第29話。疫鬼。
名前…阿利瑠
生年…155
性別…女性
属性…管家
統率…C
知性…B
行政…C
軍事…B
伐来の妹で、霾沐の妻。
「ご馳走様。美味しかったよ。どうもありがとう」
私は、霾沐に夕食の礼を言う。
楊文明と晶華さんも礼を言った。
「お口に合ったなら良かったっす」
南緑洲の若い領主である霾沐が言う。
ま、現代(未来)日本の食料事情と比較したらあれだけれど、古代の砂漠地帯で食べられる食事だと考えれば贅沢な事は言えない。
実際の所、霾沐の家の食事は、満月亭の食事には及ばないものの、北緑洲の烏魯克の家や、伐来達の携帯糧食よりは豪勢で味も良かった。
でも、烏魯克家の食事も、彼らにとっては精一杯のもてなしだったのだから悪く言うつもりはない。
北緑洲と南緑洲では、そもそも生活水準からして違うのだ。
北緑洲の名主である烏魯克の家には使用人がいなかったけれど、霾沐の家には大勢の使用人が働いている。
一応、霾沐は于闐の王族に連なる人間だからね。
そして、霾沐の家の食料備蓄に余裕があるからか、今日は伐来と牙無流も夕食に同席していた。
「……それで、私達が志織様に付いて于闐から出奔する話なんだが……」
伐来が霾沐に言う。
「それは、義兄さん(伐来)達の好きにしたら良いっすよ。義兄さん(伐来)達西羌族の立場は、正確には于闐の臣民ではなく金で雇われた傭兵なんだから、西羌族が于闐を出て行きたければ、それを止める権限は王陛下にはないっすから」
霾沐は、言った。
「安国王との約定は、それで良いが……蒼梵様や迦槃様から受けたご恩を返せていないのがな……」
「それも気にする必要はないっすよ。父上(蒼梵)も母上(迦槃)も、見返りを期待して義兄さん(伐来)達西羌族を庇護した訳じゃないと思うっす」
「うむ。だが、それが余計に心苦しいのだ……」
ま、伐来の気持ちは分かるよ。
タダより高いものはない。
無償の善意で受けた恩てやつが、一番人間の心を縛るものだからね。
「『関係ない』って言うと薄情かもしれないっすけど、実際うちの両親と義兄さん達西羌族の問題だから、この件に関して俺は何かを言う立場ではないっす。俺としては、阿利瑠もいるから義兄さんとの姻戚関係は続く訳だし、義兄さん達西羌族が于闐から出奔するとしても、いきなり敵対するとは思わないから、その辺りは心配していないっす。でも、義兄さん達だけでなく、鄯善側の西羌族(焚の氏族)までも糾合してしまった志織様が一体何者なのかって事には、個人的に興味があるっす」
霾沐は、一瞬鋭い視線を私に向けた。
「それは……」
伐来は、口籠る。
私は、霾沐に「神様」だと名乗るのは時期尚早だと考えていた。
伐来や焚や烏魯克達は、自発的に私に付き従う事を望んだから私の正体を明かしたけれど、霾沐はそうではない。
霾沐は、傍流とはいえ于闐の王族の血筋で于闐に対する帰属意識があるだろうからね。
少なくとも霾沐は、現時点では伐来達と友好的だ。
敵対していないなら現在の相互関係に問題はない。
夕食後、私は楊文明一家を霾沐の家に残して屋外に移動し、村の空き地に石英ガラス・ハウスを出して就寝する。
・・・
『主上』
応竜が思念で呼び掛けて来た。
『ん……もう、朝?』
『いえ、夜半過ぎです』
『なら何?』
『村の中を詳細に偵察した所、妖魔を見付けました』
釈羅や応竜達のような神の陣営は、地球生態系の哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・魚類に似ている混沌の勢力の事を魔獣と呼ぶ。
地球生態系の昆虫や節足動物やミミズや芋虫や毛虫など、日本人が一括りに「虫」と呼ぶようなタイプと、それから地球生態系の動物とは似ても似つかない類の混沌の勢力は妖魔と呼ばれるのだとか。
そして、地球生態系の人間のような姿形をした混沌の勢力は、怪異と呼ばれる。
今日の日中、北関から南緑洲に移動する道すがら見付けた混沌の勢力は、全て下位の魔獣と妖魔だった。
下位の魔獣や妖魔は脆弱だけれど、概して機敏で捕まえたり討伐するのが難しい。
神力や霊力を消費して行使する遠隔攻撃が使えれば劇的に捕獲や討伐が楽になるみたいなんだけれど、今の私は神力が0だから遠隔攻撃は使えないからね。
下位の魔獣や妖魔の中にも、動きが遅い種類も居るらしいんだけれど、動きが遅い下位の魔獣や妖魔は、直ぐに中位以上の魔獣や妖魔に見付かって喰われてしまうのだとか。
混沌の勢力は、日常的にお互いを殺し合い喰い合うのだ。
応竜によると、神の陣営に属す神獣や瑞獣や霊獣が、混沌の勢力に属す魔獣や妖魔や怪異を殺したついでに食う事は良くあるみたいだけれど、神の陣営に属する神獣や瑞獣や霊獣がお互いに殺し合ったり食い合ったりする事は原則としてないらしい。
原則と言う場合には必ず例外があるから、神の陣営同士で殺し合ったり食い合ったりする事も少しはあるのだ。
何度も繰り返されている世界線の幾つかでは、神の陣営同士が2つないし、3つ以上に分裂して戦った事もあるらしい。
有名な事例では、項羽と劉邦による楚漢戦争もその1つなのだとか。
因みに、応竜は、前回の世界線(私が知っている歴史)では、項羽側に付いて戦ったけれど負けたんだって。
応竜は、「我は最強の神獣ですが、劉邦側に三皇の内女媧と神農の2柱や神獣の多数が味方したので、多勢に無勢で惜敗しました。我の予測では、項籍(項羽の本名。羽は字)を勝たせていれば、前回の世界線は滅びを回避出来たと思いますけれどね」と負け惜しみを言っていたよ。
北関や、この南緑洲には、周囲を含めて下位の魔獣や妖魔が結構ウロチョロしている。
混沌の勢力は、瘴気(人間の負の感情)から生まれるので、ある程度の人口密度がある場所ならスポーンしてもおかしくはない。
人口密集地でスポーンした混沌の勢力が徐々に移動して周囲に拡がるので、人口密度と魔獣や妖魔や怪異の密度は比例する。
でも、私と応竜は、下位の魔獣や妖魔は基本的に人間に害が少なく、討伐が面倒な割に見返りが少なくて美味しい獲物ではないので放置していた。
『も〜、寝ている時に下位の妖魔の事なんか、いちいち報告しなくて良いよ。そんな事は、私もマップで気付いているんだからさ〜』
私は、眠っている所を起こされて意味がない報告をされた事に抗議する。
『いいえ。見付けたのは、中位妖魔の疫鬼です』
応竜が言った。
マジか。
中位なら話が変わって来る。
下位の魔獣や妖魔は討伐報酬が1単位だから、討伐の大変さを考えると割に合わない。
でも、位階が高ければ、討伐報酬も多くなるからね。
『中位の妖魔って倒すと神力幾らになるんだっけ?』
『10単位です』
そうだった。
応竜に教えてもらった設定によると……。
下位の魔獣や妖魔の討伐報酬は1神力。
中位の魔獣や妖魔の討伐報酬は10神力。
上位の魔獣や妖魔の討伐報酬は100神力。
災厄級の魔獣や妖魔の討伐報酬は1000神力。
『でもさ、牙鼠とかみたいにチョコマカ逃げ回るんじゃないの?』
『疫鬼は動きが鈍い妖魔です。また人間に取り憑き病を発生させる事を目的として行動しますので、基本的に人口密集地から離れません。比較的、討伐し易い妖魔です』
『なら、応竜が討伐しといて、私は寝ているよ』
『主上の御命令とあらば、そう致します。しかし、人間に取り憑いている魔獣や妖魔を我が討伐すると、取り憑かれている人間の魂魄が傷付いて死ぬ可能性もありますが宜しいですか?』
『宜しくないね。私が、その疫鬼を討伐すれば、取り憑かれている人は死なないの?』
『取り憑かれている人間の魂魄を傷付けないように疫鬼を引き剥がしてから討伐すれば大丈夫です。我の体は、主上と比較すれば大きいので、その分だけ細かな作業が苦手です』
『そういう事情なら致し方ないね。分かった、私が討伐するよ。……よっこらしょ』
私は、鋼鉄扉を取り外して石英ガラス・ハウスから外に出た。
え〜っと、疫鬼は……?
私は、マップを拡大して南緑洲一帯を調べる。
『応竜。疫鬼なんか居ないんだけれど?』
南緑洲には、お馴染みになった牙鼠や魔蟲などの下位の魔獣や妖魔は結構な数が見付かったけれど、疫鬼という妖魔は見当たらない。
『人間などに取り憑いた混沌の勢力は、見付け難いのです。鑑定を発動したまま瘴気の濃い場所を辿ってみて下さい。対象に近付けば見付けられます』
応竜が言った。
なるほど。
だから、マップに疫鬼が表示されていないのか。
え〜っと、どれどれ。
瘴気の濃い場所、瘴気の濃い場所……。
あ〜、瘴気の濃度は何となく分かるね。
私は、移動しながら南緑洲で一際瘴気が濃い1軒の民家に当たりを付けた。
おっ、居たね。
「鑑定(天位)」を使いながらマップを見ると、この家の中にいる人間の光点反応と重なって疫鬼が表示されている。
疫鬼が取り憑いている人間は、今にも死にそうじゃんか……。
私は、疫鬼が居る家にマップでピンを打ってから、一旦引き返して霾沐の家に急いだ。
見知らぬ他人の私が、こんな夜中に突然他所様の民家を訪ねても、その家の人達に不審がられるだけだろう。
事情を説明しても、「疫鬼が人間に取り憑いて……」なんて話は荒唐無稽だから、家に上げてくれっこない。
ここは、南緑洲の領主である霾沐に間に入ってもらった方が話が早いからね。
・・・
「霾沐〜。志織だけれど、とても大事な話があるんだけれどさ〜」
私は、霾沐の家の門前から大きな声で呼び掛けた。
夜中に近所迷惑だけれど、緊急時だから致し方ない。
疫鬼に取り憑かれていた人は、相当に衰弱していた。
あの様子だと、患者は長く保ちそうもない。
しばらく待っていると、霾沐の家の使用人らしき人がやって来て、門扉を開けて中に案内してくれる。
私が戸口で待っていると、寝間着に上着を羽織った霾沐が数人の供を連れて現れた。
供の人達は、皆刀を携えている。
夜中の訪問者だから用心の為だろうね。
「こんな夜更に如何したんすか?」
霾沐は、言った。
「起こしちゃって悪いね」
「いえ。何やら急を要する話だという事っすから、構いませんが……」
「向こうの家に今にも死にそうな重病人が居るでしょ?若い男性」
私は、当て推量で大体の方向を指差して言う。
「え〜っと……」
霾沐が眉間にシワを寄せて考えた。
「殿様。方角的に亜爾班の事では……」
供の1人が言う。
「ああ、亜爾班か。確かに、重病の男がいるっすね」
「私なら、その病気を治せるよ。だから、霾沐に、あの家の人に事情を話して欲しいんだよ。私が突然訪ねて行っても不審に思われるだろうからね」
夕食の時に、私が伐来や焚達の怪我を治した話や盗賊を倒した話が出た。
霾沐達には、私の正体を「仙」という事にしている。
「仙だから強くて、色々と不思議な術も使える」という設定だ。
「盟約(天位)」によって私を絶対に裏切らない伐来や焚達や楊文明一家と違って、私を裏切る可能性がある霾沐には、私の正体を明かさない方が良いという判断をしている。
「なるほど、分かりました。案内するっす」
霾沐は、寝間着姿のまま歩き出した。
「亜爾班の家への遣いなら私が参ります」
供の1人が霾沐に言う。
「いや。志織様の『奇跡の療術』というやつを、自分の目で見てみたいっすから、俺も行くっす」
「私は仙だ」という話の中で、私が伐来や焚の兵士や馬を「回復(天位)」で治療した事も霾沐に伝えていた。
でも、今は私の神力が0だから伐来達を治療した「回復(天位)」は使えない。
ま、普通の人間には、疫鬼に取り憑かれた患者を治療出来ないのだから、私がこれからやる行為は霾沐の目から見れば「奇跡の療術」と呼んで差し支えない事だろう。
私達は、霾沐の家からゾロゾロと歩き出した。
「松明を持って参ります」
供の1人が言う。
あ、私は夜目が利くけれど、霾沐達は普通の人間だったね。
「必要ないよ」
私はストレージからパラフィン・オイル・ランプを取り出して、火を灯した。
火は、実唯紗に頼んで燃えている薪を大量に貰ってある。
私のストレージ内は時間が止まるから、火は消えずに燃えたまま収納されるんだよ。
おかげで私は、火種には事欠かない。
「明るい!あのランプっすか?」
霾沐が言った。
「うん」
夕食の時、霾沐に、私の「収納(天位)」をデモンストレーションしたり、パラフィン・オイル・ランプも見せている。
夕食のお礼に、私はパラフィン・オイル・ランプ3個とパラフィン・オイル3缶(一斗缶3個)を霾沐に渡した。
「しかし、頂いたランプとは、光の明るさが違うような……。屋外だから、そう見えるだけっすか?」
霾沐が訊ねる。
「光の指向性を高める為に、ランプのガラス・カバーの半面に鏡面加工した金属の反射板を取り付けたんだよ。これは、ランプというかライトだね」
「良く分かりませんが、それは凄い灯火っすね?光を一方向に集めて明るさを強めて飛ばせるとは……」
「鏡を取り付けて反射板にしただけだから、霾沐にあげたランプでも同じ事が出来るよ」
「鏡が貴重なんすよ。鏡は于闐の王宮にも僅かしかないっす」
なるほど。
古代にも鏡はあったけれど、貴重品だ。
「なら、あげる。鏡なら幾らでも作れるからね」
私は、ランプ取り付け用の反射鏡を3つ霾沐に渡す。
「ありがとうございます」
そうこうする内、私達は疫鬼が取り憑いている亜爾班なる人物の家に到着した。
お読み頂き、ありがとうございます。
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誤字報告をして下さる皆様、いつもありがとうございます。
心より感謝申し上げます。
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