流浪の民であるならば、楽土を求めて一歩を踏み出せ
「センセイ、祥鳳大学名誉教授決定おめでとうございます。」
「う、うむ。」
運転席から藤が声をかけたのに、拓海は浮かない声の返事しかしなかった。
それは、彼の心が彼の隣に座る俺への心配ばかり、だからであろうか。
心配することなどないどころか、今日は拓海が参加する必要など無いのに。
「晴君。人は食べてきたかな?」
「その誰が聞いても誤解するような言い方は止めてください。緊張などしておりませんから。ええ、手に人と書いて食べる必要など無いですよ。」
「センセイ。ハレ君は人を喰った返答しかしない子ですから、心配するだけ損ですよ。ハレ君に関しては何をするかわくわく楽しむだけですって。」
「藤さん。酷いですね。」
運転席の藤はミラー越しに俺に揶揄いの目線を寄こした。
藤は仕えている拓海が永久教授職になった事で、彼こそ職を失う未来が消えたからか、最近はとっても気分が良いようではしゃぎまくりである。
さて、拓海が俺を心配しているのは、今日が卒業式だからだ。
俺の卒業式では無い。
俺は在校生代表として送辞を読むだけなのに、拓海はそんな俺の姿が見たいと卒業式に参加するつもりなのである。
単なる参加では無い。
卒業式に潜り込むために、自分を貴賓席に招待もさせている。
現在俺が通う学校が、祥鳳大学付属中学校であるならば、祥鳳大学の名誉教授ならばそれが可能か、と俺は溜息を吐いた。
閉校した白戸下の北中学の代りに俺に提示されたのは、親が引っ越した先の公立中学校であったのだが、拓海が勝手に彼のマンションすぐ近くにある祥鳳大学付属中学校の方に転校手続きを取ったのである。
俺は何も考えずに、近くだラッキー、ぐらいで通っていたが、俺の母が俺を拓海から引き剥がしたかったのは、この件こそ彼女の癇に触ったかららしい。
蒼星が合格して通う中高一貫の私立校よりも、祥鳳大学付属中学校の方が偏差値が高く難易度が高いのだ。
つまり、学校ブランドとして、この近辺では、最高、なのである。
転校してすぐの冬休み明け確認テストで、貼りだされた成績上位者に俺の名前が記載された事で、裏口認める中学だしな、と俺が勝手に馬鹿校と思い込んでいたのが失敗だった。
カンニングしていないのに、この俺が十五番だったんだよ?
さて、まあ、母に関してとなるが、兵頭がしっかり母の行動を読んで対処してくれるそうだから、今後はきっともう大丈夫だろう。
ただし、俺の面倒ごとは母がもたらすものだけではない。
学校側と言うか、変に俺に期待した生徒会の生徒達によって、俺は生徒会メンバーに引き入れられてしまっている。
県内最高の中学であるのに、高校が無いから外受験しなきゃいけない。
受験勉強の時間確保のために、生徒会仕事を出来うる限り軽減したいと願う人々は必死である。
ちなみに中高一貫でないくせに祥鳳大学付属中学が人気校であるのは、直接の付属高校は無くとも祥鳳大学の系列高校は沢山あり、祥鳳大学への推薦受験という局面においては、祥鳳大学付属の中卒組はかなり有利らしいのだ。
だからといって、なぜ、そんなにも祥鳳大学に行きたいと望む人が多いのか。
それは、祥鳳大学の医科が白戸町に病院を構えて県内の国立大の医学部よりも偉そうにのさばっている上に、法学文学理工学部などは東京のキャンパスにあり、大学偏差値が東大の滑り止め校に選ばれるぐらいあるからであろう。
そんな有名大学の名誉教授が大事にする子供。
だからって、通学年数が三か月に満たない俺に生徒会役員として送辞まで任すとは、忖度ありすぎでは無いだろうか。
「やっぱり不安かな。梅干し食べる?ミカンを食べたらすっきりするよ?」
「拓海先生、俺は車酔いもしていませんので。」
「そ、そうか?僕はもうドキドキでね。」
拓海は俺に差し出すつもりだった梅干し入りのタッパを開け、絶対にすっきりしない甘いだけのはちみつ漬けの梅干しを口に放り込んだ。
「甘い!」
「でしょうね。それは兵頭さんのおやつです。」
大体、俺の足で徒歩十五分の場所に車で行く必要があるのか?
俺は車の窓から外を見返し、車が校舎の裏を目指していることで、俺はまず、あれっと首を傾げた。
車はどんどんと普段は人が向かわない出入口ギリギリにまで迫っていき、藤が車を停めようとしているそこで、出入り口の扉がパッと開き、制服と私服の警備員らしき人達が降りる俺達の壁になるように立ったじゃないか!
「先生?今度の手術の患者さんはどんな方ですか?」
「ごめん。医者には守秘義務があるんだよ。」
俺は溜息を吐きながら、足を地面に降ろした。
そして自分の杖を地面に着いた。
「私の横から出ないように歩いてください。」
俺は俺に影を作った背の高い異国風の男を見上げ、ニヤリと笑みを作った。
俺という可愛げのない子供の笑みを受けた男は、一瞬だけたじろいで見せたが、なぜか顔には満面の笑みを浮かべていた。
「豪胆な子供は好きですよ。私はSPの鹿角と申します。」
相手が単なる雇われ警備員どころか、SP?という人であることに俺は驚き鹿角を改めて見返したが、そのせいで異国風なハンサムな男はしてやったという風ににやっと笑みを返して来た。
SPがそんな砕けていいの?
「まあ!豪胆と褒めて下さりありがとうございます。足の悪い僕はどうやってもあなたの前には出られないと、冗談を言うつもりなだけだったのに。」
鹿角はさもおかしそうに笑い声を立て、それから俺を支えるようにして俺の背に腕を回そうとした。
回そうとしただけで彼が腕を引いたのは、俺の横に立った拓海が彼を睨んで俺の肩を抱いて自分に引き寄せたからだ。
「こら。晴君。誰彼構わず愛想を振りまかない。君は僕にだけ笑顔の子でいれば良いんだから。」
俺は吹き出し、拓海の腕に自分の手をかけ、拓海を見上げた。
俺の顔は勝手に笑顔を作っていたが、拓海は俺に気味が悪いという視線を寄こすどころか、物凄く惚れ惚れとした目で俺を見返してくれていた。
「行こう。僕の梟。」
俺は拓海に何か言おうとしたが、俺の背中はぐいっとSP鹿角に押された。
「はい。早く行ってください。この今どきに、国際テロリストが国内に入り込んでいて、あなた方を狙っているんですからね。」
…………。
「センセイ?」
「さあ!行こう行こう!晴君!」
俺達は運命共同体のようにして、一歩を同時に踏み出した。
お読みいただきありがとうございました。
梟と教祖様はここで終了となります。
しかし、この続きとして、晴純と拓海が国際テロリストに狙われているからうんたらな物語が続く予定です。




