連絡その三 お喋りをしてみました
「取りあえず逃げよう!」
藤は俺にそう言った。
逃げる?はてな?と俺の頭にいくつものクエッションマークが生えたが、俺達の集合を馬鹿にした目で見守っていたSPの方々が、なんと、同時にイアホンの嵌る耳に手を当てるという動作をしたのである。
侵入者?
ええ、目の前にいますよ。
拓海教授の運転手でしたっけ?
俺のスマホの画面には、彼らに応答した相手の言葉が浮かび上がった。
カルロ・シゲマツがそちらに向かった。
SPの二人は慌てたようにして身構えたが、時すでに遅し。
ドアを閉めに走った一人が、戸口で喉を押さえて崩れ落ちた。
「藤堂!」
同僚に声を上げたSPは、胸元の銃を抜く前に腹を切り裂かれた。
ひゅっとナイフを振って血を飛ばした男は、恭しくナイフを胸元に片付けながら一歩室内に足を踏み入れた。
「その子供が拓海教授の大事な子供なのですね。」
千客万来の戸口だ。
藤は新な客に舌打ちをすると、俺を抱えるようにして部屋の隅の角に駆け寄り、兵頭はそんな俺達へと駆け寄って来た。
だがしかし、俺達は三人寄って集合できたが、文殊の知恵どころか、無力な一般人の固まりにしかなっていない
百七十程度の身長に一重の男はそんな俺達に笑みを見せ、彼の後ろにいた二人、SPの方々よりも低いがその一重よりも背の高い男達は、自分の上司?が倒したSPの懐から銃を奪ってそれぞれが手に持った。
彼らは勝利の笑みを見せながら、のっそりと室内に入って来た。
テロリスト崩れというからには、信念もなく金だけで動くようになった人達なのであろうが、鹿角が日本赤軍系と断じた言葉通り、三人とも思いっ切り純日本人的な顔立ちに陽に焼けた肌という組み合わせであり、日本国内では悪目立ちしそうな嘘くさい外見をしていた。
「よく入国審査で引っかかりませんでしたね。この人達。いかにも怪しい日本人じゃないですか。」
「観光ビザで外国人として入国したんでしょう。本籍登録が無い国では偽名でパスポートなんか簡単に作れるの。日本のパスポートが何処の国よりも信頼があるのはそう言うことよ。」
「だよね。改名だって外国は簡単だし。以前にはサッカーのU20で二十歳以上の選手の誕生日変えて出しちゃった国もあったものね。」
「うるせえ!てめえら!」
入ってくるまでは一流の悪人っぽくて良かったが、俺達のコショコショ話に対してあげた声で彼らは呆気なく三流っぽくなった。
いや、それでも彼らはどうしようもない悪人だ。
「いい女だ。大人しくしてれば殺しはしない。ちょっとは楽しませてもらうがな。そこの兄ちゃんは殺処分。で、お子様はお利口さんにしていようか?手術中にイマムラが死ぬのが最高のオーダーだ。それが叶うまでお前の指は何本残っていられるかな?」
「たぶん一本も欠けることは無いですね。」
「そうか、そりゃあ、いい知らせだな。俺にも、お前にも。」
俺は一重の男を見つめ、彼をカルロ・シゲマツと呼んでやるか、俺のスマホに新たに表示された本名、セシリオ・アルバと呼んでやろうか迷った。
日系人に見えるように整形をして改名をしているが、メキシコでは婦女暴行殺人と対立ギャングへの拷問殺人で指名手配を受けている元麻薬組織系のギャングではないか、と。
そして、どうしてそこまで俺が分かったのかは、鹿角が部下に呼びかけながらその文言を部下に伝えようとしたからだ。
本当に部下への呼びかけか?
俺はスマートフォンの画面に表示される文字を読んで事態に脅えるどころか、鹿角よ、お前はそこまでやるのかよ?そればかりだ。
「ほら、まず子供はこっちにおいで。」
取りあえず、カルロにしておくが、そいつは自分の優位性に悦に入っていた。
崩れていても本物のテロリストであれば、いや、殺人も請け負う殺し屋であるならば尚更に、慎重に動くはずであろうに彼はギャングでしか無かった。
日本の暴力系団体に照らし合わせて当て嵌めてみれば、ギャングなど、ヤクザにはなれないチンピラ風情、だ。
「君の声が聞きたいと僕はいつも望んでいる。」
俺の後ろで藤がいつもの芝居がかった言葉を紡ぎはじめ、俺達を脅せるぐらいの兵頭こそが、そこでげっと脅えた小声を上げた。
藤はロダンの考える人のような、つまり、どこかのベンチに座っているような姿をしていた。
背中を壁に当てて、という、空気椅子?
俺と兵頭は藤がやばいと思いつつも、やばいと思ったからなのか、壁に背中をくっつけるぐらいにそれぞれ下がった。
そして、藤を真ん中にしてベンチに座るようにして、ずるずると壁に背中を擦りつけながら身を下げていき、俺達も空気椅子状態になったのだ。
「君は沢山の人の中にいて、僕は雑踏をかき分けて、かき分けて、君の元へと辿り着こうといつも喘いでいる。でも、今日は、僕はここで君を待つ。ここから君を眺めよう。ああ、信号が変わった。ああ、人の波が僕と君の間を波のようにして押し寄せて君の姿を掻き消してしまった!」
俺の吐く息は白くなり、ガラス一枚隔てた実験室でモーター音が響き始めた。
「なんだ?ああ? なんのお遊戯会だよ?」
カルロはもう一歩踏み出し、彼の後ろの手下はニヤニヤ顔で銃を俺達に向け、俺がびくっと思いっ切り体を震わせたことで嫌らしい笑い声をあげてその手を降ろした。
ブーン。
発電機らしきものは完全なる稼働をし始めた。
大き過ぎる音により、カルロは思わずガラスの向こうを見返した。
「ひゃあ!」
真っ白くなったガラス板には、たくさんの手形が出来ていたのだ。
彼には見えただろうか。
手と手の間には顔があるよ。
藤が呼んだ、君達が殺して来た人達の顔が。
ブーン。
「な、なにが!」
「カルロ、変ですよ。」
「まさかこいつらが!」
手下の方が精神力が高いのか、動きを止めたカルロの代りに俺達に再び銃の照準を合わせようと銃を持つ手を持ち上げようとした。
ガシャーン。
右から襲ってきた真っ黒な影によって、凶悪な三人が一斉に左側へと俺達の目の前から一瞬で消え去った。
磁力による発電の実験、あるいは、廃棄電力である電磁波を電力化する実験室なのかは俺には理解できないが、とにかく稼働をしているそれは、電界と磁界を交互に切り替えているものである。
磁石のS極とN極を切り替えるリニアの原理のようにして切り替わっているが、まだ研究途上の原動機でしかないのである。
つまり、切り替わらないなんてことは当たり前にある。
例えば、磁石がS極とS極、あるいは、N極とN極と付き合わさってしまったらどうなるのか。
動きを止めたカルロ、カルロの殆ど真横に立つことになった男二人、合わせて三人は、強化ガラスを突き破って飛び出してきた巨大な金属をその体の真横に受けたのである。
彼らを飛ばした電磁石だった車のタイヤほどの円柱は、制御室の戸口を壊して向かいの壁に突き刺さり、それが道連れにしたカルロ以下三人を壁の落書きに変えていた。
俺はその結果を見つめながら、藤は怒らせないようにしようと誓った。
俺も人殺しだもんな。
幽霊で復讐されてしまう。




