第16話。砂漠の野営。
本日2話目の投稿です。
作者メモ。
西域南道。
タリム盆地南縁を東西に結ぶ交易路。
敦煌→楼蘭→米蘭→婼羌(チャルクリク)→且末(チャルチェン)→精絶(チャドータ/ニヤ)→于田(ケリヤ)→于闐→葉城(カルギリク)→莎車(ヤルカンド)→疏勒(カシュガル)。
私達は、一路于闐を目指し南西に向かって進んでいた。
伐来や焚達は騎馬弓兵だから、当然馬に乗っている。
私は、徒歩だ。
伐来軍と焚軍との戦闘で死亡者が出たから、その分馬は余っている。
だから、伐来や焚は、私に騎乗する事を勧めてくれた。
でも、私は歩いている。
何故なら、馬って乗り心地が余り良いもんじゃないんだよ。
因みに、死者の亡骸は、私のストレージに回収した。
于闐に着いたら埋葬する。
私は、乗馬経験がなかったけれど、試しに乗ってみたら何故かぶっつけ本番で馬に乗れた。
何らかの加護の影響かもしれない。
それに意外な発見があった。
伐来や焚達が乗っていた馬には鐙がある。
鐙とは鞍の両端にぶら下がる足を乗せる馬具だ。
鐙は、後代の晋か北方遊牧民によって発明され、考古学的には300年頃の墳墓からの発見が最古だと云われている。
それ以前には「鐙はなかった」というのが現代(未来)の定説だ。
つまり、現代(未来)では、「後漢末や三国時代の騎兵は鐙のない馬に乗っていた」と推定されていたんだよ。
鐙のない馬には、両脚で馬の胴を挟んで乗る。
バランスが悪くて訓練が必要だし筋力もいるだろう。
その状態で、武器を持って戦うには手綱から手を離さなければならない。
馬上で弓を射るには、両手を離す必要がある。
つまり、騎兵は高度な特殊技能を持つ専門兵科で、兵士全員が騎乗出来る訳ではない。
だから、北方の并州生まれの呂布や、西方の涼州生まれの馬超、それから北方の騎馬民族は、幼い頃から騎乗技術を学んでいたから強かったと云われている訳だ。
でも、鐙があるなら事情が変わる。
鐙の発明は、騎乗を格段に楽にした。
鐙があれば、両手を離しても鐙に足を踏ん張ってバランスを取れるし、腰を浮かせて立ち乗りも出来る。
伐来に訊いたら、「鐙は、いつからあるのか正確には良く分からないくらい昔からあり、羌族や鮮卑族など騎馬民族だけではなく、漢でも普通に鐙が普及している」そうだ。
これは、現代(未来)の時代考証を変えなくてはならない。
だけれど、乗ってみた馬の背は、私にとって快適とは言えなかった。
致し方なく、私は歩いている訳だけれど、私の歩く(走る)速度はメッチャ速いから騎馬隊の行軍に遅れる事はないし、疲労したり息が上がる事もない。
これも「身体能力極限向上」と「肉体強度極限向上」の伏羲の加護の影響だろう。
すっかり陽が傾いて来た。
もう間もなく夜になるね。
一面が熱伝導率が高い鉱物粒子(砂)で覆われている砂漠では、日中は異常に熱せられて高温になるけれど、夜間は急激に冷えて低温になる。
つまり、寒暖差が激しい。
タクラマカン砂漠の緯度は、およそ北緯38度。
北緯38度線と言えば、朝鮮半島の休戦ラインとして有名だが、日本では新潟県や山形県や宮城県を通過する。
つまり、タクラマカン砂漠は結構北にあるから、「熱い」という砂漠のイメージに反して本来なら比較的冷涼な気候帯なんだよ。
砂漠で遭難すると日中の熱さではなく、夜間の寒さで亡くなる場合が多いらしい。
つまり、砂漠の死因で最も多いのは、意外にも低体温症(凍死)だ。
なので、伐来や焚達の格好は、かなりの防寒仕様になっている。
私は、別に寒くない。
陽が傾いて来たので日中に比べて涼しくなった肌感覚はあるけれど、寒さを我慢する程ではなく、むしろ快適だ。
でも、伐来や焚が言うには、もう相当冷え込んで来ているらしい。
彼らから何度も羊毛製の外套(全身を覆うマントみたいな布)を羽織る事を勧められたけれど、私は平気だ。
それでも心配してくれるから、「私は神だから環境変化に強い」と適当な事を言ったら納得してくれたけれどね。
多分これも「肉体強度極限向上」や「疾病耐性極限向上」の伏羲の加護が効いているからなのだろう。
「ここらで、そろそろ野営します」
伐来が言った。
「うん、分かった」
伐来と焚達は、手慣れた様子でテントを張ったり、火を起こしたりし始める。
流石は、遊牧民の羌族だね。
私は、伐来達から離れて、自分の宿泊施設をストレージから取り出した。
移動中にストレージ内生成で色々と造っておいたんだよ。
砂の主成分である石英をガラス状に加工して6面を囲んだだけの単純な立方体の箱。
これが私の簡易宿泊施設だ。
立方体の1面に、出入り口となる穴が空いている。
分厚いから、ハンマーとかで叩いてもビクともしない。
安全性も考慮されている。
石英ガラスは、透明にする事も出来るけれどワザと不透明な磨りガラス状に加工した。
透明だと外から内部が覗けて落ち着かないからね。
若い女性の寝室には、プライバシーが必要だ。
アラサーは、若くない?
喧しいわ、ボロカスがっ!
扉は、鋼鉄板で造った。
扉の枠になる壁に溝を造って、そこに扉側の突起を嵌めれば、固定される。
持ち上げてズラさないと開閉は出来ない仕組みで、鋼鉄板の扉の重量が1t以上あるから、伏羲の加護がある私にしか持ち上げられず、セキュリティも万全だ。
但し、まだ寝るには早い。
眠るのは、伐来達が用意してくれる夕食を食べてからだ。
夕食のメニューは何かな?
楽しみだ。
私は、鋼鉄の扉を外して伐来達が食事の支度をしている焚火に向かう。
・・・
夕食は、羊の燻製肉だった……。
「うえ〜……不味ぃ……何これ?」
獣臭くて血生臭くて、美味しく感じられるような味覚的要素は全くない。
塩は貴重だから、この燻製肉には使っていないそうだ。
岩塩の塊を持ち歩き、時々少し舐める程度なのだとか。
それにジャーキーみたいにカチカチじゃなくて、ブヨブヨしていて噛むとドロッとしたゲル状の血液が滲み出て来る。
乾燥が甘いから酸っぱくて、少し腐敗臭もする。
如何考えても、この肉は腐ってるじゃん?
「お口に合いませんか?」
伐来が申し訳なさそうに言う。
「味はともかく、臭くて食感も気持ち悪過ぎるよ。せめて血抜きとかをちゃんとしたら、もう少しマシな味になるんじゃないの?」
「血抜きですか?」
伐来に唖然とされた。
「そうだよ。血抜きの知識くらいあるでしょう?」
「街で暮らす者が食べる肉は血抜きをしますが、我々のように砂漠を何日も行軍しなければならない兵士や、隊商は肉を血抜きするなどという贅沢はしません」
贅沢?
放血処理って、精肉の基本だと思うんだけれど?
「何でさ?同じ肉を食べるなら美味しい方が良いでしょう?」
「長期間野菜を食べないと病気になるのです。しかし、野菜は痛みが早く、また荷物にするにも嵩張ります。日持ちするカブや芋などがあれば良かったのですが、生憎と今回は持って来ていないのです。荷駄を牽いて行かない場合は、砂漠に野菜は持ち出しません。なので、我々は野菜の代わりに、山羊の乳を発酵させたものや、燻製肉に含まれる血も一緒に食べて病気を防ぐのです」
あ……ビタミン欠乏による壊血病か……。
動物の生血にはビタミンが含まれている。
だから、肉食獣は壊血病にはならない。
「なるほど……。なら、この燻製肉じゃなくて、山羊のミルクの方を貰おうかな」
「こちらです」
伐来は、水筒を差し出した。
如何やら山羊のミルクは、動物の胃袋で作った水筒に入れて持ち歩くらしい。
「ありがと……うげ、何これ?腐っているじゃん?ダメだ、燻製肉より激臭で……目に染みる。悪いけれど、これは飲めない」
山羊のミルクではなく、ヨーグルトというかチーズというか……。
「世界一臭い」というチーズが、こんな匂いだった。
兎に角、これを飲んだら確実に吐く自信がある。
「女神様に対して、このような粗末な供物しか御用意出来ず、申し訳ありません」
伐来は、心底申し訳なさそうに言う。
「あ、いや。伐来が悪い訳ではないよ。伐来達が普段食べているものを悪く言ってごめんなさい」
私は、謝罪した。
地元民が日常的に食べている食料を「不味い」とか「臭い」とか言うのは、余りにもデリカシーがなかったよ。
「これは、如何ですか?豆です」
焚が袋から黒ずんだ豆を取り出して勧めてくれる。
これは、普通の豆か?
「臭っ!」
やっぱり、普通の豆じゃなかった。
「ダメですか……」
焚が落ち込む。
「いや。臭いけれど、この臭さは、何か知っているような……」
「豆を藁で包んで発酵させたものです」
「あ、納豆か?」
「ご存知ですか?」
「うん。こんなに乾燥してカチカチじゃないけれど、私の故郷(日本)にも、これと似たような発酵食品があるよ」
「そうですか?」
ポリポリ……。
「うん、納豆だね。味や臭いはともかく、食べられる」
「良かった〜」
焚が安心したように笑った。
他の皆も笑みが溢れる。
携帯食が美味しくない理由は、保存性の問題もあるけれど、第一義的には騎兵が余り沢山の荷物を持ち歩けないかららしい。
普段、騎兵隊は荷駄を随行するから、それなりの荷物は運べるらしいけれど、今回伐来達は巡回中に「于闐の騎兵ではない怪しい集団(焚達)が移動していた」という目撃情報を受けて急ぎ駆け付けて来たから足が遅い荷駄隊を中継地のオアシスに置いて、運べる荷物が限られていた。
焚達も、強襲作戦を決行する為に、輜重隊は連れて来なかったのだそう。
戦闘と軽作業両方に使える刀と、彼らの主兵装の弓と矢筒、それから必要最低限の水と携帯食を持ったら荷物は一杯になって、それ以上は持ってこられなかったのだとか。
水と携帯食は、人間用より馬用の方が量が多くて重い。
う〜ん。
バック・パックとかがあれば、携帯重量が増やせるんじゃないかな?
軍用バック・パックに使われている素材は、ケブラー繊維とかバリスティック・ナイロンとかだ。
ケブラー繊維(ポリパラフェニレン・テレフタルアミド)って何だか良く分からないけれど、バリスティック・ナイロンは、名前からしてナイロンだよね。
つまり、石油化学繊維だ。
石油ならストレージ内に売る程ある。
ま、私は過去にタイム・スリップしちゃったから「石油を密売して大金持ち作戦」は、ポシャっちゃったけれどね。
バリスティック・ナイロンは、石油を原料にストレージ内生成で作れないかな?
いや、別に正しくバリスティック・ナイロンである必要はない。
矢が刺さったり、軽く刃物が当たったくらいではバッサリ切れない程度の強度があって、多少の耐熱・耐火機能があれば良いんだから。
造れるかな……あ、造れたね。
化学組成とか全く分からないけれど、石油を原料に化学繊維を作って、密度が高い織布を作り、バック・パックの形に成型したら、それらしい物が出来た。
「収納(天位)」……凄い。
じゃあ、デニム生地とゴムをイメージして、デッキ・シューズとかも出来ないかな?
いい加減、裸足は嫌だ。
ん?
出来ない。
何でだ?
あ、もしかしてストレージ内にある原材料で生成出来る物しか作れないとか?
多分そうっぽい。
デニム(木綿)も天然ゴムもないからね。
なら、化学繊維と合成ゴムなら?
お〜っ、デッキ・シューズが出来た。
靴下も欲しい。
私は、靴を直履きしない派だ。
靴を直履きしないのは、お洒落が如何のとか、靴が臭くなるとか、そういう理由ではない。
任官時代に素足で靴を履いていたら、ベテランの士長さんから、「いつ如何なる時でも作戦行動が出来るように、軍人は足を大切にしなけりゃならん。後方勤務でも策源地攻撃を受ければ、戦場になるんだからな。そんな時に足を痛めたら致命的だぞ」と叱られて、それ以来必ず靴下を履いている。
靴下の素材は、木綿がないからナイロン。
ナイロン靴下が出来た。
足が汚れているね……。
足の汚れだけを収納出来ないかな?
……出来たね。
私がストレージから靴下とデッキ・シューズを出して履いていたら、伐来や焚が注目していた。
「あ、これ?靴下っていうものだけれど欲しい?」
「頂けるのですか?」
伐来が言う。
「はい。左右はないから……」
私は、皆に靴下を配った。
ストレージ内成型は、一瞬で大量に造れるからね。
原料の石油の備蓄も膨大だ。
デッキ・シューズは、配らなかった。
大量に造れるけれど、伸び縮みする靴下と違って各自の足のサイズに合わせるのが面倒だったからね。
私のデッキ・シューズもサイズが微妙に緩かったけれど、厚手の靴下を作って調整している。
「伐来。ついでに、これも背負ってみて」
私は、さっき作ったバック・パックを伐来に手渡した。
バック・パックは、まだ大量生産はしていない。
取り敢えず履ければ良い靴下と違って、バック・パックは色々と調整が必要だと思ったからだ。
「これは?背負い袋ですか?軽い。それに、不思議な手触りですな?」
伐来は、感想を言う。
「それなら、大量の荷物を運べると思うよ」
陸自隊員は、普通科なら20kgくらいの荷物を背負うし、精鋭のレンジャーなら40kgくらいの荷物は平気だ。
「おおっ!確かに、これなら荷物を楽に運べて、動きも妨げない」
伐来は、バック・パックを背負ったまま空弓を引いて言う。
「なら良かった」
如何やらデザインの微調整は、必要ないみたいだ。
「あの、それは1つしかないのでしょうか?」
焚が怖ず怖ずと訊ねる。
欲しいらしい。
「伐来に試してもらって不具合がないか見ただけだから、皆の分もあるよ」
「やった〜っ!」
焚が無邪気に喜ぶ。
そういう顔をすると、強面の焚も子供みたいだね。
ふと、気になって鑑定で伐来や焚達の年齢を調べてみる。
視界の中に伐来や焚達のステータス画面が現れた。
伐来の生年……145年。
焚の生年……148年。
今は、170年だから……2人は、25歳と22歳。
……と、歳下?
嘘でしょう?
私は、激しく打ちひしがれた。
お読み頂き、ありがとうございます。
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