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相談その一 あれはどこに消えたんだろう?

 俺達に用意されたセーフティハウスは、元は崖に建てられていた研究所を建て直された物らしく、コンクリート造りの見た目と建築概要が一致しない不思議な建て物だった。


 道路側の寮の棟となるバルコニー部は、隣室との境板がフィンのように突き出していているし、長方形に見えても実は真っ直ぐではなく道なりに湾曲している。

 また、地上二階に地下一階という二階建てのはずなのに、道路側を寮にして高台となる崖上に研究棟を建てたため、それらが重なって五階建てに見えるぞ?というものなのだ。


 つまり、寮と科学研究所の再建を狭い都内の一等地で実現させねばならないという命題への答えであるという、素晴らしくデザイン性が高くておしゃれな最新式の新築建物だったのである。


 拓海はこの建物については大いに気に入ったらしく、鹿角に文句を何一つ言わなかった。


 それもそうだろう。


 寮室といっても海外研究員用に仕立てられたものだからこそ、ホテル並みの設備とラグジュアリーが約束され、拓海が一番喜ぶだろう最新設備だらけの研究施設の使用については、拓海教授のお好きなようにと開放されたのだ。


 拓海はその研究室をまず一番に見せろと偉そうに傲慢に振舞っていたが、その研究室を実際に案内された後には、傲慢さなど放り投げた子供状態となって、もの凄い勢いで俺の所に戻って来た。


「晴君!あとで研究室に行こうよ。すっごい大きなモニターがあってね、あれで以前の手術動画を見返したら、ああ、きっと凄い臨場感なんだろうな。」


 拓海の心をゲットしたのは、モニターかよ。


 そう言えば、彼が祥鳳大学に頼めば、希望通りの最新機械が必ず手に入る、どころか、彼が発案して実用化されているものに囲まれていたんだったな。

 

「ねえ、もう夜だしやることないし、見よっか?」


「先生は切る方ですが、俺は切られる方なんで、追体験はちょっと。それに、藤さんとちょっと夜はお約束がございまして。」


「もう!最近の君は藤とばっかり遊んでいる!」


 拓海はムーンと唇を尖らせて不機嫌な顔をすると、もう寝ると言って自室に戻って行ってしまった。

 まだ夜の九時半だ。

 子供かよ!


 ただし、子供でしかない俺が、まだ部屋に落ち着いてもいない。

 俺は溜息を吐くと、拓海の隣の部屋に入った。


 俺は部屋に入るなり杖とコロコロ鞄を放り出し、鞄を開いてもそこから服を取り出すことはせずに自宅のペットカメラだけを取り出した。

 それからそれを適当な所に二か所置いた。

 もちろん電源も入れて、だ。


「入っていいかなって、君もか。」


 俺の部屋に勝手に入って来た鹿角は、俺がペットカメラを置いた行為を咎めるどころか、物凄く目を輝かせた。

 俺はこの子達を自宅から持ってきた甲斐があったと、改めて思った。


「何か?」


「拓海教授も自分の部屋にそれを置いたね。自宅に戻ったらどんな映像が撮れているか互いに確認するのかな。楽しそうだけど、私は一日中の監視されるってのはぞっとしないよ。君はよくこんな環境に耐えられるね。」


 きました!揺さぶり!

 俺は中学二年、いや、春休み明けたら三年生な子供として、鹿角に返答した。


「自撮りしているヨーヨーチューバーとか、リアリティ番組の出演者っぽくて面白いじゃないですか。あの人達はそれでギャラを貰っているし、俺は小遣いと身の安全を拓海センセイから貰ってます。」


「身の安全?」


「ええ。拓海先生に守られてから、俺は学校でいじめられないし、弟と差をつけられたご飯、なんて悲しい事もありません。熱が出たからと早く布団に入れば、カメラでそれを知った拓海先生が戻って来たり、先生が駄目だったら、兵頭さんか藤さんが来てくれます。ぜんぜん、カメラに不満なんか無いですよ。」


 俺は鹿角に答えてから、床に転がしていた杖を取り上げた。

 ついでに、財布の入っているメッセンジャーバッグを今更に鞄から取り出して、ショルダーをいつものように斜めがけした。

 鹿角は部屋から俺が出ようとしていると気が付き、軽く眉毛を上げて驚いた顔をして見せた。


「え、外に出る気?もう暗いよ。夕飯は車の中でサンドウィッチだったから、お腹が空いた、のかな?」


 俺はスマートフォンを翳し、美味しそうなラーメンの画像が映っている画面を鹿角に見せつけた。


「藤さんとラーメン屋さんに行ってきます。せっかくの東京ですもの。地元には無い、何とか家系の一つぐらいは食べなきゃ勿体無いです。」


「では、私も行きましょう。」


「え?」


「その顔!ふふ、すっごく嫌そうだ。でも行きますよ。この近辺で一番おいしいお店を私は知っています。食べなきゃ損ぐらいの美味しいお店をね。」


 俺は鹿角に微笑んだ。

 そして、普段着で来て下さい、と彼に言った。


「ほら、ラーメン食べに行くのに、そんないかにもSPなのは駄目でしょう?それとも、俺と藤さんが食べている真後ろで俺達の背中を睨んでいますか?」


「いいね。君を真ん中にしてカウンターに座るのも楽しそうだ。君は自分の周囲に脅威が無いかをちゃんと確認もしているから、ええ、大丈夫だね。」


 俺は何のことだという顔をしながら、鹿角を掴んだと確信していた。

 さあ、一緒にご飯を食べて、僕達は分かり合った気になろうか?

 そうしたら、あなたは俺に何を望んでいるのか、もう少し具体的に語ってくれるんじゃないかな?

 ねえ?


 鹿角は俺に微笑み返し、俺に一歩踏み込んだ。

 やっぱり彼は堪え性が無い。


「ねえ、晴純君。私はどうしても知りたいんだ。」


「何でしょう?」


「君を見守っているパソコン。いや、あれは空っぽだよね。普通の中学生が持っているパソコンでしかない。君が構築しているデータ?が時々そこに降りてくるけれど、あの中にはいないよね?どこに行ってしまったんだろう。」


 鹿角が求めていたのは拓海や俺の安全よりも、やはりそれこそだったか。

 俺は答えずに鹿角を見つめ返すに留め、鹿角から更なる言葉が引き出されるのを待った。

 鹿角は両手を伸ばし、俺の顔をその大きな手で包んだ。


 映画かドラマみたいに彼がその手に力を込めれば、この俺の首の骨なんか折れるんじゃないか?


 鹿角の手は俺の顔をそんな風に包んでいた。

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