第26話。楊文明の覚悟。
名前…実唯紗
生年…150年
性別…女性
属性…商家
統率…B
知性…B
行政…B
軍事…C
北関の宿屋「満月亭」の若き女主人。
私は、応竜から言われて楊文明こと楊璞と、晶華さんこと徐昌を味方にする事にした。
2人は、釈羅が何度もやり直した世界線で神の眷属になった事がある人間らしい。
「楊文明、晶華さん。私は、このランプやランプ燃料の他にも色々と便利で珍しい物が作れる。2人の覚悟によっては、その販売を一任しても構わないんだけれど、如何する?」
「本当ですか!それは素晴らしい!」
楊文明は、無邪気に喜んだ。
「その覚悟とは?」
晶華さんが警戒感を見せる。
楊文明の単純さと、晶華さんの危機管理能力。
これが、この夫婦の役割分担なんだろうね。
「まず、私を絶対に裏切らないと約束して欲しい」
「もちろんですとも。志織様が作る品物の販売を私にお任せ頂けるなら、商人の矜持に懸けて絶対に裏切りません。商売で最も大切な事は、信用でございますので」
楊文明が言った。
楊文明との「盟約」が記録される。
「私が作る物は、有用で貴重で、多分莫大な富を生む。だから、権力者や競合相手は、当然私が作る物を欲しがる。場合によっては、強引で乱暴な方法で奪おうとするかもしれない。極端な話、命を狙われたり、赤ちゃんを誘拐されて人質に取られたりする可能性もない訳じゃない。私が作る製品を売る者には、そういう危険がある事を2人は覚悟出来る?」
「命を狙われる……」
楊文明は、ようやくリスクに気付いたらしい。
「それは……」
晶華さんは、楊文明と赤ちゃんを見た。
「ま、無理にとは言わないよ。もちろん私は、そういう危険がないように気を付けるけれど、実際問題あらゆる危険を完全に排除する事は不可能だからね」
「昌(晶華)……」
楊文明が晶華さんの方を向いて言う。
「はい」
晶華さんも楊文明の方を向いた。
「正直に言えば、私はこの商機を逃したくはない。だが、それで昌(晶華)や息子に危険が及ぶのは本意ではない」
楊文明は、険しい顔で言う。
「旦那様。私は、全て旦那様にお任せしますわ。旦那様と一緒に歩むのが私の幸せですもの」
晶華さんは、言った。
「昌(晶華)。良いのか?」
「はい。私は、何処までも旦那様に付いて参ります。その覚悟がなければ、生まれたばかりの赤児を連れて、遥々西域にまで行商に来たりはしませんわ」
そう言えば、それは気になっていたんだよね。
漢から見ると辺境の西域は、漢人夫婦が生まれたばかりの乳飲み子を連れて来るような場所じゃない。
単純に遠くて旅は大変だし、砂漠の環境は過酷で盗賊も出るから危険がいっぱいだ。
「昌(晶華)。ありがとう」
「旦那様」
楊文明と晶華さんは、今にもチューしそうな勢いでイチャイチャし始めた。
はは〜ん。
如何やら、この夫婦は晶華さんの方が楊文明にベタ惚れしているみたいだね。
見た目は凡庸で、何度も詐欺に引っ掛かり商人としても頼りない楊文明に対して、美人で途轍もない剣の達人の晶華さんがデレているのは不思議だけれど、「蓼食う虫も好き好き」(苦い蓼の実ばかりを好んで食べる虫がいるように、人の好みもそれぞれ)という言葉もある。
「昌(晶華)……」
「旦那様……」
楊文明と晶華さんは、見つめ合って目を潤ませていた。
リア充、爆ぜろ!
「オッホンッ……で、如何する?」
私は、話を本筋に戻す。
「あ、はい。覚悟が出来ました。今天下は乱れていて一寸先が闇なのは、どんな立場でも同じ事です。まして私達のような庶民は、権力者の気分次第でいつ理不尽な目に遭うかもしれません。ならば、一度きりの人生ですから、やりたい事をやってみようと思います。是非、志織様が作る品物を当家で取り扱わせて下さいませ」
楊文明は、決然として言った。
「晶華さんも、それで良いね?」
「はい。旦那様に付いて参ります」
晶華さんも頷く。
2人と「盟約」が結ばれた。
「分かった。今後、私が作る製品の卸先と販売総代理店は、楊文明商会に任せる。私を儲けさせてくんなきゃ困るよ」
「ありがとうございます。精一杯相勤めます」
楊文明が言う。
「楊文明商会?それは当家の屋号ですか?」
晶華さんが訊ねた。
「あ、雰囲気で適当に言っただけだよ。気にしないで」
「いや。その屋号を名乗らせて頂きましょう。『楊文明商会』。とても良い屋号です」
楊文明は、笑う。
こうして、「楊文明商会」が私の現代(未来)知識と技術を用いた物品販売の総代理店に決まった。
「それから、私は神だから。この事は他言無用で宜しく」
私は、2人に素性をバラす。
2人は、「私を裏切らない」という盟約が結ばれているから、機密を教えても問題ない。
「なるほど、志織様は神なのですね……」
楊文明は、頷いた。
「「か、神!?」」
楊文明と晶華さんの驚きの声が重なる。
「そう。だから、色々と貴重な物が作れるんだよ……こんなふうにね」
私は、ストレージ内生成で石英ガラス製の楊文明と、赤ちゃんを抱いた晶華さんの姿をトレースした30cm大の像を作って見せた。
「何と!何処から出したのですか?」
楊文明が驚く。
「神の能力だよ。私の能力についても他言無用で宜しく」
「……なるほど」
楊文明は、納得した。
「神だから……」と言えば、面倒な説明を省けるから楽で良い。
「私達家族の姿ですね?それに、これは水晶ではありませんか?」
晶華さんが訊ねる。
水晶?
あ〜、石英と水晶って基本的には同じものだったね。
「水晶って漢では高く売れるの?」
「もちろんです。漢では、一般に玉の方が価値があると言われていますが、水晶も宝石として好まれます。それも、こんなに大きくて精巧な作りの像であれば価値は計り知れません」
楊文明が説明する。
漢でも水晶が美しくて価値がある宝石だという認識があるそうだ。
晶華さんの名前も水晶の「晶」の字が使われているからね。
「そうなんだ。そんなので良ければ、幾らでも作れるから、売りたければ売っても良いよ」
石英は、私が自動収納しているタクラマカン砂漠の砂の主成分だ。
私のストレージの中には、水晶で都市が造れるくらい膨大な量の石英ストックがある。
「売ったりなど致しません。神たる志織様が私達の為に御作り下さったのですから」
楊文明は、ブンブンと首を振った。
晶華さんも頷く。
「ま、兎に角、私は大概の物は作れる。それを私の代わりに売るのが楊文明商会の役割だよ」
「畏まりました」
楊文明は、表情を引き締めて頷いた。
「それから、ついでに教えておくけれど、今日見せて貰った、あの『御名御璽の鑑札』って奴ね……」
「あ、はい。この『御名御璽の鑑札』が何か?」
楊文明は、首に掛けた革紐を手繰って「御名御璽の鑑札」を取り出して言う。
「それ偽物だよ」
私は、残酷な現実を突き付けた。
「へ?」
楊文明は、ポカ〜ンという表情をする。
そもそも、楊文明達が漢から遠路遥々于闐までやって来た理由は、于闐玉を買い付ける為だ。
でも、于闐玉は漢と于闐の国家同士の朝貢貿易の取扱品で、楊文明みたいな一般人が買い付けられる物ではない。
楊文明は、「漢の天子(皇帝)から『于闐玉を買い付けても良い』と特別に認められた」という「御名御璽の鑑札」なる木札を誰かから買ったらしい。
それは偽物で、楊文明に「御名御璽の鑑札」なる木札を売り付けた奴は、詐欺師だった訳だ。
「それは真っ赤な偽物。そんな何の価値もない木札を見せたところで、于闐王は于闐玉を売ってくれたりしない。それどころか、そんな偽物を于闐王の所に持って行ったら、『私を騙そうとする不届き者』と言われて捕まって処罰されるかもしれない」
「な、何とっ!私は、この『御名御璽の鑑札』を手に入れる為に、身代全てを売り払って、多額の借金までしたというのに……」
楊文明は、首に吊るした「御名御璽の鑑札」を握って激しく落胆する。
お気の毒様だね。
「志織様は、それが分かっていらしたから、夫を新都市国家建設の話に御誘い下さったのですか?」
晶華さんが訊ねた。
「ま、そういう事だね」
「旦那様。気落ちする必要はありません。物は考えようですわ。この偽物の『御名御璽の鑑札』のおかげで、私達は遠路遥々西域まで旅をして、志織様に御会いして神の御力で作られた素晴らしい品物を卸し売り出来る天運に恵まれました。これは、きっと天命だったのですよ」
晶華さんが楊文明を慰める。
「お〜、確かにその通りだな。これは天命に違いない。それに、志織様が御作りになる品物を販売出来れば、身代など直ぐに取り返せる。いや、それ以上に莫大な利益が見込めるだろう。こんな偽物の鑑札などに気落ちする必要などないな。わははは……」
楊文明は、笑う。
楊文明の立ち直りの早さは、ある意味凄いね。
前向きというか楽天家というか、馬鹿というか……。
「いや、少しは気にした方が良いよ。また、同じような詐欺の手口で騙されるかもしれないからね」
私は、一応釘を刺しておいた。
「そうですね……反省致します」
楊文明は、神妙な顔で頷く。
何はともあれ、楊文明と晶華さんが私の陣営に加わった。
今後楊文明一家は、私に付いて回って一緒に行動する事になる。
もう漢には、楊文明達が帰る家も店も何もないから、さっぱりした気分らしい。
いずれ、私は漢に行く予定だから、その時には彼らも案内役として一緒に漢に付いて来てもらう予定だ。
・・・
程なくして料理が運ばれて来る。
満月亭の料理は、一見して豪華だ。
私が知っている料理の中では、トルコ料理やインド料理に近い。
何かのタレに漬けて焼かれた串焼きの肉が数種類と、野菜を擦り潰したようなドロっとしたスープと、トルティーヤのような無発酵パン。
無発酵パンは、北緑洲で食べたような素朴なものとは異なり、外側がパリパリで味がある。
たぶん、塩と動物脂肪やバターみたいな何かが使われているんだろうね。
実唯紗から「無発酵パンで、串から外した肉やドロっとした野菜スープを挟んで食べる」と食べ方を教えてもらった。
美味しい。
ちゃんと塩味や旨味があるし、肉も血生臭さなどは皆無。
この粘度がある野菜スープは、辛くないカレー的なものかもしれない。
そして、赤い飲料。
アルコール度数は低いけれど、これはワインだ。
北関や于闐では、葡萄を栽培しているのかな?
もしかしたら、輸入品かもしれない。
正直言って、古代の食事を舐めていた。
この味なら、現代(未来)人の私にも問題なく食べられる。
「ご馳走様。美味しかったよ」
私は、実唯紗に言った。
「ありがとうございます」
実唯紗が食後のデザートを給仕しながら言う。
デザートと言われて期待したんだけれど、出て来たのは、砂棗という果実を乾燥させたドライ・フルーツだった。
見た目はデーツ(棗椰子)のドライ・フルーツに良く似ているけれど、味は違う。
これはこれで不味くはないけれど、デザートと言われて一瞬ケーキとかを想像しちゃったから、「これじゃない感」があるね。
そもそも私は、干し柿とか干しぶどうとかドライ・フルーツ系が、ちょっと苦手なんだよ。
干し芋は好きだけれど。
ま、砂棗は乾燥に強い木で、砂漠のような痩せた土壌でも育ち、大した世話も必要ないらしい。
だから、砂漠で人間の食料に成り得る果実が収穫可能で、貴重なビタミンやミネラルを含むというだけで十分に有用な果物なんだろうね。
味は微妙だとしても……。
「この北関は、文明水準が高いんだね?街も整備されていたし、この宿も立派だし、食事も美味しいしさ」
私は、実唯紗に訊ねた。
「ありがとうございます。ご承知の通り、この北関を流れる干上がった川(ホータン川)は、夏の数か月間だけ水が流れます。水が流れる時期だけは、川沿いが南の于闐王国から北の姑墨への砂漠の縦断路となります。北関は、その南北路の于闐王国側の玄関口で、極めて重要な交通の要衝です。その防衛を行う為に兵が駐屯しており、その兵を相手に商売をする者達が集まり、北関は発展して参りました」
「夏期に交通が活発になれば栄えるのは理解出来るけれど、今は川が干上がっているから南北交通は出来ないんでしょう?」
「はい。川の水が干上がっている時期に砂漠へと足を踏み入れた者は、生きて帰れませんでしょうね」
「でも、満月亭は今夜もお客で賑わっているじゃん?今の時期は南北縦断路が閉じていて、移動は砂漠の外縁を東西に進む交易路だけでしょう?東西交易路は、北関を経由せずに于闐に直接向かっちゃうから、お客が北関には寄らないんじゃないの?」
「食堂の賑わいの大半は、北関に駐屯している独身の士卒の皆さんです。彼らの目当ては、食事とお酒と女の子です。志織様が仰る通り、今の時期は隊商が北関には寄らずに直接于闐に向かいますので、殆ど宿泊客はいません」
「あ、そういう事か……」
男ってのは仕方がないね。
ま、その男達が落としてくれるお金のおかげで、碌な産業もない北関で実唯紗はオフ・シーズンの宿の経営を維持出来るんだから、これも1つの経済なのかもしれないけれどさ。
「私達も、本来なら直接于闐に向かう予定でしたが、于闐に向かう途中で盗賊らしき者達が待ち伏せしている様子だったので、回り道をして北関側から于闐に向かって来たのです」
楊文明が説明した。
「今にして思えば、あの待ち伏せしていた連中は、私達を北関側の襲撃地点に追い立てる役割だったのでしょう。私達は、まんまと盗賊団の罠に嵌められた訳です」
晶華さんが言う。
「あ〜、なるほどね」
タリム盆地の縁を東西に進む隊商の交易路は、普段は伐来達が巡回しているから盗賊も仕事がし難い。
だったら、狙った隊商をシーズン・オフの北関ルートに迂回させて襲撃しようと考えた訳だ。
「ところで、志織様から言われた布をご用意しましたが、お部屋にお届けすれば宜しいでしょうか?」
実唯紗が訊ねる。
「あ、それ今貰える?」
「畏まりました」
実唯紗が言った。
しばらくして、使用人がカゴ一杯に布の端切れを持って来る。
「ありがとう。はい、これランプ30個とランプ燃料10缶ね」
私は、布の端切れを収納し、ストレージ内生成でランプの芯に加工してオイル・ランプを完成させ、約束の数を実唯紗に納品した。
「ありがとうございます」
実唯紗が喜ぶ。
「凄い……」
楊文明は、感嘆した。
「実唯紗。次からランプや燃料を買う時は、この楊文明に注文してね」
「畏まりました。楊文明様、宜しくお願いします」
「あ、はい。こちらこそ宜しくお願いします」
「楊文明。私は、こちらの世界の物品相場が良く分からないから、品物の販売価格は全部あなたが決めてね。でも、法外な値段を吹っ掛けて暴利を貪るんじゃなく、適正価格で良心的な商売を心掛けて欲しい」
「ははっ。畏まりました」
「ついでに、こんな物も売れるかな?ランプの燃料を固めた蝋燭なんだけれど……」
私は、パラフィン蝋燭をストレージ内生成で作って取り出した。
実唯紗から貰った布の端切れを加工して蝋燭の芯にしてある。
昔の蝋燭は、蜂蜜から作られる蜜蝋や、獣脂、和蝋燭なら櫨の実の搾液が原料だ。
でも、現代(未来)の蝋燭は、ほぼ全てパラフィン蝋燭だからね。
「これは素晴らしい。蝋燭は、油より保管や輸送が容易ですから、もちろん売れますよ」
楊文明が興奮気味に言った。
「蝋燭も買いたいのですが」
実唯紗が言う。
「蝋燭も芯材になる布切れや植物の髄の部分があれば幾らでも作れるから、欲しいだけ売ってあげるよ。価格設定は楊文明に任せるから、2人で商談して明日納品数を報告して」
「ありがとうございます」
「畏まりました」
実唯紗と楊文明が言った。
お読み頂き、ありがとうございます。
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・・・
【お願い】
誤字報告をして下さる皆様、いつもありがとうございます。
心より感謝申し上げます。
誤字報告には、訂正箇所以外のご説明ご意見などは書き込まないようお願い致します。
ご意見ご質問などは、ご感想の方にお寄せ下さいませ。
何卒よろしくお願い申し上げます。




