第28話。南緑洲。
名前…霾沐
生年…150年
性別…男性
属性…官僚
統率…C
知性…A
行政…B
軍事…C
南緑洲の領主。
北関を発って以来、ここ数日見慣れた砂漠の風景が少し変化した。
干上がったホータン川の様子は変わりないけれど、護岸には植物が点在している。
乾季なので植物は白っ茶気て色褪せているけれど、それでも枯れずに生きていた。
生命感が感じられて、何となくホッとする。
「ん?文明。そう言えば、護衛の人達は?」
私は、訊ねた。
昨日、楊文明達の隊商に随行していた護衛達の姿がない。
「于闐までの護衛は伐来殿達がして下さるとの事ですので、私が雇った護衛達は昨日約束していた給金の全額を支払って解散したのです。護衛の者達も契約通りの給金が貰えて予定より早く仕事が終わったので喜んでいました」
楊文明が答える。
あっそう。
ま、私には関係ない事だから、如何でも良いけれどね。
それにしても長閑だね〜。
私達は、楊文明達の隊商の歩調に併せてゆっくり進んでいた。
もちろん、楊文明達の荷物は私が収納で運んでいるから、隊商の歩くスピードは大分速い。
話は変わるけれど、私は閃いた事がある。
俗に「宝石自乗の法則」というものがあるらしい。
「宝石自乗の法則」とは、宝石は重さが2倍になると価値は4倍、重さが3倍になると価値は9倍、重さが4倍になると価値は16倍になるというもの。
基本的に宝石は、金属とは違って小さな物を鋳潰して1纏にする事が出来ないので、大きな宝石程希少価値がある為だ。
つまり、1単位の重さの于闐玉10個の価値は10単位でしかないけれど、その10個が1つに纏ると価値は100単位になる。
宝石は、1つに纏まると価値が自乗になるのだ。
私のストレージ内生成なら、沢山の小さな于闐玉を1つの大きな于闐玉に出来る。
実唯紗からパラフィン蝋燭の対価として貰った于闐玉2個の価値は、2万銭(200万円〜1千万円)。
盗賊討伐で貰った沢山の小さな于闐玉2個の価値は、合計で4万銭(400万円〜2千万円)。
私は、現在5万銭(500万円〜2500万円)分の于闐玉を持っている。
これを1つの大きな于闐玉に纏めると、あら不思議。
何と25万銭(2500万円〜1億2500万円)の価値がある1つの于闐玉になった。
ぐふふっ、ボロい商売だね。
「文明。これを見てごらん」
私は、楊文明に言った。
「何と!これは于闐玉。こんな巨大なものは見た事がありませんぞ。これは何処で手に入れたのですか?」
楊文明が驚嘆する。
「実唯紗から貰ったのと、賊討伐の報酬で貰ったのを1個に纏めたんだよ。これで価値が爆上がりする」
「志織様の神の御力ですか?」
「そう。如何?凄いっしょ?」
「凄過ぎますぞ!あ、あの……妻(晶華)が賊討伐で頂いた于闐玉も、志織様の御力で大きくして頂く訳には参りませんでしょうか……」
「分かってる。皆まで言うな。そのつもりがなきゃ、文明に、こんなボロい資産形成方法を話す訳がないでしょうが。もはや、私と文明は、金儲けに関しては一連托生なんだからね。ぐふふ」
「そうでございますね。ぐへへ」
私は、晶華さんが賊討伐の報酬として受け取った沢山の小さな于闐玉も、1つの大きな于闐玉に纏めた。
これで原資は同じだけれど、価値は4万銭(400万円〜2000万円)から、16万銭(1600万円〜8000万円)に跳ね上がる。
因みに、楊文明の家の家計は、楊文明と晶華さんで別財布になっているから、この于闐玉は晶華さんの財産だ。
漢の常識では、こういうふうに夫婦の財産を別々にする家族は少ないらしい。
家父長制が強い漢では、女性は自分の財産を持てないそうだ。
そういう意味で、奥さんの財産を奥さんに管理させている楊文明は、漢では非常識だけれど先進的で公正な考え方の持主だろう。
私は、楊文明の、こういう所を素直に好ましく思うよ。
「志織様は、自由自在に物の形を変えられるのでしょうか?」
楊文明が訊ねた。
「金属とか鉱物とか、ある程度均質な物質なら出来るよ。試してみたけれど、木材とか植物とか肉とかは無理っぽい」
「では、于闐玉なら可能なのですね?」
「うん」
「例えば、于闐玉を細く伸ばしたり、薄くしたり、精密な加工も出来ますか?」
「出来るよ。ほれ……」
私は、自分の于闐玉を応竜の形にして見せる。
「おお〜、素晴らしい!これは龍ですか?」
楊文明は驚いた。
「あ〜、文明達は、応竜を見た事がなかったね?」
「応竜とは?」
「応竜は、私の眷属の神獣だよ。今は文明の隊商の人達がいるから見せられないけれど、後で紹介するよ」
「神獣?その応竜殿を、伐来殿達は御存知なのですか?」
「うん。伐来と焚達には紹介してある」
「ならば問題ありません。隊商の者達は、当家に古くから仕えてくれている家人達で信用出来る者達ですので」
「なら問題ないかな。一応、私から注意事項を説明したいんだけれど?」
「畏まりました。皆の者、志織様から御話があるので傾聴しなさい」
楊文明は、大きな声で言う。
一同は、私を見た。
「『今から見聞きする事を口外しない』と約束して欲しい。了解なら、手を挙げて」
私は、言う。
一同は、挙手した。
全員分の盟約が記録される。
良し。
「うちの応竜は顔が怖いから、赤ちゃんが泣くかもしれないけれど……」
「はい。大丈夫です」
晶華さんが赤ちゃんの顔を隠した。
「ほれ、こいつが応竜だよ」
私は、応竜の髭に触れる。
「ななな、何とっ!」
楊文明は、唖然とした。
晶華さん達、他の初対面のメンバー達も戦慄する。
「楊璞、徐昌。我は、我が主上たる志織様の第一の眷属にして、最高位の神獣……応竜である。以後宜しく頼む」
応竜は、荘厳な声で名乗った。
「は、はい。こちらこそ宜しくお願い申します」
「宜しくお願い申し上げます」
楊文明と晶華さんは言う。
私は、応竜の髭を離した。
「という訳で、応竜は、姿が見えない時も大概は私の頭上を飛んでいるから」
「なるほど……」
「で、さっきの話の続きだけれど、何か言いたい事があったんじゃないの?」
「あ、はい。応竜様を模った于闐玉は、元の球体の于闐玉より価値が上がります」
楊文明は、言う。
ん?
鑑定……えっ?
ぶっふぉ……1千万銭(10億円〜50億円)!
マジか!?
「文明。この于闐玉製の応竜の像は、1千万銭の価値があるって鑑定されんだけれど?」
「当然です。宝石は、大きければ大きい程希少価値が高まります。応竜様の長い御体を模った像は、通常ならばその長さ分の直径を持った巨大な于闐玉から彫り出す必要があります。つまり、彫り出される前の原石の巨大さが容易に想像出来るので、掘り出す時に排除された端材の分の価値までを加味した価値が付きます。また、志織様の御作りになった応竜様の像は、とても素晴らしい。細い髭や鱗の1枚1枚までも精密に造形された見事な作で、威厳と躍動感に満ちた応竜様の御姿も相まって価値が跳ね上がりますからね。もしも、その像を天子(皇帝)に献上すれば、褒美に1万戸の食邑(住民付きの領地)を下賜されたとしても、私は驚きません」
「お〜、確かに!文明、あんた存外に賢いじゃん」
「いえいえ。こんなものは、所詮下賤な商売人の浅知恵でございますよ」
楊文明は、謙遜した。
『ふむ。楊璞め、やはり商機に聡いな。主上の配下にして間違いなかった』
応竜が思念で呟く。
「いいや。文明、大したもんだよ。同じリソースで利益を最大化するのが商人の腕の見せ所だからね。私は、文明に、そういう事を期待しているんだよ」
「ありがとうございます」
「待てよ……て、事は、端材みたいな価値が低い小さな于闐玉を掻き集めて纏めて精巧に加工して売り、その対価を価値が低い小さな于闐玉沢山で受け取り……という事を延々と繰り返せば、簡単且つ永遠に儲け続けられるよね?」
「仰る通りですな」
「文明。これは凄いスキームだよ。あんたは偉い」
「いえいえ。それは宝石を自在に加工出来る志織様の素晴らしい神の御力があればこそです。ですが、手始めに于闐に到着したら、于闐王に応竜様の像を売り付けてみましょう」
「そうだね。例えば、その対価を、重量で応竜像の10倍になる価値が低い大量の于闐玉で貰う。すると……10兆銭(1千兆円〜5千兆円)!」
「まあ、そこまで高額に成り過ぎると買い手が付かなくなりますが、10倍量の小さな于闐玉で売れたら、同じ像を10個作って別々の顧客に売る……という手法でも十分な利幅が確保出来ます」
「あ〜そうか。ま、いずれにしても、濡れ手で粟だよ
「はい。途轍もない富を生むでしょうな?それに希少な于闐玉である必要はありません。志織様が、砂漠の砂から御造りになられた水晶像も素晴らしいものです。あちらなら無尽蔵に作れるので、より商材としては旨味が強いかもしれませんぞ」
「そうだね。文明、其方も悪よのう。ぐふふふ……」
「志織様こそ。ぐへへへ……」
「まったく、もう。志織様も旦那様も、凄く悪い顔をなさっていますよ」
晶華さんが呆れた。
伐来や焚達は、こちらを見ていないけれど、小さく肩が震えている。
あんの野郎共、笑っていやがるな……。
何をするにも、元手は掛かる。
お金は、大事なんだよ。
・・・
夜半になって、私達は今日の目的地である南緑洲に到着した。
オアシス然としていた北緑洲と異なり、南緑洲は立派な村だ。
村が立派というのも何だかおかしいけれど、この不毛な砂漠地帯で、田畑があって自給自足で持続可能な生活が出来るというだけで十分に立派と言える。
北緑洲は、細々と家畜を飼ってはいたけれど、穀物などを北関や于闐やその他の場所から運び込まなければ、営みを維持出来ていなかった。
北緑洲は、于闐にとって生産拠点というより軍事拠点としての意味合いが強いのだろう。
伐来が門番に挨拶して、私達は南緑洲に入った。
伐来は、副官の牙無流に言って馬を繋ぎに行かせる。
「志織様、楊殿。ここ南緑洲には宿がありません」
伐来が申し訳なさそうに言う。
「ないもんは仕方がないよ」
「もう野営にも慣れましたので大丈夫です」
私と楊文明は言った。
晶華さんも頷く。
「いえ。志織様は、ここの領主の家に御宿泊頂きます。但し、領主の家に客間は1つしかないので、申し訳ありませんが楊殿のご家族まで受け入れる事は出来ません」
伐来は説明した。
なるほど。
北緑洲で、私が烏魯克の家にホーム・ステイさせてもらった時と同じ状況だね。
あの時は楊文明一家はいなかった。
ん?
領主?
北緑洲の代表である烏魯克の肩書は、名主だった。
もしかしたら、北緑洲は比較的規模が小さいオアシス集落だから名主で、南緑洲は比較的規模が大きな村だから領主なのかもしれない。
北緑洲は、小さなオアシス集落だから領主なんかになっても産業がなくて税なんか取れないだろう。
多分そういう事なんだろうね。
「手狭なら、私は石英ガラス・ハウスでも構わないよ。赤ちゃんがいる晶華さんを優先してあげて」
私は、言う。
「滅相もない。志織様を優先なさって下さい」
晶華さんが遠慮した。
「いいや。私が滅相もあるんだよ。如何なる時でも妊婦さんが最優先。次が赤ちゃん連れのお母さん。その次が小さな子供の順だよ」
「しかし……」
「良いから、良いから。私は、何処かそこいら辺の空き地に石英ガラス・ハウスを出して寝るよ」
「畏まりました。では、今夜領主の家には楊殿ご一家に泊まって頂きましょう。ただ領主に志織様を御紹介致します。先方は夕食を準備して待っている筈ですので」
伐来が言う。
今日は、赤ちゃん連れの楊文明達隊商が居て行程が押したので、伐来は早馬を出して南緑洲に伝令を向かわせていた。
その時に伐来は、南緑洲の領主という人に私達の夕食の準備をお願いしたのだろう。
・・・
私と伐来、そして楊文明一家は、領主の家に向かった。
「ども。霾沐っす。宜しくお願いします」
南緑洲の領主である霾沐は挨拶する。
何だか軽薄そうな青年だね。
自動翻訳だから実際の言葉遣いは分からないけれど、ヘラヘラしているのは一目瞭然だ。
そして霾沐は領主という割に相当若い。
鑑定すると、未だ数えで21歳。
大学生みたいなもんだね。
「阿利瑠です」
女の子が挨拶をした。
阿利瑠は、霾沐より、もっと若い。
鑑定すると数えで16歳。
霾沐の妹かな?
「三国志織です。如何ぞ宜しく」
私達は、挨拶を交わした。
「阿利瑠は、私の妹です」
伐来が言う。
「ん?伐来の妹?」
「はい。先日、霾沐殿の所に輿入れしました」
「なるほど」
古代人は早婚だからね。
「殿だなんて嫌だな〜、義兄さん。堅苦しいのは止めましょうよ。昔は馬や弓の扱い方や狩のやり方を教えてくれた間柄じゃないですか」
霾沐は、言った。
「昔は昔、今は今。立場が違う。もう、霾沐殿は領主なのだから節度は弁えなくてはならん」
「相変わらず、堅いな〜」
私達は、霾沐の家のリビングに案内される。
「霾沐は、その歳で領主って凄いね?」
私は、霾沐に訊ねた。
「いや〜。親の七光りです。俺は、何も凄くないんすよ」
霾沐は、苦笑いする。
「親?」
「志織様。霾沐殿のお父上の蒼梵様は、前の于闐王の王弟で、現于闐の宰相。北関の領主様でもいらっしゃいます」
「へえ〜」
前王の弟って事は、現王の叔父さんだ。
つまり、公爵とかに相当する立場なんだろう。
ザックリ言うなら偉い人だ。
「蒼梵様の奥方様は、迦槃様という御方なのですが、迦槃様が羌族のご出身なのです。私達西羌族とは血縁が遠いのですが、迦槃様が羌族なので、蒼梵様も私達西羌族に目を掛けて下さり、大変お世話になっております」
伐来が説明する。
「ふ〜ん」
伐来が言うには、于闐では異民族の伐来達西羌族に対する差別感情がある中、于闐の王族の1人でもある蒼梵という宰相が、羌族の姫を娶っていたので、蒼梵の庇護で伐来達は何とか于闐で暮らせているらしい。
「蒼梵て人は、立派なんだね」
私は、素朴な感想を言った。
「仰る通りです」
伐来が肯定する。
「へへっ。ありがとうございます」
霾沐は、父親を褒められて満更でもない様子だ。
現在の于闐の王は安国って人なんだけれど、本来なら安国は庶子(側室の子供)で王位継承権を持たなかったらしい。
でも、王弟の蒼梵が利発だった安国を強く推したおかげで、安国は嫡子(正室の子供)達を押し退けて皇太子になれた。
前王が逝去した際に、前王の嫡子(正室の子供)達が王位を奪おうとして挙兵した際にも、蒼梵は安国の側に付いて戦っている。
その王位継承権争いで、蒼梵の妻(迦槃)の実家である羌族が、安国や蒼梵に味方して戦い勝利に貢献したので、安国は于闐王になれた訳だ。
だから、安国は蒼梵と迦槃には頭が上がらないし、羌族にも借りがある。
それが、羌族の1氏族である西羌族の伐来達が于闐に受け入れられる土壌にもなったらしい。
お読み頂き、ありがとうございます。
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誤字報告をして下さる皆様、いつもありがとうございます。
心より感謝申し上げます。
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