物語の結末は、僕という真実を見せるだけ
俺はあの後、拓海に一時間程強制ピアノレッスンをされたなあ、と、ぼんやりと思い出していた。
そして、なんとなくだが、藤があんなにピアノが上手いのが、彼が金持ちの御子息だからじゃない気もしていた。
藤が俺にピアノを誘ったのは、自分が拓海から受けたスパルタを俺にも体験させるきっかけを作るためか?
確かに、あんなスパルタは他の人にも同じ目に遭わせたくなる。
また、個人的には二度と受けたくはない。
だから、俺にはピアノなど必要ないという証拠を拓海に見せるために、千野が目覚めて面会が可能となった最初の土曜日に、祥鳳大学医療センターの彼女の個室へと出向いていたのである。
俺のノックの音に、千野のお付きであろう彼女の娘の応答する声が聞こえた。
ドアを開けた琉し亜は俺の姿にぎょっとしたが、俺は彼女に笑みを見せて、手振りだけで部屋から出ていくように促した。
琉し亜は室内を振り返り、しかし、俺が次期主幹事候補で、先日の待機室Bで彼女が信じた拓海医師が全て任せろと言った事を思い出したか、室内の女王様に頭を下げるや部屋を出て行った。
俺は琉し亜と入れ替わるように室内に入った。
俺が目指した教祖様、千野ここ吉は、写真で知っていた美人教祖ではなかった。
七十二歳という高齢の割には皺もあまりなく、美容に気遣っているようでもあるが、元々の顔、造形はふつう、といったものである。
しかし、手術のために髪の毛が刈られて頭部が包帯だけというところが、これからカツラを被って舞台に出る時代劇女優のようにも俺に思わせた。
「舞台化粧はつるっとした顔の方が映えるんだよ。あとね、骨格がつるんとしていると、照明当てた時に変な影が出なくて美人になれるから羨まだよ。」
元アングラ舞台役者だったらしい藤の言葉が思い出される。
俺の額には骨が突き出ている場所が左右対称にあるらしく、光を当てると角があるみたいな影が出来るそうだ。
男優は影が出来た方が格好良いからと藤は羨ましがったが、そんな影があると知って喜ぶ十代はいない。
「あなた、勝手に?……え。」
「僕こそ蒲生晴純ですよ?」
千野は俺の姿を初めて目にし、俺が彼女が思っていた少年の姿では無いと知った事で、あからさまにがっかりした顔をして見せた。
蒲生家の息子は二人いて、晴れがましい俺の弟の蒼星の方は新聞などに載って写真が出回っているので、彼女は俺の姿も同じように想像していたのだろう。
蒼星は誰が見てもハンサムで、誰もが憧れるような少年なのである。
痩せっぽちで目だけがぎらついているような、何かに取り憑かれているような様相をした子供では、蒼星は決して無いのである。
笑みが気持ち悪い。
ムカムカする顔を見せないで。
実の母が俺に与えた言葉だと思い返しながら、その言葉を受ける事になった笑みを見せてやろうと、俺は千野に微笑んだ。
ほんの少し頭を傾け、俺の角が浮き出るような光を浴びるようにして。
「はあ、あ。」
千野は見るからにたじろいだ。
目の下には真っ黒い墨を入れて、唇はガサガサでひび割れている化粧も藤にしてもらったから、俺の姿は普通に本気で怖いものになっていたかもしれないが。
「あ、あなたが。」
「ええ。お会いしたかった。僕をお選びになって下さりありがとうございます。ひひ、ふふ。僕はあなたの書かれたものを読み、感銘を受け、それからはあなたが僕に興味を惹いてくださるように生きてまいりました、から。」
「ま……あ。」
俺は彼女のベッドの近くに、彼女が許可もしていないのに近づき、そして身を屈めて彼女の耳に囁いた。
マリアがファテマの三人の子供達に第一次世界大戦の後に第二次世界の始まりを予言し、今もなお法王庁に封印されている第三の予言をも伝えたようにして、俺は彼女に囁いたのである。
我こそこの世の天使、神に使わされた者です。
あなたの後継者になりかわし日には、罪ありしものを処罰し、悪魔の電磁波などに煩わされることのない、我らが望む世界を作り上げます、と。
俺は彼女から下がり、彼女の顔を真っ直ぐに見つめた。
さすが、一団体を率いていた女王だ。
彼女は俺への怯えを隠し、その代わりに俺を小馬鹿にしたような目で見下した。
「あなた、私はそんな世界など。」
俺は劇的に笑って見せた。
観客がいると考えながら、腕を広げて舞台の上の俳優となった。
悪役、という。
「僕が望んでいる世界です。僕が作り上げられる世界です。僕が望めばこの世界の命そのもの、電気、というエネルギーは思いのままです。己が心の赴くままに、僕はこの世界を作り直すことができる。僕に従順な兵隊さえあれば!」
千野ここ吉が退院するその日、ゴルゴダの丘精神修練研究所の後継者として、彼女は彼女に尽くして来た伊織真成を指名した。
頭がおかしいだけでなく、誰も欲しがらない外見の子供など、自分の後継者にしようと考える人間などいない。
つまり、それだけのことだ。
想定通りすぎて、ちょっと俺の胸が痛くなったけど、俺こそ認めないとね。
俺を子供として欲しがる人間などいない、と。
だから俺は拓海に監視を好きにさせているんじゃないか。
彼が俺を研究対象として重宝している間は、俺は親の愛らしきものを彼から受け取れるのだから。




