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連絡その四 事象を起こしているのは誰なのか

 カルロに切り裂かれたSPの二人、藤堂と波瀬は命を失わなかった。

 救急車を呼んでの病院での処置となったら、喉を切られた藤堂は出血多量で死んでいたかもしれないが、ここは非常識な大学の構内である。


 兵頭が火災でない方の緊急ボタンを押したら、担架を持った警備員数名と本物の医師が俺達の目の前に現れたのだ。


 祥鳳大学の医務室の設備は簡易手術が出来る設備があり、また、そこは医学部の研修医がアルバイトとして交代制で詰めていると、唖然とする俺に兵頭は自慢するように説明してくれたのである。


 祥鳳大学工学部とは、どんだけ危険な事をしている学部なんだよ。


「ね、ここの教授になりたいって思ったでしょう?」


「……まだまだ未来のことなんで考えさせてください。」


 ちなみに、医務室待機の医師の時給は、医者の時給では最低設定らしいが、医師が必要な急患など当たり前だが滅多に無い。

 よって、激務の病院からやってきた研修医には最高のアルバイト先らしい。


 しかし今回、たった一人で緊急事態な二人の応急手当てをすることになった医師は、これじゃあ看護師がいるだけ病院のERの方がいい、自分は貧乏くじだ、と、ぼやいている。


「晴純!怪我は無いんだろうね!」


 医務室に飛び込んで来たのは拓海だった。

 俺は彼に抱きつきたかったが、研修医の方が俺よりも先に泣きついた。


「拓海教授!腹部外傷患者の状況は腹膜下に及んでいます。大動脈への損傷はありませんが、腹部の更なる出血の可能性を考えるとここでは処置できません。」


 なんと、腹を切られた波瀬の方が重体みたいだ。

 研修医に泣きつかれた拓海は、名誉教授の癖に、いや、名誉がついてさらに人間から離れた存在となられたからか、物凄く人でなしなセリフを吐いた。


「あ~。僕は脳神経外科だから、お腹の中の事はわかんないねえ。」


「教授うううううう!」


 わかる、そこで叫びたくなる気持ち、わかる。

 しかし、拓海は教授なだけあって、研修医を一瞬で幸せに導いた。

 兵頭が搬入先となる病院に話を付け、さらに、担当医師とのホットラインを繋いだのである、拓海に。


「ああ、ひでちゃんなの?うん、僕はわかんない。今来た所。うちの優秀な子が頑張っていてね。ハハハ、違うって。うちのでも、僕の科の子じゃない。ほら、うちは僕含めてお腹のことわかんないじゃない。で、ええと、今西君に代わるね。凄いよ、一人で頑張ったんだ。で、はい。」


「教授、感謝します。」


 今西医師は物凄い尊敬の目を拓海に向けて拓海からスマホを受け取った。

 ねえ、研修医いまにしさん、拓海はただの世間話を受け入れ先の先生として、患者の大事な時間を潰しただけだよ?

 いいの?


「救急車到着しました。全員この車に乗って、まずは恵昭救急指定病院に行ってください。そこで拓海教授以下四名様は我々の車に乗り換えて頂き、皆様全員を東京のセーフティハウスにお迎えさせて頂きます。」


 鹿角が医務室にやってきた。

 彼は昼間に会った時のままの余裕のある鹿角のままで、俺はそんな彼に観察されるのも嫌だと、藤の影に隠れた。


「遠い道は僕達の距離を短くした。僕達は、って。」


 俺は兵頭によって藤から引き離され、藤は兵頭によって左耳をひねられてから突き飛ばされていた。


「痛いですって。兵頭ちゃんは!」


「縁起でもない事を始めないの。ほら、そこの嫌な男が言うように私達は動きましょう。そうして、今回この大学で起きた事、何一つとして起きてはいない事にして頂きましょう。ねえ、鹿角さん。三番実験室及び制御室の破損と、その向かいとなる壁への損壊は、大学の春休みが終わるまでに何もなかったように修復して頂けるのでしょう?」


 鹿角はニコッと微笑んだ。

 部下二名が目の前で唸っているにもかかわらず、晴れ晴れとした顔である。

 そんな顔が出来る男は、これこそ目的だったと思わせる台詞を吐いた。


「何事も無かったようにはいきませんね。カルロ・シゲマツと名乗っていた壁の華となった男は、日系人として就労ビザで来日して潜んでいた、本国では指名手配犯のセシリオ・アルバです。また一緒に亡くなっていた以下二名も、アルバと同様の罪状がある同様の入国方法による不法滞在者ですね。彼ら三名が大学構内に窃盗目的の侵入によって事故死したと、本国に伝えてあげねばいけませんからね。新聞の端ぐらいには載ってしまいます。」


「国際テロリスト崩れ、では無かったのですね。」


「ふふ。晴純君。どうして彼らが動いたのかな。大人しくしていれば本国みたいに派手には出来ないけれど、それなりに面白おかしく日本で暮らせて行けたのに。ねえ、誰が彼らを煽って、人殺しに向かわせているのかな。」


 鹿角は俺をじっと見つめてから、再び作り物のような笑顔を作ると、さあ行こうと手を叩いた。


「テロリストに狙われた時は、始終動き回ります。一か所に留まっては襲撃を受ける事になる。さあ、次の場所に移動です。」


 鹿角は先導者のようにして踵を返し、俺達に後姿を見せた。

 背筋の良い姿勢の後姿は清々しいぐらいに颯爽としたもので、誰にだっても彼は善人で信頼に足る人にしか見えないだろう。


 俺は彼の後姿を見つめながら、カルロの真実を聞いて思いついた事を考えた。

 この聖なる男は、汚れ物が嫌いなのでは無いだろうか、と。


 神の言葉によって衣服を脱ぎ捨て、異国に侵略されて虜囚になるとはどういうことかと、民に実践して見せたキリスト教の預言者イザヤ。

 バビロニアの虜囚を預言し、処刑されるまで罪の悔い改めを民衆に説いた男だ。


預言者者と同じ名前の目の前の十六夜いざやは、人々に悔い改めを訴えるのではなく、罪を悔い改めねばならない犯罪者に対して、神の裁きこそ自分で実践しようとしているのかもしれない、と。




2022/1/10 予言者→預言者に修正しました。

神様から言葉を預かる人達なので、予言ではなく預言です。

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