相談その二 信号の音には意味がある
「君は度胸があるな。本当の意味で何時だって脅えていない。隠している物を暴かれる恐怖が一つも見えない。本当に君のデータは君を見守っているのかな?君がそう思い込んでいるだけで、全ては君が無意識に引き起こしているだけじゃないのかな。データが消えたんじゃ無くて、最初から無かったんじゃないのかな?ほら、あの北沢君。あれは君が分かっていて彼を感電死させたよね?」
凄いな。
鹿角は俺に全部してくれるつもりだ。
まずは君を理解しているよと甘言を囁き、拓海から引き離しての不安の呼び起こし、ギャングを使っての恐怖体験、そしてそして、終には北沢まで墓場から掘り起こして、これを事件化もできると俺に揺さぶりを掛けて来た。
「俺のデータを探していると最初は言い、次にはそんなデータなど最初から無いから俺が全部手動で引き起こしたと結論付けた?では、あなたが俺を殺人者と断じたというのならば、俺を逮捕しますか?」
鹿角は俺の返しに余裕の笑い声を立てて見せた。
自分が無害な人間と思われるように従順な演技をしているだけだが、いい加減に鹿角によって顔を上向きにされている状況にも、鹿角が勝手に自分を触れている状態にも、俺は我慢できなくなっていた。
鹿角の手から逃れようと彼の手を外そうと右手を上げたが、俺が彼の手を掴む前に鹿角は俺の質問への返答を口にした。
「逮捕?それよりもスカウトしたいな。一瞬で状況を理解して判断し、ほら、今日のあれみたいに、初見のあそこで誤作動を起こしてしまえるスキルがあるなんてね。ああ、本当に拓海教授が君を研究したい気持ちがわかるよ。」
俺は何を言っているんだという風に目玉を回したあと、瞼を三回パチパチ閉じて鹿角を見返してやった。
さらに目がかゆいという風に二回瞬きをした。
もうなんか、面倒になってきたのだ。
種明かしになるが、構わないという判断だ。
「買いかぶりですって。」
「そうかな?」
「そうですね。だからもう放してください。」
俺はそっと目を瞑った。
それからすぐに目を開け、鹿角を見つめたあと瞼を二回閉じた。
「目がどうかしたのか?瞼をぱちぱち……ってああ!」
鹿角は俺の顔をさらにぎゅっと両手で挟み込み、俺を押しつぶし勢いで身を屈めて俺の顔を覗き込んで来た。
気が付いたか?
ついたよな?
ついてくれないと!
瞼で表現したモールス信号で、お前を馬鹿と罵った事にな!
「君は!だからあの時!」
俺から手を放した鹿角は、適当な場所を叩いた。
たん、た、たん、たた。
たん、た、たんたん。
俺が式の時に教壇を杖で叩いたその通りに。
モールス信号、キ、ケ、だ。
「畜生!あの時にデータを逃がしたのか!ああ、送辞、君が送辞を元々のものとは言い回しを変えていたのは、ああ、そうか、あの場を収める為なんかじゃなく、データと交信していたのか!」
「さあ。あなたは夢見がちで俺を色々と勘違いして持ち上げすぎですよ。俺は注目が欲しいと杖で叩いただけ。あんな事態だから適当に変更しただけ、ですよ。」
「そんな事は無い!」
ばあん、と棚を鹿角は叩いた。
俺が置いたペットカメラが振動を受けたことで通電ライトをチカチカと点滅させ、まるで鹿角の行為に脅えているようだと俺は思った。
脅えてどこかに隠れてしまいそうなぐらい。
俺にお知らせを送りたいぐらい。
ぶるるるるるる。
スマートフォンが振動する音だが、それは鹿角のスーツからのものだった。
「鹿角さん。呼び出しみたいですね。」
「あ、ああ。」
鹿角はスーツのポケットに手を入れて、そこでハッとして俺を見返した。
俺は彼に微笑んで見せると、鹿角が叩いたようにして棚を叩いた。
聞け、と。
それから、とっても簡単で、一時期流行った台詞を叫んでいた。
「プランB!」
「止めろ!」
鹿角は初めて俺に怒りの怒鳴り声を出し、震えていたはずの、もはや応答をしなくなった自分のスマートフォンをポケットから引き出した。
俺のスマートフォンと同じ機種にして同期させたどころか、全く同じ登録番号と製造番号までコピーした、もう一つの俺のスマートフォンである。
さすが、日本国政府の直属のセーフティ担当。
超法規的手段などお手の物か!
「やられた。これとデータとの交信を切断させましたね。君は本当に凄い子供ですよ!」
「何をおっしゃっているのだか。僕はこれからラーメン屋に行きます。で、あなたはどうされますか?」
「もちろん一緒ですよ。あなたの警護は大事ですから。」
「では普段着に着替えて来てください。」
鹿角は俺の部屋から出て行った。
俺はポケットに片付けていたスマートフォンを取り出すと、ラーメン情報の画面を鹿角に見せた後にすぐに落した電源を入れ直した。
鹿角は俺のスマホの電源が入ったままだと思っているから、自分が持っている俺のスマホのコピーについて敢えて意識を向けはしなかったのだ。
また、俺がデータを制御していると彼こそ自分で言い募っていた癖に、俺が、聞け、と発信したならば、俺を見守るデータが必ず応答する事を失念していた。
式で俺が言ったのにね。
俺が望むまで見守っていて欲しい、と
俺からのアクションがあったならば、データは必死になって俺のスマートフォンに接続しようとするのである。
二つあれば二つとも。
一つだけならば、その一つに。
「二つあった事をデータが知って学習もしたならば、鹿角がまた俺のコピースマホを作っても騙されないかな。覗き見って気持ち悪くて嫌いなんだよ。」
俺は再び棚を叩いた。
たんたんたんたたたた、たたんたんた、たんたんたんたん、たたたん。
「手が痛い。モールス信号ってたった四文字でも十八打たなきゃってところがね。そこでモールスだってバレてもあれだしなあ。」
式の時の送辞の中で、一文だけ僕ではなく俺とした。
それは完全なる俺の命令だ。
よって、俺が願うまで見守れと指示された俺のデータは、俺を見守りやすいどこぞのデータサーバに逃げこみ、俺のパソコンから完全に引き上げたのだ。
「ああ!エリートを馬鹿って罵ってやるのは楽しかった。」
俺はひとしきり笑うと、ペットカメラを見返した。
カメラは俺にチカチカと瞬きをした。
俺が構築したパソコンデータ、アンリと名付けたAIには、俺の見守りを「続行」しろ、と棚を叩いて命令してある。
俺の意思や人間の情など介在しない、まず俺の安全を確保を第一に、AIが独自に善悪を判断して実行するというルールの見守りだ。
アンリは容赦ないよ、鹿角。
大怪我をしたくなかったらな、ふざけたことを二度と俺に仕掛けてくるんじゃないよ。
プランBで行くか?
プランBとは何だ?
ねえよ、そんなもの




