連絡その二 ただの子供と言う事にしましょうよ、と
車が止まり俺が降ろされた場所は、ホテルどころか工科大学だった。
それも、祥鳳大学の東京キャンパスじゃないもう一つのキャンパス。
ぎりぎり東京じゃなかったことで広大な敷地の確保が出来たのに、ギリギリ東京じゃないせいで出願数が年々減る現象が起きているという、祥鳳大学においては偏差値が下降線を辿っている唯一のキャンパスだ。
一体何ごとだと、俺は大学校舎を見上げるしかなかった。
鹿角の真意が掴めないと呆然とする俺を煽るように、俺が乗ってきた車の後ろに同車種のもう一台が止まり、そこからもう一名のごつい系スーツが降りてきた。
助手席に乗っている人達が積極的に俺を拘束に監視、いやいや、俺と兵頭を守る担当の人達のようだ。
しかし、俺が守られていると感じないのは、俺のガードマン二人が動けなくなった俺を囚われの宇宙人のようにして支え、俺が嫌だという暇も与えずに校舎内へと運んで行こうとするからである。
そしてそんな憐れな俺が彼らによって連れ込まれたのは、エネルギー理論を研究するための研究室、つまり、ガラス張りの向こうに発電機らしきものが見える制御室と言えばいいのか。
俺は制御室の適当なパネルの前の椅子に座らされ、俺を連れ込んだ男達はドアの前に阿吽像のようにして仁王立ちした。
ちなみに、俺が彼らを一括りにして外見の特徴などに言及しないのは、大柄で筋肉質な体にそれに見合った顔つきという、彼ら二人が双子のように個性を見せないお二方でもあるからである。
鹿角のように表情を作ったりもしないんだよね。
ざ、プロフェッショナル、なSPサンなんだろうな。
俺は自分の状況が今すぐ暴行を与えられる事は無いだろうと踏むと、とりあえず脅えた振る舞いをして状況への情報を得ようと考えた。
「なに?何なんですか?どうしてこんな所に?」
「たぶん、あなたが構築している、あなたを常に守るプログラムを確認したいんだと思うわ。あなたは電気を好きなように制御できるのでしょう?」
俺は俺に無体な事をしている人達を咎めるどころか、彼らの仲間のようになってしまった兵頭を見返した。
お前が主導かよ?と。
彼女の顔には何の罪悪感も無いどころか、マリアの慈愛のような笑みまで浮かべていたが、俺は悲しいどころじゃなかった。
俺という個人に対して何にも思う所が無くても、それは俺にはよくあることというか、当り前だから俺はいくらでも受け入れるが、兵頭は拓海が一番で拓海の為にだけ活動していた人ではないのか?
そう、彼女が拓海を裏切った事が俺には許せないのだ。
俺が悔しさに顔を伏せると、ぽんと、いつもの優しい手が俺の肩に乗った。
兵頭は俺の顔に自分の顔を近づけた。
「いいこと?思いっ切り自分の有能さを見せつけるのよ?あなたこそ保護対象にさせるの。そうして自分の権利をいくらでも主張できる立場になるのよ?」
「へ?」
俺は、目を丸くして兵頭を見返し、彼女をまじまじと見つめてしまった。
彼女は、当り前でしょう、という顔を崩さずに、俺に軽く頷いた。
「祥鳳大学の工学部はパッとしないの。あなたの構築したものを大学を通して特許を取れば、大学も儲かるし工学部の良い宣伝になるわ。そんな事になったら大学こそが窓口になってね、あなたを守って政府やナンヤとやり取りするようになるわ。そうすれば、あなたは一生安泰の上、最年少で教授職を手に入れられる。ここは将来の為の自己アピールの場だと考えるのよ。」
兵頭は俺の肩から上げた右手で、グッと拳を握った。
兵頭が息子に人生レールを敷く教育ママさんであるよりも、SPに与した裏切り者の方が良かったなあ。
俺はしばらく韜晦した後、泣き真似をする事にした。
そして、弱々しく、ごめんなさい、と謝った。
「ごめんなさい。構築したとか、嘘です。自分が凄く見えれば拓海センセイや兵頭さんが守ってくれるって思ったから、演技したり嘘の画面をスマートフォンに貼り付けたの。こ、こんなことになるなんて、ご、ごめんなさい!」
ドア前の男達は互いに目線でやり取りし、鼻で嗤った。
子供だものな、そんなテレパシーのような共通意識が良く見えた。
ガツ。
俺は首根っこを掴まれ、兵頭は身を屈ませた俺の耳元に囁いた。
「わたくしの目は節穴では無くてよ?」
「俺が拓海先生から引き離されたら、拓海先生の研究はどうなるんですか?」
兵頭は、あ、と声を出すと俺から手を放した。
それからパシンと手を叩くと、物凄くわざとらしい声を上げた。
「いっやだああ。親の欲目って奴ねええ。わたくし、晴純君にすっかり騙されちゃったみたああい。でも、私を騙すなんて見所があるわよ、晴純君!もおおぅ、か、わ、い、いぃぃいい!」
俺はものすごおおくゾクゾクと背中に悪寒が走り、それこそ虫の知らせだったと勘違いするほどに事態が動いた。
ドアが開き、SP二人は鹿角かと振り向いたが、彼らは仰天するだけだった。
そうだ、鹿角が入ってくるはずなど無い。
彼は江里須町のホテルにて、彼が警護するべき拓海と一緒なのだ。
ドアを開けて俺にやっほいと手を上げたのは、拓海と一緒に行動する予定の藤その人だった。
「藤さん!どうしたの!」
取りあえず絶対的味方の彼に俺は駆け寄り、彼こそ俺に駆け寄って俺をぎゅっと抱きしめた。
藤は俺を助けに来るためにめかし込んだのか、正月の時のカッコよい濃紺スーツに白手袋、そして、オールバックに髪をまとめているという惚れ惚れしてしまうぐらいの最高な見栄えにしていた。
けれど彼は俺を見下ろし、藤でしかなかったと再認識するしかない、ダメダメなセリフを吐いたのである。
「俺はハレとお喋りしないと死んじゃいそうなんだ!」
お喋り?
藤のお喋りって、あの?
「この馬鹿者が!教授から離れるなんてなんて、何をやっているんだああ!教授に何かあったら、引き裂いて、塩を塗って、バーナーで炙ってやるからね!」
これから藤にされるかもしれない心霊体験よりも兵頭の脅し文句が怖いと、俺は兵頭に脅えて藤にさらに抱きつき、兵頭を俺よりも知っている藤こそブルブル震えて俺を抱く腕に力を込めた。




