。

 生活出来なければ餓死するだけなんだから。

 命が懸っているのだから、法律なんかに構っていられないんだよ。


 私が統治する潁川(えいせん)は、今の漢で市民が最も生活し易い土地だ。

 生産力が高い潁川(えいせん)は、市民が国家(朝廷)の定めた税を支払っても十分に生活して行ける収入が手元に残るし、それでも生活が苦しい市民には生活保護も支給されるからね。


 私の統治下にある市民には、餓死者なんか1人もいない。

 ま、こんな事は為政者にとって自慢にもならない最低限の役割なんだけれどさ。


 だから、潁川(えいせん)は他領からの移住者が殺到している。

 本来これは、朝廷からすると違法。


 でも、私は天子(皇帝)から「潁川(えいせん)の内治は、好きにして良い」という勅許を受けている。

 だから、潁川(えいせん)は「治外法権」が認められていて、漢の法律は適用されない。


 もちろん、これは私(潁川(えいせん))が漢の天子(皇帝)に敵対しない事を約束した誓約を遵守していて、漢が定めた税をキチンと納めているから認められている特別待遇だ。

 天子(皇帝)からすれば、国税は潁川(えいせん)で納められても、他所の土地で納められても、総額は変わらないからね。


 むしろ、現在の潁川(えいせん)は生産性が以前より爆上がりしているから、漢の税収総額は以前より増えている。

 だから、天子(皇帝)にとっては、生産性が低い土地から生産性が高い潁川(えいせん)に市民が移る方が国全体としての税収が上がって有難いのだ。


 但し、これは潁川(えいせん)以外の土地を収める為政者や豪族からすると、堪ったものではない。

 自分が管理する税収の源である人口が、潁川(えいせん)に奪われる形になるからだ。


 だから、他領で暮らしている孔融(こうゆう)は、潁川(えいせん)が大勢の移民を受け入れている事を多少批判的なニュアンスを込めて嫌味を言った訳。

 ま、そんな事は、碌な統治をしていない他所の連中から文句を言われる筋合いはないけれどね。


潁川(えいせん)では、平均納税自体が以前よりも大幅に増えています。だからこそ、天子(皇帝)も朝廷も、仙姫(せんき)様の封領を増やそうと提案しているのです」


 そうだよ。

 天子(皇帝)や朝廷は、私に対して「潁川(えいせん)だけでなく、豫州(よしゅう)全土を統治しないか?」と言って来ていた。

 そうすれば、天子(皇帝)や朝廷の取り分(税収)が増える事が期待出来るからね。

 今は、塔里木(たりむ)帝国に加えて潁川(えいせん)の開発だけで手一杯だから断っているけれどさ。


「税収が増える?一体如何(どう)やって?」

 孔融(こうゆう)は目を剥いて訊ねた。


 今(後漢末)の朝廷も地方役人も腐敗しているから、基本的に後漢末の民は限界目一杯の重税に苦しんでいる。

 つまり、孔融(こうゆう)は、「これ以上税収を増やす事なんか出来ない筈だ」と考えているのだ。

 そんな状態で潁川(えいせん)だけが税収を増やしている理由が分からないとしても無理はない。


 王允(おういん)皇甫嵩(こうほすう)も興味あり気に身を乗り出す。

 孔融(こうゆう)も、王允(おういん)皇甫嵩(こうほすう)も、地元には食邑(しょくゆう)(天子(皇帝)から与えられた土地)を持つ領地経営者だ。

 手取り早く領地の収入を増やす方法があるなら、是が非でも聞きたいに違いない。


「それは私が申し上げるより、仙姫(せんき)様ご本人に伺う方が宜しいでしょう」

 荀爽(じゅんそう)は、私に話を振る。


 孔融(こうゆう)王允(おういん)皇甫嵩(こうほすう)の注目が私に集まった。


「簡単な話ですよ。民を富ませれば税率は同じでも自然に納税額は増えます」


 これぞ経済……経世済民(けいせざいみん)(世を(おさ)め、民を(たす)く)の本来の意味だからね。


如何(どう)やって民を富ませるのですか?」

 孔融(こうゆう)が訊ねる。


「生産力を高めれば良いのです」


如何(どう)やって生産力を高めるのですか?」


「それを1から10まで説明していたら、朝が来てしまいます。それに私は特別な事は何もしていません。端的に説明するなら、塔里木(たりむ)帝国の女帝婉姈(えんれい)賢姫(けんき)嬋娟(せんけん))や匠姫(しょうき)潁川(えいせん)(しょう)である元方(げんほう)先生(陳紀(ちんき))を始めとする私の陣営の者達が、私の知識と技術を学んで、それを教え広め、民達が自分達の暮らしを良くする為に努力してくれたからです」


 私の現代(未来)知識の普及には、陣営の(せん)達が果たした役割が大きい。


 因みに、匠姫(しょうき)というのは玉蓉(ぎょくよう)という娘で、塔里木(たりむ)帝国の女帝婉姈(えんれい)の配(配偶者)である伐来(ばつらい)が妻の婉姈(えんれい)とは異なる女性(桔梗(ききょう))との間に(こさ)えた庶子(しょし)だ。


 庶子(しょし)とは、一般的に正妻の子供(嫡子(ちゃくし))でない子供を指す。

 但し、塔里木(たりむ)帝国は母権制なので、正妻とか側室とかの概念はない。

 塔里木(たりむ)帝国で云う嫡子(ちゃくし)庶子(しょし)の区別は、正式な婚姻関係に基づく夫婦の子供ではない、婚外子全般を指す。


 伐来(ばつらい)は、塔里木(たりむ)帝国の王族だから一夫多妻が認められているのか?


 いいや、塔里木(たりむ)帝国は一夫一妻制だ。


 そして、塔里木(たりむ)帝国の君主は婉姈(えんれい)だから、帝脈維持の為に婉姈(えんれい)が配(夫)を沢山持つのは理屈の上では有り得るとしても、配の伐来(ばつらい)が妻を複数持つのは認められない。

 塔里木(たりむ)帝国の女帝婉姈(えんれい)以外の女性と伐来(ばつらい)との間に子供が生まれても、その子は帝脈の血筋ではないから、伐来(ばつらい)が複数の妻を持つ意味がないからね。


 つまり、伐来(ばつらい)の野郎は、婉姈(えんれい)が妊娠中に他の女と不倫して、あまつさえ子供まで作った「女の敵」なんだよ。

 伐来(ばつらい)の浮気を知った婉姈(えんれい)はブチ切れていたからね。


 ま、今は伐来(ばつらい)の浮気相手の桔梗(ききょう)も娘の玉蓉(ぎょくよう)も、女帝婉姈(えんれい)から許されて、玉蓉(ぎょくよう)は正式に婉姈(えんれい)の養女となり王族の一員として認められているから問題ないんだけれど。


 伐来(ばつらい)


 あいつは許されていない。

 女の敵の伐来(ばつらい)は、婉姈(えんれい)から浮気した事を責められて、一生頭が上がらないだろう。

 良い気味だ。


三国(みくに)王の書籍?あの噂の『森羅万象百科全書』ですか?私は、慈明(じめい)殿(荀爽(じゅんそう))のお宅で『政治哲学の基礎』と『斯多亜(ストア)学派』なる本を拝見させて頂きました。他の『全書』があるなら、是非とも読ませて……いいえ、もしも可能ならば写させて頂く訳には参りませんか?お礼は致します」

 孔融(こうゆう)が言った。


「いちいち書き写さなくても、塔里木(たりむ)帝国には活版印刷機があるので、何千冊と同じ書籍がありますよ。お宅にお送りしましょうか?」


「かっぱん……?」


「あ、活版印刷とは、筆写を人の手ではなく機械で行う事ですよ」


「機械で?」

 孔融(こうゆう)は、キョトンとする。


 ま、実物を見た事がない孔融(こうゆう)などの漢の人達にとっては、活版印刷機が何なのか到底理解出来ないよね。

 因みに、漢代にも布織機や手動の脱穀機など「機械」というもの自体はある。

 但し、塔里木(たりむ)帝国の国営工場で稼働しているような「石油動力と電力による自動機械」なんか想像すら出来ないだろうけれど。


「印刷についてはともかく、書籍をお譲りする事は、婉姈(えんれい)元方(げんほう)先生(陳紀(ちんき))が『思想系の書籍は、私と友好的な人になら読ませても構わない』と言っていたので構いません。但し、余り他の方には見せないで下さいね。あくまでも私と友好的な方だけに特別に読ませるもので、一応私の持つ知識や技術は無軌道に拡散しない方針なのです」


 思想系の書籍は、塔里木(たりむ)帝国大学や塔里木(たりむ)帝国図書館、それから陽翟(ようてき)総合太学(たいがく)陽翟(ようてき)図書館には全巻揃っているし、一部は陳寔(ちんしょく)鄭玄(じょうげん)荀爽(じゅんそう)皇甫嵩(こうほすう)龐徳公(ほうとくこう)の家にもある。

 知識人層への時宜の付け届けや、ご機嫌伺いの贈答品として、書籍は何より喜ばれるからね。


 そもそも漢代の書物は、木簡(もくかん)竹簡(ちくかん)を糸で綴じて丸めた巻物で、現代(未来)や塔里木(たりむ)帝国にある紙を綴じた本というものがない。

 というか、漢代では一応紙はあるけれど、不純物が多くて汚くて脆い粗悪な物で、現代(未来)や塔里木(たりむ)帝国のような真っ白な洋紙など存在しないのだ。

 そして、当然ながら書物は全て手書きなので印刷された本などある筈もない。


 だから、私が配っている書籍は、漢の知識人達には素材の洋紙も含めて黄金にも勝る価値があるそうだ。


 ま、自然科学系や一部の社会科学系の書籍は、厳重に管理している。

牛頓(ニュートン)力学」を皮切りに物理学や化学や工学なんかの分野を系統的に読んで行けば、時間は掛かるだろうけれど近代兵器も生産出来ちゃうし、経済学や経営学や会計学の分野も私の陣営の経済優位性と競争力が希釈されるから、それらは私を裏切らない者にしか読ませない「禁書」扱いだ。


「もちろん。友好を結ばせて頂きますとも」

 孔融(こうゆう)は即座に言う。


「分かりました。一応各方面に許可を得なければいけませんが、(こう)大儒(たいじゅ)殿(孔融(こうゆう))なら問題ないでしょう。どのような分野の本を御所望でしょうか?」


「『森羅万象百科全書』の全てを……」


「全てだと重過ぎて(こう)大儒(たいじゅ)殿(孔融(こうゆう))のお宅の床板が抜けてしまいますよ。取り敢えず何冊か見繕ってお送りしましょう。それに書籍の題名と内容の概説が書かれた目録もお送りしますので、興味がある書籍があれば仰って下さればお送りしますし、購入も出来ます」


「買えるのですか?」


「はい。中には私が書籍を無償でお送りすると、喜ばれない方もいらっしゃるのですよ。何でも『高価な贈物に対する返礼が出来ず、購入ならば気兼ねがないから』と購入を望まれるようですね。『無料(ただ)より高いものはない』という事かもしれません」


「ははは、確かに気持ちは分かります。しかし、買うとなると、やはり高価なのでは?」


「申し訳ありません。私は漢の物品相場に(うと)いので書籍の販売価格を知りません。商売関係は陣営の者達に任せていますので、楊文明(ようぶんめい)商会で価格は分かりますよ」


「分かりました。後日問い合わせてみましょう」


 とはいえ、そんなに法外な金額ではない筈。

 私が書籍販売に際して「庶民でも買える価格設定にするように」と指示をしているからだ。

 塔里木(たりむ)帝国や潁川(えいせん)の国民は、既に漢の民より圧倒的に豊かだから金銭感覚が異なるけれど、金持ちの孔融(こうゆう)なら問題なく買えるだろう。


文挙(ぶんきょ)殿(孔融(こうゆう))。貴重な仙姫(せんき)様の本を読むという事は、何かの時には仙姫(せんき)様に協力して下さらないといけませんよ。我が(じゅん)家や皇甫(こうほ)家などは、それをお約束して仙姫(せんき)様の素晴らしい書籍を読ませて頂いているのですから」

 荀爽(じゅんそう)が釘を刺した。


 皇甫嵩(こうほすう)も頷く。


 あ、それは大事なポイントだね。


「なるほど……」

 孔融(こうゆう)は、真剣な顔で頷いた。


 ま、思想系の書籍を読んだ所で、別に私の脅威にはならないから無条件で読ませても構わないんだけれどね。

 一応、応竜(おうりゅう)婉姈(えんれい)元方(げんほう)先生(陳紀(ちんき))達から言われているから制約を付けている。

 書籍が私の味方を増やす武器として役に立つなら、遠慮なく使わせてもらうよ。


 因みに、王允(おういん)も私の書籍を読んでみたいと言うので、私と友好を結ぶという約束の元、幾つかの書籍と「森羅万象百科全書」の目録を送る事にした。


「もちろん、潁川(えいせん)が豊かな理由は仙姫(せんき)様が与えて下さる()()に依る所も大きいのですが、それだけではございません」

 私の秘書である司馬徽(しばき)が言う。


「ほう?というと?」

 皇甫嵩(こうほすう)が訊ねた。


潁川(えいせん)が発展している理由は、潁川(えいせん)では『法による統治』が徹底されている事に尽きます」


「『法による統治』?(くだん)の『贈収賄禁止法』や『男女機会均等法』など、所謂(いわゆる)潁川(えいせん)法』の事ですか?」


「はい」


「詳しく教えて頂きたい」


「それは、荀諝君(じゅんしょくん)様(荀爽(じゅんそう))の方が、私などより『潁川(えいせん)法』の法体系に詳しいです。何しろ、荀諝君(じゅんしょくん)様(荀爽(じゅんそう))は、仙姫(せんき)様から『潁川えいせん法』の起草を命じられ、陳神君(ちんしんくん)様(陳寔(ちんしょく))や、陳真君(ちんしんくん)様(陳紀(ちんき))や、 鄭礼君(じょうれいくん)様(鄭玄(じょうげん))や、荀令君(じゅんれいくん)殿(荀彧(じゅんいく))など錚々(そうそう)たる御歴々と御一緒に参画して『潁川(えいせん)法』を創案なさった委員会のお1人でございます。荀諝君(じゅんしょくん)様(荀爽(じゅんそう))を差し置いて、私などが『潁川(えいせん)法』の何たるかを御説明するなど、烏滸(おこ)がましい限りでございます」


「なるほど。では、荀諝君(じゅんしょくん)殿(荀爽(じゅんそう))、後学の為に是非ご教示下さらぬか?」


「『潁川(えいせん)法』を御説明するのに、私より相応しい者が丁度今この長社(ちょうしゃ)におります。彼は未だ15歳になったばかりの若年ながら、天下の俊英です。彼は、おそらく数年後には仙姫(せんき)様の陣営で指導的な立場になる事が間違いないでしょう。ですから、皆様も彼の顔と名前を覚えておいて損はありませんよ」

 荀爽(じゅんそう)は、面白そうに言う。


「そのような若者がいるのですか?」

 皇甫嵩(こうほすう)が訊ねた。


「はい。実は『潁川(えいせん)法』の起草は、大半はその若者が書きました。本来彼は、一介の書記として『潁川(えいせん)法』の創案作りの場に居合わせただけなのですが、私達の議論が難航する中、彼が次々と試案を出して話を取り纏めてしまったのです。恐るべき才知を見た気が致しました。彼は、とても面白い若者ですよ。折角ですから彼を連れて来て説明させましょう」

 荀爽(じゅんそう)は、愉快そうに笑いながら言う。


「ほほう。荀諝君(じゅんしょくん)殿(荀爽(じゅんそう))が面白がる程の逸材なら、是非一度会ってみたいですな」

 皇甫嵩(こうほすう)が言った。


 王允(おういん)孔融(こうゆう)も同意する。


 荀爽(じゅんそう)が言う若者とは、あいつの事だ……。


 私は、あの傲岸不遜な小僧が、漢の高官であり名士でもある王允(おういん)皇甫嵩(こうほすう)に対して失礼な態度を取らないか心配だよ。

 あいつの素行の悪さは、私や陳寔(ちんしょく)陳紀(ちんき)が何度も注意しても直らない。

 荀爽(じゅんそう)が言うように超が付く程の才能があるから、周囲の大人達から素行の悪さで誤解を受けないようにと口(うるさ)く注意しているんだけれど、本人は全く態度を改める気配がない。


 空気が読めない……いや、あれはワザと空気を読まないんだろうね。

 兎に角、生意気な小僧なんだよ。


 私ら陣営の皆は、あの子がヨチヨチ歩きの赤ちゃんの頃から良く知っているから、多少失礼な態度をされても、微笑ましく見てあげられるけれど、世間はそんなに甘くない。

 あいつは、いつか痛い目を見るよ。


 そうなって泣かないように、私や陳寔(ちんしょく)陳紀(ちんき)が説教しているんだけれどね……。


 ま、もしも、あの子が王允(おういん)皇甫嵩(こうほすう)に何か失礼な事を言って怒らせてしまった時は、彼をこの場に招いた荀爽(じゅんそう)に責任を押し付ければ良いか。


 私は、左慈(さじ)に命じて、その若者を呼びに行かせた。


「その面白い若者とは、どのような人物なのですか?」

 皇甫嵩(こうほすう)が訊ねた。


「かつて太尉(たいい)(三公の1席で国防大臣)をなさった(かく)公様(郭禧(かくき))の分家筋の者です」

 荀爽(じゅんそう)が答える。


(かく)公様……潁川(えいせん)(かく)家と言えば、代々廷尉(ていい)(司法と刑罰を司る九卿)や、その属官を数多く輩出する法家の家柄でしたな?」

 王允(おういん)が言った。


「おや、刺史(しし)殿は、ご存知でしたか?」


「うむ。(かく)公様には、朝廷で何度かお会いした事がある。公正で厳格な尊敬出来る立派な御方だ」


(くだん)の若者が『潁川(えいせん)法』の創案作りの場で書記を務めた経緯も、彼が法家の家柄だったからです」

 荀爽(じゅんそう)が説明する。


「なるほど」

お読み頂き、ありがとうございます。

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*本作の時代背景的に、人名や地名に非常用漢字が多用されており、文字化けがあるかもしれません。


・・・


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心より感謝申し上げます。

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ご意見ご質問などは、ご感想の方にお寄せ下さいませ。

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