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休学一週間目にして

 晴純の体を奪って一週間目、俺は晴純がいじめというターゲットになりやすい要件を持っていた事を身に染みて感じていた。


 それは捕食される動物が、群れの中で弱っている個体を攻撃する行為に似ている。


 小鳥や鹿が群れで行動し、その群れの中で似たような動きしかしないのは、捕食者に群れを襲われた時に、ターゲットを固定させないで分散させて身を守るという本能が知っている防御法である。

 しかし、ターゲットにされやすい病気や怪我をしている個体が中にいれば、同じ種の群れが三つあってもその個体のせいでその群れこそが狩りの場に選ばれてしまう。


 だからこそ、彼らは弱った仲間を蹴り殺したり群れから追い払うという、攻撃行動を取るのである。


 晴純は病気の個体そのものだった。


 まず、運動能力が低すぎる。

 この一週間体を鍛えるために朝晩と走ってはいるが、それで知ったのが、運動が出来ないのは彼の怠惰からではなく、生まれつきのバランス感覚の悪さによるものでしかないという事だった。

 歩くだけでも足が絡まるって、どういうことだ?


 次に、周囲とは知能レベルが違う。

 彼が周囲の考えていることが分からないと嘆くのは、この知能レベルが違うからこそ、だろう。

 公立学校は子供の能力など考える必要など無く、地域内の子供であればだれでも通える。

 そのことこそが彼を不幸に貶めた原因そのものだったのかもしれない。


 俺はこの世界に来てから何の問題も無く本が読め、情報を理解できるが、それは俺が大人であり頭が良いからかと思ったが、それは晴純の能力によるものだった。

 勝手に体を借りたと言っても、真っ新な脳では俺の思考や知識に頼るしかないが、そこに晴純が今まで貯えていた知識という引き出しがあったからこそ俺はスムーズに思考が動かせるのである。


 だが、晴純は俺が評した事を信じないどころか、自分で自分の事を、グレーゾーンで知恵遅れ、と言うばかりだ。


「他の人と上手くやれない、から、本を読んで勉強するんだけど、かえってわかんない。それって馬鹿って事でしょう。勉強だって、テストでいい点なんか取れないよ、俺は」


 そこで俺は図書館に行くことにした。

 晴純は俺の行動に首を傾げながらもふよふよとついて来て、俺が知能テストの本を借り出したところで頭を下げてしゅんと小さくなってしまった。


「どうした?」


「それ、俺にさせる気だよね。どのくらい俺が馬鹿なのか知るために」


「俺はお前が馬鹿じゃないと思うんだけどさ、お前が馬鹿だと言うんならどのくらいか知りたくなったんだよ。お前の話から推測する曽根達は、単なる人間の振りが出来るサルにしか思えないけどよ、そいつらがお前より頭がいいんなら、計画を練り直す必要があるだろ?」


「そっか。じゃあ、やっぱり復讐なんかしなくても――」


「うるせえ。アンリ様を信じるんだろ」


 半透明な晴純の腕を掴むと体に引き寄せ、晴純を晴純の体の中にホールドした。

 捕えられた晴純は暴力行為には反射的に無抵抗になるようで、俺に抗議をするどころか俺の言う通りに知能テストに向き直ったではないか。


 中学から同級生となった北沢きたざわ道琉うぇいるがいじめグループに加わってから、晴純への性的な暴行が始まったと聞いていた事をそこで思い出した。


 農奴から逃げたばかりの名も無き俺が、剣士になるための修行として最初に身を寄せたのが、前線に送られるだけの雑兵部隊だった。

 そこでは弱い同性に対して、女にする行為をする奴が何人かいた。

 奴らは一様に、それが単なる代替え行為でしかなく、自分は弱い男こそが嫌いで同性愛者では無いと言い張り、その証拠だと相手を殴り殺していた奴もいたと思い出したのである。


 北沢の母は外国人だと聞いているが、それならば同性愛が禁止の宗教の家だとしたらどうなのか。

 そんな人間に目を付けられてしまったのだとしたら、逆らえば逆らう程に暴力の洗礼を浴びてしまうはずだと俺は思い当たった。


「いやだったら最後まで抵抗していいんだぞ?俺にはね」


「でも、だって。アンリが知りたいって言うなら」


「俺を罪悪感で殺す気か?」


「そ、そんな事は無いです」


 テストの結果は、彼の知能指数が普通以上にあるというものだった。

 俺はその結果をまじまじと見つめながら、晴純の母親の事を考えた。

 彼女が可愛がる晴純の弟は、幼い頃から利発で体も良く動き、彼女が願う通りに中学校受験も成功している。

 人を表面でしか見られない考えの浅い人間には、熟考して押し黙る子供は気味が悪いだけの存在では無いだろうか?

 あるいは、知性のある瞳に見つめられた時に、自分の浅はかなメッキが剥がされる気がするからだろうか。


「お前の親父はいつも不在だな。どうしているんだ?」


「お父さんは銀行のシステムエンジニアをしていてね、今は大阪に単身赴任している。それに、俺がお父さんに似ているから、お父さんこそ俺を見たくないんだって」


 俺はふうん、とだけ返した。

 猿の巣に無垢な人間の子供が紛れ込んだら、猿は人間の子供を殺してしまうんじゃ無いのか。

 猿は発情しっぱなしの生物でもあるしな。

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