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報告その一 卒業式は大混乱です

 祥鳳大学附属中学校の卒業式は他の中学校の卒業式と違う。

 卒業生を見送るべく在校生は講堂に入れて貰えない。

 式の参列が許されている在校生は、現生徒会長だけだ。

 あとは合唱部と吹奏楽部の面々だけであるが、彼らは式のための単なる演奏要員として講堂の二階席でスタンバらせられているだけだ。単なる式進行スタッフでしかないので参列とは違うな。


 本当に不思議ばかりだと俺は講堂を見回す。

 保護者席の異常さがその不思議の答えか、と俺は鼻で笑う。

 祥鳳大学付属中学は、入学希望者が県内一であるが、少数精鋭性に拘っているために実は生徒数はそんなに多くはない。なのに在校生が卒業式から締め出されるのは、この卒業生の家族席の確保のためなのだ。

 一家どころか一族総勢で出席していいなんて、変な学校。


 ちなみに、なぜ生徒会長でもない俺が生徒会長の隣にちゃっかり座って参加してるのは、俺が送辞を読むからだ。では、送辞を俺が読む代わりとして、生徒会長が何をするのかと言うと、彼だっても送辞を卒業生に送るのだ。


 意味が分かんないが、祥鳳大学付属中学の卒業式の慣例なのだそうだ。

 俺の送辞に卒業生代表が答辞をしたあとに、今後の学園は自分が守るという意思表明的送辞を現生徒会長が答辞に対する返礼として行う。

 その意思表明が終わるや、どんどんと太鼓が打ち鳴らされ、合唱部も唄い始め、そんな騒々しい中、卒業生達が会場となった体育館を去って行く。


 さすが、拓海を名誉教授に認めた学校だ。

 マジで意味わかんない。


「蒲生君、ありがとうね。学校に慣れないのに引き受けてくれて。僕は体力的に二回も送辞を読めないし、二つも違う送辞を書けないから。それで、卒業式の流れを知っている人には頼めないしさ。ただでさえ、僕への不信任は多いものね」


 隣に座る生徒会長は柔らかく笑い、俺は彼に笑って返した。

 本来は生徒会長が二回も送辞をしていたのか。


 マジで意味わかんない。


「会長、気にしないでください。おかげで俺の保護者が七五三みたいに喜んではしゃいじゃってますから」


 俺は生徒会長だけにわかるように、壇上でくどくどお祝いの言葉を述べている上機嫌の拓海を指し示した。生徒会長はくすくすと笑い声を立てる。


「ありがとう。蒲生君。それから、今度から生徒会長呼びじゃなくてさ、名前の(ゆう)か苗字の武雄(たけお)でいいよ」


「でも、さんはつけろよデコ助野郎、な?」


「やめて、蒲生君! 君意外とブラック!」


 しい。


 俺の周りの教職員が一斉に口元に指を当てて俺達を睨み、俺達は再び真面目な顔をして座り直した。

 なんか、こういうのは楽しい。

 俺は武雄生徒会長のお陰で、友人とはしゃぐ、という体験をさせて貰った。


 彼は本当に凄い人だ。

 先日などノロで嘔吐してしまった級友を介助しただけでなく、その子が汚した床を彼こそが掃除しちゃったのだ。自分はもう関わっちゃったから自分一人でやる。他の人は感染しないように離れちゃって、と指示をして。


 そして自分への感染対策もばっちりだったことには頭が下がる。

 確かに会長こそノロに倒れたら、会長が介助した子が絶対に落ち込むのは確実だ。だがよくノロウィルスに勝てたな。人間か?


「ごほっ」


「大丈夫? ノロに勝った君が罹った風邪なんだから、どんだけ強いかわからないから俺にはうつさないでね」


「ハハハ。君は酷い」


「しいっ」


 俺達に注目があつまり、俺達はやばいと両手で口を塞ぐ。

 あ、壇上の拓海がニヤニヤしてる。

 

 バアン。

 卒業生が出ていくはずの体育館の扉が音を立てて開いた。

 俺と生徒会長に向けられていた視線が、一気に扉へと動く。


 !!


 なんと、生徒の一人に銃を突きつけた人間が体育館に入って来た。

 いかにも怪しいものですと言う風に、スキーマスクだって被っている。

 ええとこれは、変な慣習があるこの学校の、いかにもな出し物か?


「動くな!」


 その男は人質を引き摺りながら花道となっている通路を歩き、丁度真ん中あたりで足を止めた。


「悠君? 段取りで聞いてないけど、あれも在校生による演出? この学校は卒業式がお祭りなんだね」


「ま、まさか!」


 俺は生徒会長の返答を聞くや、もう一度闖入者達を見返した。

 人質は本気で脅え、あの股に滲む影は彼が恐怖で漏らしたのだろうか。


 ガマはびびりまくりだぜ!

 ガマがしょうべん漏らしてやがる!


 急に襲いかかってきた過去に、俺は反射的にぎゅっと目を閉じた。

 真っ暗な世界から俺を引き戻すように、俺のポケットでスマホが震える。


 何?


 ジャケットのポケットから自分のスマートフォンを引き出す。

 その画面をそっと見返せば、スマートフォンが示す状況はさらなる緊急事態だ。


「蒲生君? 動いちゃ」

「おい、ガキうるせえよ! 俺達はな――」

 ガタン。


 俺は音を立てて立ち上がった。

 そして溜息を大きく吐いて覚悟を決め、壇上に向かって足を踏み出す。

 壇上の拓海は、当たり前だが、俺に怒りの目線を向けた。


 いいんだよ、これで。


 ほら、俺に無視された格好となった人質を連れた部外者が、子供な俺に向かって再びの大声を上げてきたじゃないか。


「お前! 殺されたいのか!」


 俺は足を止めて、スキーマスクの男を見つめた。

 そして、声を上げた。


「その人は友達じゃないですし、その人か俺を撃った時点で警備員が動きます。また、その銃は多く見積もっても七発が限度。七回撃ったらお終いでしょう? この距離の俺にたった七回で当たりますか?」


「この!」


 しかし男は俺に銃を向け直さなかった。

 俺が再び動き出そうと足を一歩進める。すると、男は人質の頭に押し付けていた銃口を人質の頭から外し、ようやく俺に銃を向けてくれた。


「動くなと言っている。お前こそ死にたく無いだろう? 俺を止める警備員が居るだと? どこにいやがるってんだ。なああ!」


 卒業生の親族席から三名ほどが立ち上がり、同じように銃を構えた。

 そこで俺は左手を開く。

 杖は床に落ちていく。


 がララン。


 四人の暴漢達は、杖の音に反応し、俺こそを見返す。

 これで俺こそ舞台の上の主役だと、俺はジャケットを脱ぎさった。


「お前、何を」


 次に俺はゆっくりと自分のシャツの裾を捲る。

 さあ、見ろ。


 俺のシャツが捲られた事で、俺の腹が衆目に晒された。

 俺の腹を目にした人々は、めでたい席の闖入者に脅えるよりも、俺自身を忌まわしいもののようにしてただただ見つめている。


 それはそうだろう。

 腹にはまだ消していない傷跡があるのだ。

 俺という人格が汚されて殺された証の傷跡。

 俺こそ目を背けたい、見るも無残な傷跡がそこにあるのである。


 俺は叫ぶ。


「撃つんならここに撃てええ!」


 俺に銃を向けていた男は、俺の傷跡と俺の叫びに一瞬揺らいだ。

 そして、そのために彼は、俺に向けていた照準をほんの少し外したのだ。


 ダン!


 空に向けて祝砲の如く銃声が上がった。

 人質を抱き締めていた男は、今や自分よりも背の高い大男に後ろから抱き締められ、銃を握る腕が肩から外れる程に捻り上げられ拘束されていた。

 客席に潜んでいた三名も、同じようにスーツ姿の男達に押さえつけられており、大男に拘束された男よりも痛みを受けていそうな運命に陥っていた。


 俺は杖を拾い、ジャケットも拾い上げると、そのまま拓海の立つ壇上へと向かって歩いていた。

 そして、俺を見守る視線の中、拓海を腕で押して俺の後ろに下がらせると、杖で壇上の教壇を叩く。リズミカルに、誰もが聞いてくれるように。


 たん、た、たん、たた。


「はい注目してください」


 たん、た、たんたん。


 全員の注目は俺にある。

 闖入者を捕えた男達に向けていた視線までも、会場内の視線は、ひとつ残らずこの俺だけに集まったのだ。

 俺は今まで拓海が使っていたマイクに顔を近づける。


「それでは、送辞を読ませていただきます。二年三組蒲生晴純。春、桜は満開に咲き、新しき季節を華々しく彩っている朗らかな今日と言う日。三月の十八日、この良き日にあなた方を見送らねばなりません。僕達の学園生活を、実りがあり、楽しいものと変えてくださいました、あなた方」


 背中に拓海の俺への怒りの視線が痛いが、俺こそ俺の思うように行動するべきなのだ。

  この世界を守るために。


「僕はあなた方の手を放したくは無い。だが、俺に振り返らずに今すぐに飛び立ってくれ。そして俺が願うまで、いつまでも見守っていて欲しい」

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