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相談その四 世界で一番高い所に座したからには

「地震大国に世界一高いタワーを建てるだなんて酔狂ですよねえ。」


 俺よりもはしゃいで見える鹿角を見返した。

 彼は俺の目線が貰えたという風に笑みを作り、ついでに俺の腕を取って歩き始め、彼のその様が素晴らしいとすれ違う女性達こそが足を止める程だった。


 次は彼女達の心臓を止めるだろう。

 異国風の美貌の男性は、微笑みを映画俳優のような最高の笑顔に変えたのだ。


「晴純君、疲れたのかな?もう少し歩くとベンチシートがあるよ?それともせっかくだからお茶をしながらゆっくりと東京の風景を眺めようか?」


「やめて!単なるおのぼりさんな観光なのに!男と男なのに!鹿角さんのせいで小粋なデートっぽくなっている!違う、これは中坊の俺が想定していたタワー見学じゃない!誰もが羨む男にエスコートされるのはなんか違う!」


「ハハハハ。君には虐められていたからね、仕返しが出来たと知って嬉しいよ。ところで君の藤君はどうして私達とはぐれちゃったのかな?」


「彼は恋をしたからでしょう。」


 鹿角は俺の言葉に吹き出した。


 最初に展望台に上がってそれから水族館の方が水族館をゆったり過ごせただろうが、俺達は最初に水族館に入ったのである。

 藤こそ空が好きそうだったが、彼はチンアナゴの餌やり時間だからと水族館に先に入りたいと言い張り、俺達三人は細長い変な魚が頭を出す瞬間を小さな子供達の邪魔になりながら見守ることになったのである。


「君には魂が無い。ただ動き生命活動をしているだけの人形だ。」


 しかし、藤は目的のチンアナゴではなく、チンアナゴに紛れ、たった一匹だけ顔を出していたオレンジの斑点があるニシキアナゴに惚れてしまったのだ。

 芝居がかった言葉で、取り残された毛色の違う僕のような、とか藤は呟いていたが、水槽の別の所でオレンジ達は大量に顔を出していた。


「置いて来て良かったのかな。」


「あなたこそ置いてくるつもりだったのでしょう。」


 俺達は互いに見返した。

 互いに腹に一物ある人間同士の笑みでしかなく、嘘を持てないどころか他人の過去に潰されそうな人間でもない俺達だ。


 鹿角は笑顔を崩さないまま拳にした右手を頭上に掲げ、頭上の煙を追い払うかのように腕をぐるっと回した。


 俺達の周囲にいた観光客達は、いつの間にか周囲から消えていた。

 鹿角は俺をエスコートしながら展望台内を歩き回り、俺の目に留まらないようにして部下達に人払いをさせていたようだ。


 それでは、彼の右腕の合図は何か。


 展望台内でカチっと何かの切り替えの音が響き、外を眺めるためだけのガラス窓がシャッターという無粋なもので覆われていくじゃないか。

 全ての窓が塞がれて、俺達を照らしていた照明だけでは世界は暗転し、俺達が闇に溶けたその数秒後に、昼日中な明るさを館内は取り戻した。


 俺の後ろはシャッターが閉じられた展望窓。

 鹿角の右後ろには客のいないカフェスペースが見え、左後ろには大きなモニターが天井に設置された空中探検体験のスペースが見える。


 俺は杖を握る左手に力を込めた。

 その手の甲に柔らかで冷たい感触を感じ、俺は軽く息を吐いて、こんな裏切りなど想定していただろう、と自分に言い聞かせた。

 世の中には裏切られたままの人間など沢山いるだろうと。

 そうして覚悟を決めると、俺は鹿角の後ろを見返した。


 鹿角の後ろに広がるスペース、そのどちらにも、鹿角よりも浅黒い肌をして鹿角よりも彫りが深いが、鹿角よりも整った顔立ちなど誰一人もいない外国人の男性達が立っていた。


 総勢、十一人。

 マザーグースの歌でも歌ってやりたくなる人数だ。

 誰もいなくなった、と。


「彼がはぐれてくれて良かった。」


「はぐれてくれなかったら、僕と一緒に始末しなきゃいけなかった、から?」


 鹿角はそれこそ嬉しそうな顔をして見せると、俺にかがんで俺に囁いた。


「人間は守るための腕は二本しかない。」


「あああ。俺一人ならば殺されないと踏んだか!」


「ははは。君は本当に豪胆だ。」


 鹿角は笑いながら俺にウィンクした後に、デート相手を口説くようにして俺の耳に低い声で囁いた。


「I got this.」


 俺は笑顔を鹿角に向けながら、同じように鹿角に囁き返した。

 同じような囁き声だが、大人を馬鹿にする反抗期の子供そのものの表情で。


「You talkin' to me?」


 鹿角は俺に対して目を丸くした。

 それから、鹿角を押しのけるようにして鹿角の後ろへと一歩前に出た。

 ニヤニヤ顔の異国人の群れの中、交渉人なのかボスなのか、一人の男が前に出てきた。


「日本は冗談が多すぎる。こんな小さな子供が我が国の政府サーバーをダウンさせたなんて!」


「ハハハハ、やっぱりその話題でしたね。昨日のニュースでもしかしたらと思いましたが、ハハ、やっぱり。アメリカのヒラリーメール事件のような状態と言う事ですね!ハッハ。あれはヒラリーが脆弱なサーバーから私的メールを政府のサーバーに送った事で、政府のメールが流出する懸念だけだったが、あなたはウィルスを引き込んだんだ。マスをかくために児童ポルノ動画を検索してしまったばかりに!」


 男は俺に拳を振り下ろした。

 しかしその手は鹿角の手によって遮られた。


「ミスターレセンデス。駐在大使のあなたが我々にした申し出は、少年に暴力を振るう事では無いでしょう?また、此方が許可したのは、事情を知っているらしき少年への単純な質問だけですよ?」


「鹿角さん。この人、自分のお尻に火がついているから必死ですって。ほら、最近話題になっているゴーストウィルス。あれは児童ポルノが記録されている記録媒体を攻撃するものですから。」


 俺はここで言葉を止めて、大きく息を吸うと、大声を上げた。

 実証は出来ないが、嘘では無いと断言できる、藤が呼んだ少女が俺の左隣にいるのだ。


「お前は子供をレイプする男だ!」


「ガイアテ!エステニーニョ!」


 鹿角に抑えられたはずの男は俺に再び殴りかかり、腕で顔を守ったが彼の拳は俺の腕にぶち当たり、足の弱い俺は当たり前だが尻餅をついて転がった。


「何をするんです!」


 鹿角は大声を上げてレセンデスの腕を掴んだが、鹿角の身体はそこからいつもの動きをしてしまったようだ。

 暴行者の腕をひねり上げたら、そのまま背中にその腕を回してしまうという、SPとして身についている拘束術だ。


「大使を放せ!日本人!」


 外国語なまりのある日本語の後に、がちゃがちゃと金属音があちらこちらで起き、それはレセンデスを守る十人のボディガードが銃らしきものを懐から出した音である。

 鹿角は自分を取り巻く状況を見返し、それからレセンデスをさらに締め上げて呻かせると、自分の盾にしながら俺の壁になるように動いた。


「全く。君は本当の悪たれだ。一言二言の会談で終わるはずが、こんな状況とは!」


「だって、あなたが自分に任せろなんて言うから!」


「君は!誰にものを言ってるんだと、私に返した癖に!」


「アハハ。確かにそうでした。では。」


 俺は床に胡坐をかき、杖で床を叩いた。

 たたんたん、たんたんたん。


 神になったつもりで、や、れ、と世界に知らしめたのである。

 今のところ、俺は世界で一番高い所に座するのだから、と。

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