第30話。家族の絆。
名前…塔洛斯
生年…148年
性別…男性
属性…武将
統率…B
知性…C
行政…C
軍事…A
霾沐の宿将で、赫斯塔の兄。
*元于闐の孤児で、霾沐と兄弟同然に養育された。
疫鬼に取り憑かれた病人は、亜爾班という人物だった。
霾沐の供の1人、塔洛斯と呼ばれた男性が亜爾班の家の戸を叩くと、中から若い女性が出て来る。
「兄上。こんな夜更に如何したのですか?」
女性は、怪訝そうに訊ねた。
そりゃ、そうだよね。
亜爾班に何か用があるとしても、常識がある者なら翌朝まで待つ時間帯だ。
でも、疫鬼に取り憑かれている亜爾班は衰弱しきっているから、翌朝まで命が保たないかもしれない。
事は急を要する。
そして、亜爾班の家から出て来た女性は、塔洛斯の妹なんだね。
彼女は、亜爾班の奥さんかな?
「赫斯塔。亜爾班に会わせて欲しい」
塔洛斯は、言った。
「こんな夜中に見舞いですか?」
「いや違う。亜爾班に会わせたい人がいる」
「呆れた……。夫は、意識がなくて誰かに会えるような容態ではありません。それは、兄上もご存知でしょう?」
塔洛斯の妹の赫斯塔は、抗議が込もった口調で言う。
やっぱり、赫斯塔は亜爾班の奥さんなんだね。
「今日来訪されたお客人が、亜爾班の病を治せるかもしれないのだ。殿も一緒に来ている。一刻を争うので、直ぐ亜爾班に会わせてくれ」
「えっ、お殿様が?……って、病気を治せると仰いましたか!?」
「そうだ」
「赫斯塔。悪いけど上がらせてもらうっすよ」
霾沐が言った。
「お殿様。これは一体何事なのですか?」
赫斯塔は、有無を言わせず家に押し入ろうとする霾沐の行動に驚いて訊ねる。
「説明は後っす。志織様、行きましょう」
霾沐は、私を促した。
「こんばんは。すみませんね、お邪魔します」
私は、恐縮しながら亜爾班の家に上がり込む。
私を先導してズカズカと他人の家の廊下を進む霾沐は、マップで表示された亜爾班が居る部屋に迷う事なく到着して戸を開けた。
霾沐は、以前に亜爾班を見舞に来た事があるのかもしれない。
部屋の中には、亜爾班が寝かされている。
私は、パラフィン・オイル・ランプを亜爾班の枕元に置いてを部屋を照らした。
病床の亜爾班は酷く痩せ細り、生気が失せた青白い肌の色をして眠っている。
いや、意識不明の昏睡状態と言った方が適切かもしれない。
そして、亜爾班の口の中から、ニョロニョロとした細長い何かが出ている。
疫鬼だ。
「こんにゃろっ!」
私は、素早く疫鬼を捕まえる。
「うわっ!志織様。それは一体何すか?」
霾沐が驚愕した。
「きゃ〜っ!」
ドタッ。
霾沐と私の後を追い掛け来た赫斯塔が、夫(亜爾班)の口からニョロニョロと伸びた謎の生物(?)を見て、叫んで失神する。
「赫斯塔」
塔洛斯が、床に倒れた妹の赫斯塔を救護した。
今まで人間には見えていなかった疫鬼の異形の姿が、私が接触した事で見えるようになったからね。
確かに疫鬼は、吸盤がないタコの脚みたいで気持ちが悪い。
でも、今の私は霾沐の質問に答えたり、卒倒した赫斯塔に構っている余裕はないんだよ。
「応竜。捕まえたよ。この後は如何すりゃ良い?」
私は、訊ねた。
『捕まえたら、そのまま引き剥がして下さい』
応竜が思念で答える。
「引き剥がすったって、取り憑かれた人の魂魄が傷付いたら命が危ないんじゃないの?」
『疫鬼の体だけを捕まえられたなら、力任せに引き剥がしても大丈夫です』
「オッケー。そりゃ〜っ!」
私は、疫鬼を引っ張った。
ズルズルズルーーッ……ゲボッ。
疫鬼の全身が亜爾班の口から引っこ抜ける。
うわ〜、何だよ、こいつ。
如何やら私が捕まえたタコ脚は、疫鬼の尻尾だったらしい。
引き抜いて現れた疫鬼の頭部は丸く膨らみ、ギョロリとした大きな眼球が1つと無数の歯が生えた口がある。
疫鬼のテクスチャーは吸盤がないタコみたいだけれど、全体のフォルムは1つ目の巨大なオタマジャクシみたいだ。
端的に言うなら、気持ち悪いね。
疫鬼は「鬼」と云うけれど、日本の昔話に出て来るような頭に角が生えた人型の怪物ではない。
中国語で「鬼」は、日本語の「霊」に比定されている。
つまり、中国の「鬼」は、「神」の概念と対にになり、亡霊や幽霊など死者の魂や、目に見えない形而上学的な存在や、人間が抱く死への恐れや、自然への畏れなどを表徴していた。
「このっ!」
グチャッ!
私は、ウネウネと動く疫鬼の頭を叩き潰した。
すると、ステータス画面の神力表示が0から10になる。
良し。
討伐完了だね。
「志織様。その悍ましい化け物が亜爾班の体を蝕んでいた病の元凶なんすか?」
霾沐が改めて訊ねた。
「うん。疫鬼といって、人に取り憑いて病気を起こす妖魔だよ。あ、消滅するね……」
私の手にぶら下がっている疫鬼の死体は、早くも蒸発し始めている。
翼狼を倒した時は、蒸発して完全に消えるまでに数分掛かったけれど、疫鬼はあっという間に消えてしまった。
消える速度の違いは、翼狼と疫鬼の大きさの問題か、あるいは位階差の問題かもしれない。
「では、もう亜爾班の病は治るんすか?」
「う〜ん。病原の疫鬼を取り除いたから、亜爾班の病状がこれ以上悪化する事はないと思うけれど、衰弱が酷いから一応『回復(天位)』も掛けておこう」
私は、たった今獲得した神力を1単位消費して亜爾班を治療する。
すると、亜爾班のダメージは一瞬で回復し、青白かった肌に血色が戻った。
でも、ガリガリの体は、そのままだね。
これは、何かしら栄養を摂取しなければ元に戻らないのかもしれない。
私のストレージ内にある食料は、北関の満月亭で貰った焼き立ての無発酵パンだけだ。
病み上がりの人に食べさせるには、このパンは些かパサパサで消化が悪そうだよね。
亜爾班の病気は完全に治療したから、消化器官も健康な人と同様に問題なく機能する筈だけれど、眠っている人の口に無理矢理パンを押し込む訳にはいかない。
窒息する。
取り敢えず、私はストレージ内で石英ガラスの水差しを生成し、その中に水を入れて取り出して、亜爾班に少しずつ飲ませた。
「患者(亜爾班)に栄養を摂らせる為に何か流動食的なものを食べさせたいんだけれど……奥さんは倒れちゃっているからな〜」
亜爾班の奥さんの赫斯塔は気を失っていて、兄の塔洛斯に看護されている。
「我が家から誰か寄越します。阿利瑠に事情を伝えて、女手を何人か呼んで来てくれっす。それから、ここの台所は狭いから、うちで何か粥のようなものを作らせて、こちらに運んでくれっす」
霾沐は、供の1人に指示を出した。
「はっ」
供の1人は、了解して素早く退室して行った。
霾沐は、見た目はヘラヘラしたチャラい兄ちゃんなんだけれど、的確な判断やテキパキと指示を飛ばす様子は、なるほど領主って感じなんだね。
人は、見掛けで判断しちゃいけない。
・・・
未明。
「志織様。ありがとうございました」
目を覚ましてオートミール状の流動食を食べながら霾沐から状況説明を受けた亜爾班が私に礼を言う。
亜爾班は、体調が悪くなった最近は殆ど食事を受け付けなくなっていたので、余程空腹だったのか凄い勢いで流動食を完食して何度もお代わりをした。
私は、亜爾班の体内を「鑑定(天位)」で診察しているけれど、如何やら彼の消化器官は「回復(天位)」で完全な状態に戻ったらしく機能に問題はない。
食欲旺盛な亜爾班が「粥じゃなくて、肉が食べたい」と言うので、今霾沐の家では、大急ぎで肉料理が準備されている。
亜爾班の家にも調理をする竈はあるのだけれど、霾沐の家の方が調理設備が整っているし、食材も豊富だからだ。
死の淵から生還した領民の為に、霾沐が気を利かせたんだよ。
「本当に、ありがとうございます」
赫斯塔も私に礼を言った。
赫斯塔は、ずっと泣いている。
もちろん嬉し泣きだ。
赫斯塔は、内心では「もう夫(亜爾班)は助からない」と覚悟していたらしい。
そして亜爾班の病気の原因が分からないので、赫斯塔は「もしかしたら亜爾班の病気が感染して、自分も死ぬかもしれない」という不安もあったそうだ。
実際、霾沐と阿利瑠夫妻や、赫斯塔の兄の塔洛斯が頻繁に見舞いに来たり、霾沐の家の使用人達が世話や看病をしに来る以外に、亜爾班家を訪れる客はいなかったのだとか。
病気が感染する事を恐れたからだ。
医学が未発達の古代なら、そう思うのも無理はない。
いや、亜爾班の病は疫鬼が原因だったのだから、もはや医学すら関係ないんだけれどね。
霾沐の家と、亜爾班の家を大勢が行き来して多少騒ぎになったから、様子を見に伐来もやって来たんだけれど、亜爾班の家が手狭だったから事情を説明させて伐来には屯所に戻ってもらった。
こういう時に男手は邪魔で、女手の方が役に立つ。
別に男女差別なんかじゃない。
普段から食事を作ったり片付けをしたり子育てをしたり、あれこれ家事をしている女性の方が、病人の看病やら何やらでは役に立つのだ。
普段家の外で働いている男は、着替え1着、スプーン1本探すのでさえ仕舞われている場所が分からないし、湯を沸かしたり食事を作るのも不慣れで要領が悪いからね。
現代(未来)日本の感覚では、そもそも「男が外で働いて、女が家事をする」という役割分担自体が、前時代的で男女差別的かもしれないけれど、古代は実情としてそういうシステムになっているのだから致し方ない。
ま、私が作る予定の新国家では、男女問わず能力主義で仕事を割り振るよ。
能力次第で女将軍や専業主夫なんかが増えるかもしれない。
実際問題、私がこっちに転移して以来、最強の人間は女性の晶華さんだからね。
霾沐の家から料理がケータリングされ、亜爾班は1kgはあろうかという焼肉をペロリと平らげた後、眠ってしまった。
「志織様。亜爾班の病を治して下さった事、俺からも礼を言うっす。ありがとうございました」
霾沐が、床に手を付いて頭を下げる。
霾沐は、相変わらずチャラい口調ではあるけれど、礼をする彼の表情は真剣で丁寧な所作だった。
霾沐の礼が格好だけでなく、真摯なものだと分かる。
「私の目的は、さっきの疫鬼みたいな混沌の勢力を駆逐する事だから、亜爾班の病気を治したのは、ついでみたいなもんなんだよ。だから、気にしなくて良いよ」
「そうだとしても、亜爾班の命を救って下さった事には違いないっす。この南緑洲で俺の配下として働いている官吏や将の多くは、元来は父上(蒼梵)の家臣なんす。彼らは、俺の命令と父上(蒼梵)の命令が食い違えば、父上(蒼梵)の命令に従うでしょう。でも、この亜爾班と塔洛斯は、最初から俺の直臣なんす。そもそも亜爾班と塔洛斯と赫斯塔は、父上(蒼梵)が屋敷に引き取って育てた孤児なんす。父上(蒼梵)は、屋敷に引き取った大勢の孤児の中から見所がある子供を選んで、将来俺の側近にする為に子供の頃から教育したんす。いずれ、俺が父上の跡を継いで北関一帯の領地を相続した時には、塔洛斯が軍務の宿将で、亜爾班は政務の宰領となる予定なんす。そして、俺と亜爾班と塔洛斯と赫斯塔は、お互い子供の頃から一緒に育った兄弟みたいなもんなんすよ。だから……」
霾沐は、涙を流していた。
塔洛斯と赫斯塔も泣いている。
なるほど。
霾沐と亜爾班と塔洛斯と赫斯塔には、単なる君臣関係を超えた家族の絆があるんだね。
そして、霾沐の父親の蒼梵も立派な人物みたいだ。
大勢の孤児を自宅に引き取って、実子と一緒に養育するなんて中々出来る事じゃない。
私も、新国家を樹立したら為政者の在るべき姿勢としてお手本にしたいね。
・・・
私と霾沐と塔洛斯は、赫斯塔と亜爾班を看護する女性達を亜爾班宅に残して、霾沐の家に移動した。
伐来と牙無流と焚、それから楊文明一家も揃って私達は遅い朝食を食べる。
亜爾班の治療やら何やらの騒ぎで、私達の朝食が済んでいなかった。
朝食の食卓で、私は今後の方針を話し合う。
亜爾班の件で、私達の当初予定がキャンセルされたからね。
本来の予定では、私達は未明には南緑洲を出発して于闐に向かっている筈だった。
「私は、亜爾班の容態の経過観察の為に、しばらく南緑洲に残るから、伐来と焚達だけで先に于闐に向かってくれて構わないよ。于闐で保護されている鄯善の姫と会って善後策を相談する用事は、なるべく急いだ方が良い案件だからね。徒歩移動をする楊文明達の隊商を南緑洲に置いて伐来と焚達の騎兵だけで行軍すれば、今から出発しても行程は巻けるでしょう?」
「そうですね。それが最善かもしれません。そうさせて頂きましょう」
伐来が了解する。
病の元凶の疫鬼を排除して完治したとはいえ、亜爾班の病み上がりの体調は心配だ。
亜爾班は、碌に食事も摂れず長く病床に伏せっていたからガリガリに痩せて筋力なんかも大分衰えている。
そういう人は、概して抵抗力が弱くなっているからね。
ま、私の「回復(天位)」は、人智を超えた神の力だから、免疫系も完璧に機能しているのかもしれないけれど……。
私の神の力の影響は別にしても、そもそも古代は医療が未発達だし衛生状態が良くないから、健康な人でも感染症や食中毒なんかでポックリという可能性がある。
私が治療した亜爾班が急変して死んだりしたら、私の信用に関わるからね。
私が亜爾班の近くに居れば、万が一何かあっても、即死じゃない限り「回復(天位)」で1発蘇生が出来る。
「霾沐殿、1つ頼みがあります。俺の兵は、一時こちら(南緑洲)に置いておき、俺が于闐で用事を片付けて戻るまでお預かり頂けないでしょうか?俺達は、今はまだ一応鄯善の所属ですから、兵を率いて于闐に入城すると余計な警戒をされるでしょう。もちろん、兵達には行儀良くするように厳命しますし、滞在中の経費は後でお支払いしますので、お願い出来ませんか?」
焚が言った。
「分かったっす。責任を持って、お預かりするっす」
霾沐は、快諾する。
取り敢えず、予定変更はこれで良し。
お読み頂き、ありがとうございます。
もしも宜しければ、いいね、ご感想、ご評価、レビュー、ブックマークをお願い致します。
・・・
【お願い】
誤字報告をして下さる皆様、いつもありがとうございます。
心より感謝申し上げます。
誤字報告には、訂正箇所以外のご説明ご意見などは書き込まないようお願い致します。
ご意見ご質問などは、ご感想の方にお寄せ下さいませ。
何卒よろしくお願い申し上げます。
 




