相談その三 春休みだから観光します
テロリストに狙われたら場所を移動していくのが鉄則と鹿角は言ったが、俺達は目黒のセーフティハウスにおいては三日目である。
さてこの三日間を振り返ると、一日目はラーメンを食べて終わり、二日目は館内が記念館にもなっているからと館内探検を藤と行った、だけである。
俺にとっては春休みなのに!
また、二日目の飯事情に関しては、朝食も昼も夜も仕出し弁当であった。
そこで寂しがり屋の俺は、夕食の弁当を抱えて藤の部屋に行き、藤の部屋でテレビを見ながらもそもそ飯を食べることにしたのである。
藤と一緒に眺めたテレビ放送はニュース時間だったが、中高生の間で話題になっている、スマホを壊すまで祟られる恐怖映像の特集をしていた。
児童ポルノに当たる映像を受け取ったそこで、その動画を撮られて自殺した少年の霊がスマートフォンの画面からずっと覗いてくる、というものだった。
「怖いねえ。でも、幽霊にそれが出来たら、俺のお喋りも楽になるかな。」
「そうですね。そうしたら、酷い映像を撮って相手を虐める人もいなくなりますかね。そんな映像、犯罪行為の証拠でしかないのに。未成年の内は良いですけれど、成人した後に見つかったら、普通に児ポで検挙されるかも、なのに。どうしてそんな酷いものを撮るんでしょうかね。」
藤は俺の頭をそっと撫でた。
そして彼は、そういうものを撮ったり所持している奴への処罰がもっと厳しくなるように祖父のケツを叩くよ、と俺に笑って言った。
「あなたじゃなく、お爺さんを働かせるんですね!」
「命を懸けてって選挙カーから騒いでる人じゃない?過労で死んだらそれこそ、これみちさんのこれ道です。」
「ひどい。」
俺達は笑い合ったが、藤は俺に対して思う事があったようだ。
三日目である今日、お出掛けしようかと俺を誘って来たのである。
だが、簡単にはお出掛けできない。
そこで俺達は拓海がこもる研究室の門番となっている兵頭に願い出た。
このまま手術当日まで俺達はここに待機し、手術日に拓海は居所不明の患者が滞在する病院に向かう事となる。
よって拓海はモニターで秘蔵映像を鑑賞して遊ぶどころか、拓海が必要とする手術に必要な道具やスタッフへの準備指示などの打ち合わせで、この連日、モニター会議で研究室に釘付けなのである。
祥鳳大学で手術してしまえば楽であろうに、これはイマムラ氏の身の安全のための処置らしく、彼の本国が全て費用を受け持った上での要求でもあるらしい。
なんと、大盤振る舞い!
これはイマムラ氏が元元首だったと言う事のVIP待遇だからだろうか。
「いったいいくらぐらい横領しちゃったんだろうね。国のお金。」
廊下のベンチで適当に座る藤は新聞を広げながら笑い、藤の言葉に対して俺にガイドブックを手渡していた兵頭が鼻で嗤って返した。
「現政権がひっくり返るぐらいの金額なんでしょうよ。でも、本当に横領かどうかわかんないわよ?日系人であるイマムラ氏への支持は、元々その土地に住んでいた人達やその混血系の国民には未だに高くて根強いの。現政権はあの国を植民地にした時からのスペイン系の人達でしょう?イマムラ氏が元首になったことで当時の日本は積極的に企業誘致に力を入れたけれど、今は、ねえ?」
俺は難しい政治話から逃れるために、兵頭が手渡してきたアミューズメントパークのガイドブックを見下ろした。
「え、今から、ですか?千葉ですよね。」
「どうせ藤の運転でしょう。後ろで寝ちゃっていなさい。せっかく来たんだから東京見物は必要でしょう?」
「いえ、東京銘打ってありますが、これは千葉ですよね?」
「いいから!遊びに行きたいなら、子供は近所のラーメン屋じゃなくてそういう所にこそ行きなさい。手術前会議が立て続けで、拓海先生が爆発しそうなのよ。春休みなのにあなたを遊びに行かせていないって騒いで、あなた連れてどこぞに逃げられたら困るの!」
俺は、はい、と兵頭に頷き、けれど、せっかく東京なんだから新名所の方に行きたいと彼女に伝えた。
「そこ嫌いなの?」
「だって、ここは園内広いから沢山歩くじゃないですか。」
「あ、そうか。そうだ!歩くか!藤と晴君が腕組んでパークを歩くのは絵にはならないわね。いえ、そんなことして知り合いに見られたら、晴純君がますますリア充から遠のいてしまう!」
「時々失礼ですね、兵頭さんは!で、俺は東京スカイタワーにこそ行きたいです。水族館もあるし。」
「いいでしょう。」
兵頭の許可がでるや俺と藤は顔を見合わせ笑い合い、すでに用意が出来ているからとベンチを立ち上がった。
そうして二人で出口まで歩いていると、当り前だが俺達の乗る予定の黒塗りのセダンには鹿角が寄りかかって待っていた。
ラーメン屋の時のように私服だが、スーツ姿の時の方が目立たないという、物凄く目立つ神々しいお姿だった。
ブランド物のカジュアルコートを羽織り、その内側には柔らかそうで清潔そうなシャツに重ねたゆるっとしたグレーのニット、スラックスも上質なウールだろうと一目でわかる高そうな奴だ。
つまり、ブルージーンズと厚手カットソーに年季の入った革の茶色のジャケットを羽織った藤と、トリコロールが要所で派手な主張をしているブランド品のフードジャケット以外が全部適当な店で買った上下姿の俺には、鹿角は雑誌から出てきたモデルにしか見えないのだ。
「うわ、まぶし!」
「ちくしょう!アングラ出身にはそのオーラはきついぜ!」
「君達は!そうやって私を今日も虐めるのですね。さあ、行きましょうか。私は楽しみなんですよ。電波塔であるあそこに晴純君と行けるのが!」
俺は喜色満面な顔を隠そうともしない男に笑みを返した。
「あそこだったら絶対にあなたの許可が貰えると思いましたが、その通りのようですね。で、本物の国際テロリストはいるのですか?」
鹿角は機嫌よく、テロリストの定義って何でしょうね、と答えた。
俺は、コンピューターウィルスを撒くのもテロかもしれないですね、と鹿角に言い返していた。




