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取り巻き令嬢たちのメタモルフォーゼ

ふたりの取り巻き令嬢の友情と幸せ

作者: 城壁ミラノ

 

 伯爵令嬢エレノアと男爵令嬢ニコレッタ。

 小さい頃にお茶会で出会い、一緒にとりまき令嬢の輪に飛び込んでからの仲良しだった。

 令嬢にも貴族階級の上下関係が影響したりするけれど、ふたりは気にせずに時に抗う強い友情があった。

 幸い、とりまき令嬢達は立てのカースト制度より横の連携を重視していて、ほのぼのとした空気が常に流れていた。


 けれど、その空気が少し変わる時がある。

 とりまきの誰かが結婚して抜けてしまう。

 この時だけは、とりまき令嬢達の中にしんみりしたような空気が訪れる。


 その空気は、エレノアとニコレッタがふたりだけでお茶会をしている時にもついてきた。


「皆様、結婚すると会えなくなったり、姿形が変わったり、遠い存在になりますわね〜」


 エレノアはニコレッタの屋敷の庭に寝転び、一口サイズのケーキを食べて寂しさを紛らわした。


 ニコレッタも隣に寝転び、うんうんとうなずいた。

 少しの不安にかられた顔で空を見つめてしまう。


「私は、今のままでいたいですわ〜」

「私もですわ~……ねぇ、私達は結婚してもこのままでいましょうね」

「ええ、もちろん」


 ふたりが今まで何度も交わした約束。


「いつまでも、ニコレッタとこうしていたいわ。そのためには」


 エレノアはニコレッタに考えるような顔を向けた。


「――ねぇ、私達、同じくらいの身分の方と結婚しましょうね」

「ええ、そうしたいわ。でも……私は男爵家だから」


 ニコレッタはうつ伏せになると、顔を曇らせた。

 友情では気にしないけれど、結婚相手となると。


「エレノアの結婚相手の方と、同じくらいの身分の方と結婚できるかしら?」

「できますわ。身分違いな結婚などよくあることですもの」


 エレノアのいつもの、ニコレッタを励ましてくれる自信に満ちた笑顔。


「そう、ですわね!」


 ニコレッタはいつも元気になれた。


「そうですわ! 肝心なのは、結婚相手――」


 エレノアはしばらく黙って、今までとりまいた中に丁度いい相手はいなかったかと考え込み……ニコレッタはその顔を見つめていた。


「丁度いい、ふたりがいらっしゃるわ」

「誰と誰?」

「アルフォンス・ランス伯爵とロイ・バルド伯爵よ。おふたりは身分もだけど、お歳も屋敷も近いわ。その上、おふたりとも中々の美貌よ」


 ふたりは体を起こして向き合うと、フフッと笑いあった。


「どちらにも一緒にお会いしたことがあるわね。どちらがタイプ?」


 それがまた肝心。

 エレノアは真剣な顔でニコレッタに聞いた。


 ニコレッタは目を宙に向けて伯爵ふたりを思い浮かべて――困惑顔でエレノアを見た。


「エレノアはどちらがタイプ?」


 それが肝心だと思った。被ったら大変だと。


「じゃあ、一緒に名前を言いましょう……はい、言って! バルド伯爵!」

「ランス伯爵!」


 ふたりは安堵して肩の力を抜いた。


「ああ、よかった。では、私がバルド伯爵、ニコレッタはランス伯爵ね。お互いに上手く行くように、それとなくふたりになれる機会を作ったり、ニコレッタは私を、私はニコレッタを良い人だって伯爵達に吹き込みましょうよ」

「ええ、そうしましょう」



 それから幾日か経つと、ランス伯爵のお茶が開かれた。

 エレノアはそれとなく伯爵とふたりきりになるとニコレッタを売り込みにかかった。


「私の隣にいらしたニコレッタ様はとても素敵な人ですわ。可愛らしくて素直で優しくて」


 エレノアは語るうちにうっとりした目つきになり、ニコレッタとお茶をしているといかに安らぐかを力説していた。


 そんなエレノアに、ランス伯爵はフッと微笑むと、


「私は、あなたの方に興味があるんだが」

「え?」

「よければ、あなとお茶を飲みたい。ふたりきりで」

「それは……まぁ、考えさせてくださいまし……」


 エレノアは混乱のあまり、伯爵から足早に離れるとニコレッタのそばに寄った。


「どう?」


 不安にかられた顔のニコレッタに、エレノアは苦笑いを返すしかできなかった。


「まぁ、そうね。まだ、わからないわ……」

「そうよね」


 ニコレッタが納得して――

 エレノアは伯爵とは目を合わさずにやり過ごし、なんとかお茶会は切り抜けたものの。


 その夜眠れなかった。


 そして、ベッドの中であることを思いつくに至った。


「そうよ、ランス伯爵が私なら、バルド伯爵がニコレッタを好きだといいのよ。そうしたら、悲しいけど……ニコレッタになら……」


 それからしばらく後。

 バルド伯爵がお茶会を開くと、エレノアはニコレッタに協力してもらいふたりきりに持ち込んだ。

 まずは三人で立ち話に持っていき、そこからさりげなくニコレッタが場を離れると、


「ニコレッタ様をどう思います? 私のお友達なのですが」


 エレノアの問いかけに、伯爵は少し離れたテーブルに行ったニコレッタに視線を動かすと、


「好きですよ、ぜひ、お近づきになりたいな」

「え?」


 思わぬほどあっさりいった念願通りの展開に、エレノアはポカンと伯爵を見上げた。


 そして、意識がはっきりしてくると、


「私のことは、どうかしら?」


 そう聞いていた。

 できるだけ、ツンとしてなにげなく。


「友人として」

「そう、ありがとう」


 伯爵の言葉を遮ると笑顔を返したエレノアは、いたたまれなくなりその場を去った。


 その時はさすがにニコレッタのそばには行けず、木の陰に隠れて気を鎮めようと大きく息をした。


 こんな風に失恋するなんて。

 でも、これで望み通りランス伯爵は私を、バルド伯爵はニコレッタを好きでお互い相手には困らない。

 このことを、ニコレッタに教えなければ。


 そう思っていると、ニコレッタの心配した顔が不意に目に入った。


「大丈夫? エレノア」


 ニコレッタはエレノアが木に隠れるのを見ていた。


 眉が寄り震えているエレノアを見て、ニコレッタは不安になった。


「バルド伯爵に、なにか失礼なことを言われたの?」

「いいえ、そんな方じゃないわ。大丈夫。ただ……」


 エレノアは思わず、ニコレッタを抱きしめていた。


「気持ちが高ぶってしまって」


 そう言うと、両目から涙がこぼれていた。 


 ニコレッタは黙ってエレノアの背中をなでると、濡れた頬を指で拭いてあげた。




 次の日。

 エレノアはニコレッタを自分の家に招き、いつものように庭でふたりきりのお茶会の準備が整うと、


「バルド伯爵はニコレッタを好きで、ランス伯爵は私を好きなのよ」


 そうはっきりと教えた。


「えっ」


 ニコレッタは驚いた顔のまま、エレノアを見つめた。


「それで、泣いていたの」

「ええ、でも、もういいの。泣いたらすっきりしたわ。ニコレッタは大丈夫?」


 エレノアはいつものほがらかな笑顔で言ってのけ、神妙な顔をニコレッタに向けた。

 ニコレッタが泣き出したら、抱きしめてあげようと手を広げる心構えで。


「ええ、私は大丈夫」


 ニコレッタは空を見上げて、ランス伯爵を思い浮かべてみた。


「ほのかに好きだっただけなの。だから、大丈夫」


 にっこりした顔を見て、エレノアは安心した。


「そう……なら、どうかしら? このまま目的を達成するのは? 私はランス伯爵にお茶に誘われて悪い気はしなかったわ。ニコレッタはどう?」


 男の人に初めて好意を寄せられて。

 エレノアはそれだけで胸が高なっていた。


「私も嬉しいけど」


 ニコレッタはぼんやりしていた。恋の気持ちが。

 ただ、エレノアとこのまま一緒にいられそうだから。

 前向きな気分だった。


「それなら、相手を交換して作戦を続けましょ」

「ええ」


 ふたりとも、あまり身が入らない気がして――

 ふわふわした気持ちでお茶を飲みお菓子を食べた。



 そんな状態のまま、伯爵達と再会する前に、アマデウス辺境伯が婚約者探しをはじめたという話がとりまきの間に持ち込まれた。


「アマデウス辺境伯といえば、お父様の代から変人で知られているわよ。なんでも、吸血鬼の血族で血を吸う習慣からは逃れられたけど、それ以外の黒マントを着たり光を恐れたりする習慣は残っているとか」


 エレノアは真剣な顔で話し、とりまき令嬢達は怯えた。


 ニコレッタは “エレノアったら子供の頃に聞いた話をまだ信じてる” と思いながら笑って、


「でも、そういう悪い噂は全部嘘なことがほとんどなのだって、お母様もお祖母様も言っていますわ。反対に、嫁ぐと幸せになれるんですって」

「あら、それなら、あなた方の中から、どなかたお嫁にいってはどう?」


 エレノアは怯える仲間達に面白がってけしかけた。


 しかし、それが功を奏したのか――

 しばらくして本当に、とりまきの中からアマデウス辺境伯にお嫁に行く令嬢が出た。

 エレノアはニコレッタを家に招くと、芝生に寝転び驚きの言葉を交わしてから、


「お嫁に行った方、とりまきの中に仲良しの令嬢がいたじゃない? 抜け駆けする形になったわね」


 私はそんなことしないし、私達はそうならないわよね?


 と確認する気持ちで、ニコレッタを見た。

 ニコレッタも同じ気持ちだったけれど、


「それが、抜け駆けではないみたいよ。ふたりが話してるのを通りかかりに聞いたの。辺境伯の知り合いから良い人を探してあげると約束してるのを」

「あら、そうなの……」


 エレノアは目を丸くして、感心しながら考えた。


「その手があったわね。どちらかが高位の方に嫁ぎ、もうひとりを同じ場所に引っ張り上げる。この場合、伯爵家の私がもっと上の人と結婚してニコレッタに良い人を見つければいいのね」


 胸に片手を当てて、さっそく請け負った笑顔を見せるエレノア。ニコレッタは困惑の笑顔を返した。


「でも、私は男爵家だから、伯爵以上の方なんて」

「弱気はよくないわ」

「それにほら、もう伯爵様達がいるし」

「そうだったわね。そういえば、あれからバルド伯爵からなにかお誘いはあった?」

「いいえ、なにひとつないわ」


 ニコレッタは芝生にしがみつくようにうつ伏せになると、悲しみにうつむいた。


「あら、そう。意外に弱腰の方なのかもね」


 エレノアは頼りないバルド伯爵にフンと鼻を鳴らした。


 ふたりの事情を知らないバルド伯爵としては、「好き」の言葉にまだ深い意味はなく、のんびり構えているだけだったが。


 そうしている間にも令嬢達は前に進む。


 エレノアが優しくニコレッタの髪をなでて慰めていると、メイドがやって来た。


「エレノアお嬢様、ランス伯爵がお見えになりました。少しお話でもいかがかと」

「あら、丁度よかったわ。お断りして」

「えっ、よろしいのですか?」

「いけないわ、エレ」


 ニコレッタの口を塞ぐと、冷たい横目のままエレノアはあっさり続けた。


「ええ、いいのよ。今、お友達とお茶をしていますからって」

「はぁ、かしこまりました」


 メイドが行ってしまうと、エレノアはニコレッタから手を離した。


「エレノア……」

「いいのよ、私達はもっと上を狙うんだから」

「でも」


 エレノアはニコレッタの頬を両手で包むと、にっこり微笑んだ。


「だって、私達がいつまでもこうしているための結婚でしょ? もうあの伯爵達じゃ上手く行きそうにないわ」


 ニコレッタは自分にそれほど気のなさそうなバルド伯爵を思い出してうなずいた。


「そうね」

「さぁ、それじゃ次は伯爵の上位、侯爵様の中から探しましょ」

「ええ!? 侯爵様……」


 ニコレッタは緊張で胸がドキドキしたけれど。

 エレノアに勇気づけられていたおかげで、すぐに覚悟を決めて落ち着くことができた。


「そうね」

「そうよ」


 エレノアのほうは、のんびり空を見上げた。


「ああ、私達の願いを叶えてくれる方々が理想なんだけど、いるかしら?」


 ふたりはまずお茶を飲みお菓子を食べ、エレノアがひとりの侯爵の名を出した。


「バーネット・ユリウス侯爵は私達と歳も近いし、美貌の持ち主だし、どうかしら?」

「ううん」


 ニコレッタは難色を示した。


「侯爵様に一度お茶会にお呼ばれしてお話した時、なんだか冷たくなかったかしら? お返事が “ほう” とか “ふん” とか、素っ気なかったというか」

「それは、初めて開いたお茶会だったから緊張していらしたのよ。それに、そういう悪い噂の方は実は幸せにしてくれる方なのでしょ?」

「侯爵様は噂じゃなく、実際に見聞きしたのだから真実じゃないかしら?」

「そうね、でも、冷たそうな方って、実は優しいんじゃなくて?」


 食い下がるエレノアにニコレッタは笑った。


「エレノア、侯爵様みたいな方がタイプなの?」

「ふふ、そうかもね。ああいう方に優しくされたいわ。そう思わない?」

「ちょっと、わかるわ。でも、本当に冷たい人だったら困るわ」


 もし冷たい侯爵と結婚して、エレノアが辛い目に遭ったら――ニコレッタは顔をしかめた。

 その顔を見るだけで、エレノアはニコレッタが心配してくれる気持ちを察して冷静になれた。


「そうね、もう少し様子を見ましょう。ああ、もう一度お会いする機会が来ればいいんだけど――」


 その夜。

 エレノアはベッドの中でメイドからランス伯爵が残念そうにかつ少し怒って帰ったと聞いたのを思い出し、いつか伯爵に「自分にしておけばよかったのに」と思われないためにもユリウス侯爵と結ばれなければと、ますます気合いを入れて眠りについた。


 ニコレッタの方はベッドに横になっても眠れず、殿方に悩まされるのは楽しくない、早く結婚相手を見つけて前のようにエレノアと楽しくお茶をしたいと悶々としていた。けれど、しばし考えて、エレノアの結婚相手にユリウス侯爵の他にもう一人当てがあるのを思い出してやっと安心して目を閉じた。



 こうしてふたりが期待していたユリウス侯爵。

 ふたりがお近づきになる機会はないまま、別の令嬢と結婚してしまった。


「ああ、上手く行かないものね〜。もう一度くらい、お茶会に招かれたかったわ」


 気落ちするエレノアに、ニコレッタは苦笑いした。


「元気を出して、お茶会はなくとも今夜は舞踏会よ。楽しみましょう」

「ええ、そうしましょ」


 きらびやかな舞踏会場。気を取り直したふたりはドレスのスカートをつまみ、もう一度見せあった。


 それから、とりまき仲間達といつものように輪を作り挨拶を交わした後、エレノアは遠くにユリウス侯爵を見つけた。


「ユリウス侯爵お一人だわ、新婚のはずなのに奥様はご一緒じゃないのかしら?」


 とりまき令嬢の視線が侯爵に向けられて、一人が輪の中央に顔を寄せると皆が顔を寄せた。


「妹様と来て奥様はお屋敷に残してきたんですって。こんな人が大勢いるところに連れてくるのは心配だから、だそうよ」

「舞踏会に連れていってくれないなんて、信じられませんわ〜」

「舞踏会は他の殿方とも踊るから、きっと、浮気の心配してるのよ」

「それなら、他のことでも束縛が凄そうね〜」


 とりまき仲間達のひそひそ話を聞きながら、エレノアとニコレッタは目を合わせた。


 ふたりきりで端に寄って、一緒に安堵のため息。


 エレノアは甘いカクテルで喉を潤した。


「危なかったわね」


 侯爵との結婚生活を想像してみて、考えを言った。


「侯爵と結婚していたら屋敷に閉じ込められて会えなかったかも」

「ええ、本当に危なかったと思うわ」


 ニコレッタは心からほっとして、ゆっくりとカクテルを味わった。


「それにしても、上手く行かないものね〜」


 エレノアの方は飲み物を味わう余裕はなかった。

 他に良い方はいないかしら?

 さっそく、さり気なくキョロキョロしてみる。

 ニコレッタはそんなエレノアを見て笑い、新しい候補者の姿をチラッと確認してから声をひそめて問いかけた。


「ねぇ、この間のお茶の後、思いついたのだけど」

「なになに?」


 エレノアは動きを止めて、ニコレッタのほうに耳をかたむけた。


「私のハトコのアレキサンダーはどう?」

「えっ、アレキサンダー・バシレウス様!?」


 驚くエレノアの瞳を、ニコレッタはキラキラした瞳で見返した。


「ええ、歳も丁度同じだし、美貌の持ち主だと思うし、今はまだだけど未来の辺境伯だし。先程挨拶した時、どうだった?」


 エレノアは無意識にアレキサンダーを探しながら、挨拶した時の彼を思い出した。

 綺麗な金髪に青い瞳、凛々しく引き締まった顔と逞しい体つき。黒い夜会服を着こなした姿はこの豪華絢爛な会場にもよく似合っていた。

 ちょっと近寄りがたい完璧さもあって、こんな人に優しくされたいと思った。

 けれど、目があった時に彼の目が輝いて自分の目も輝き出すのがわかったし、微笑みも交わせた。

 なにより、ニコレッタのハトコという親しみがエレノアを惹きつけた。


「凄く、素敵だと思ったわ。でも、いいの? 私がハトコ様の妻になって」


 頬が赤らんでいくエレノアに、ニコレッタは嬉しくなって声も弾んだ。


「もちろんよ、本当はずっと前から思っていたの。エレノアがアレキサンダーと結婚してくれたらって」


 そんなの出来すぎていて、現実感がない夢物語だったけど。今なら――叶えたい気持ちが止められなかった。


「そうなるなら、私、アレキサンダーの屋敷の近くで結婚相手を探すわ」

「いいの? 辺境の地よ?」

「私は何度も行ってるし、良いところだと思ってるわ。エレノアこそ、いいの?」


 アレキサンダー様と辺境暮らし……

 ニコレッタと旦那様になる人もいる。

 考えるよりも一瞬の感覚で答えは出た。


 エレノアは強気に微笑んで、まっすぐ前を向いた。


「いいわ、私。辺境伯夫人なんてどうしたらいいかわからないけど、ニコレッタが相談にのってくれるなら」

「のるわ、心配しないで!」

「よかった! それなら、お相手の気持ちが必要ね。一度、ダンスを踊っていただきたいわ」


 ニコレッタの笑顔に奮い立たされて、エレノアはアレキサンダーを探しに向かった。



 エレノアとアレキサンダーのダンスは上手く行き、そのまま結婚までこぎ着けた。


 アレキサンダーはニコレッタの、


「エレノアはいつも前向きで、笑顔で引っ張ってくれる人よ。一緒にお茶を飲むだけで元気が出るわ」


 と言う力説に、


「ニコレッタがそう言うなら」


 と笑顔でうなずいた。

 既に実感もしていた――ダンスをぐいぐい引っ張ってくれたから。


「今度はニコレッタの番ね」


 エレノアがバシレウス家に嫁入りしてから、ニコレッタを呼んで結婚相手探しに取りかかることになった。


「まずは、アレキサンダー様も言っていたけど、お茶会を開いてお話しながら探すのがいいんじゃないかしら?」


 バシレウス邸の庭でさっそく、お茶会を開き。

 エレノアは白いテーブルに置かれた皿からカップケーキを取りつつ、お茶を飲みながら向かいに座るニコレッタに提案した。


「ええ、だけど、男性だけ呼ぶのは嫌よ。女性も呼んでね」

「わかったわ。でも、良い人を取られないようにね」


 緊張のせいでどこか消極的に見えるニコレッタに、エレノアは釘を刺した。


 そこへ、近くに住む独身貴族グラード・ジュエル伯爵が玄関の方からふたりに近づいてきた。


「おふたりとも、ごきげんよう」


 伯爵の丁寧な挨拶にふたりは笑顔を返してからエレノアが、


「そうですわ、伯爵。近い内にお茶会を開きますから、ぜひいらしてくださいね」


 そう誘ったのでニコレッタはドキリとした。


 エレノアはただ夫の相談相手であり友人でもある彼を誘わないのは失礼だし、お茶会の客人は多い方がいいと思っただけだった。


 けれど、ニコレッタは伯爵と目が合うと、


「私の、結婚相手を探すお茶会ですの」


 そうはっきり教えていた。


 伯爵は驚きに目を見開くと、ニコレッタを見つめた。

 ふたりは何年も前から会っていた。

 ニコレッタは、伯爵のかきあげた黒髪から、緑の瞳の優しい眼差しから、落ち着いた語り口と微笑みから大人の魅力を感じ、アレキサンダーよりも逞しい体から放たれる頼もしさに目を奪われていた。


 辺境の地を良いところだと思うのも、伯爵がいるからかもしれないと今この瞬間に実感した。

 エレノアが結婚したおかげで。自分の結婚相手を探す心も敏感になっていて気づけた。

 アレキサンダーをダンスに誘ったエレノアみたいに、私も伯爵をお茶に誘おうと奮い立つこともできた。


「伯爵も来てくださると、嬉しいですわ」

「ありがとう。こんな私を誘ってくれるとは。ぜひ、お伺いしましょう」


 微笑ましいニコレッタと伯爵を見守りながら、エレノアはまさかねと思っていた。

 だって、ふたりは歳が離れてる。

 けれど――直感めいたものも胸をよぎった。



 お茶会が開かれるとニコレッタは伯爵とよく話した。それも弾けるような笑顔で。

 その様子もエレノアは見ていたし、お茶会の後で伯爵がニコレッタに会いに来てふたりで散歩などに出かけるのも見送った。


 微笑ましいけど「まさか」と聞く前にニコレッタが、


「エレノア、私はグラード・ジュエル伯爵と婚約することになったわ」


 笑顔でそう告げたので、やっぱりと思いつつも。

 やっぱり、慌てふためかずにいられなかった。


「本当にいいの? 伯爵は七つも歳上よ!?」


 ニコレッタはケロッとした笑顔で、


「いいの。それだけに包容力のある方だわ。それに、七つ上といってもまだ二十代だし」


 優しい包容力を放つ婚約者を思い浮かべ、


「それに、伯爵様だし。エレノアが辺境伯のアレキサンダーと結婚したおかげでこうなれたのよ」

「ふたりとも高位の方と結ばれる、計画通りね」


 それは喜ばしいとエレノアは納得した。


「なにより、私とエレノアが仲良くしているのを喜んでくださるし。グラード様とアレキサンダーが私達の探していた理想の方達よ! 思いがけず、近くにいたわね〜」


 両手を広げてのびのびと笑うニコレッタに、まだ動揺が抜けないエレノアの隣でアレキサンダーが、


「理想の人か。私もエレノアにそう言ってもらえると嬉しいな」

「えっ? ええ、もちろん、そう思ってますわ。私とニコレッタの仲を誰より理解してくださっているし。アレキサンダー様は理想の方です」


 今度は夫に動揺させられ、エレノアはせわしなくふたりの間で視線を動かした。


「仲がよろしくて羨ましいわ。私も早くグラード様と結婚したいです。ねぇ、賛成してくださるでしょう? アレキサンダー?」

「ああ、賛成する。ジュエル伯爵は信用のおける人だ。良い掘り出し物だよ。彼は前に結婚より仕事だと言っていたはずだが……もしかしたら、たまに屋敷に来るニコレッタを見て惚れていて独身だったのかもな」

「あらまぁ、ずっと前から好きでいてくれたなら嬉しいですわぁ。エレノアも喜んでくれるでしょう?」


 ニコレッタとアレキサンダーの笑顔に押されて、エレノアはのけぞりながらうなずいた。

 こんなに強気で前向きなニコレッタは初めてかも……

 今度はエレノアが勇気づけられて前向きになれた。


「わかりましたわ。ニコレッタ。おめでとう!」

「エレノア。ありがとう!」


 願いは叶った。

 エレノアとニコレッタは手を取り合うと、これからも一緒にいられる喜びを分かちあった。



 ふたりとも結婚して互いの屋敷に行き来する暮らしが始まった。令嬢時代と何も変わらない――今日はバシレウス辺境伯邸の庭でお茶会。


「良い方と結婚しましたわね〜、私達」


 エレノアはクッキーをつまみながら、空を見上げた。


「本当ね、幸せだわ〜」


 ニコレッタはティーカップを揺らしながら微笑んだ。


 夫達がふたりの手を引き離すことはなかった。

 仲の良さにヤキモチというか羨ましさを口にすることはあったけれど、


「アレキサンダーとグラード様も負けないほど仲良しね」


 ニコレッタは屋敷にいる夫達に視線を向けた。


「なにか、楽しそうにお話しているわ」

「本当にね〜、でも、私達のほうが仲良しだと思うわ」

「そうね〜!」


 勝ち誇った笑みを向けるエレノアに、ニコレッタはほがらかな高笑いを返した。 



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